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遠野方式在宅ケアシステム

プロフィール

岩手県立遠野病院

岩手県立遠野病院(岩手県遠野市)

 岩手県遠野市は岩手県南東部の内陸に位置する。市の中央部は北上山地で最大の盆地である遠野盆地となっている。柳田國男の『遠野物語』の舞台となった街であり、河童や座敷童子などが登場する「遠野民話」が伝わるなど、「民話のふるさと」である。遠野地方の古民家である「南部曲り家」が保存され、遠野ふるさと村や伝承園などの観光資源も豊富であり、北海道と並んでジンギスカンの消費量が多いことでも知られている。
 岩手県立遠野病院は遠野市における唯一の総合病院である。現在は一般病床120床、感染病床2床の合計122床を持ち、内科、消化器科、循環器内科、小児科、外科、整形外科、脳神経外科、皮膚科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、麻酔科、リハビリテーション科、神経内科の14科を標榜している。一方で、遠野市の保健や福祉関係のスタッフと一体になり、一つのチームとして患者さんと介護者の在宅ケアをサポートする「遠野方式在宅ケアシステム」は全国的にも有名である。
 今回は岩手県立遠野病院の郷右近(ごうこん)祐司院長にお話を伺った。


郷右近 祐司 院長

郷右近 祐司 院長 プロフィール

1959年に岩手県水沢市(現 奥州市水沢)で生まれる。1984年に新潟大学を卒業する。1984年に岩手県立胆沢病院に外科の研修医として勤務する。1987年に東北大学第二外科に入局し、食道班に所属する。1994年4月に岩手県立花巻厚生病院に勤務する。2009年4月に岩手県立胆沢病院に副院長として着任し、外科に勤務する。2016年に岩手県立遠野病院院長に就任する。
日本外科学会専門医・指導医、日本消化器外科学会専門医・指導医、日本乳癌学会認定医、日本緩和医療学会認定医、麻酔科標榜医、病理死体解剖資格取得など。

病院の沿革

岩手県立遠野病院イメージ
1926年9月
田村英一、佐々木勇吉、菊池五平の三氏により創立(20床)
1941年8月
医薬連(保証責任岩手県医薬購買販売利用組合連合会)が買収開設(50床)
1941年12月
県産連(保証責任岩手県信用販売購買利用組合連合会)に移管
1943年11月
岩手県農業会に移管
1948年11月
厚生連(岩手県厚生農業協同組合連合会)に移管
1950年11月
県営移管(6診療科:内科、小児科、外科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、病床数50床)
1957年9月
旧第1病棟改築(170床)
1960年9月
病棟及び手術棟増築
1963年12月
本館改築(210床)
1966年2月
総合病院の名称使用承認
1980年3月
病院移転新築工事竣工
1980年4月
 
新病院での診療開始(標榜診療科8科:内科、小児科、外科、整形外科、産婦人科、耳鼻咽喉科、眼科、理学診療科、病床数225床:一般190、結核20、伝染15)
1985年5月
CT(全身用コンピュータ断層撮影装置)整備
1986年12月
病棟、管理棟増築
1987年4月
産婦人科の診療再開
1987年5月
9床増床承認(病床数234床:一般199、結核20、伝染15)
1987年6月
人工透析業務開始(人工腎臓装置2台整備)
1988年9月
眼科の診療再開
1989年10月
人工透析室増築(稼働台数8台)
1990年3月
RI室増築、シンチレーションカメラ整備
1991年10月
病院開設50周年記念式典挙行記念誌「遠野病院」発行(1992年3月)
1991年11月
医療局長表彰「中村賞」第1回「病院賞」受賞
1992年11月
CR(コンピューテッド・ラジオグラフィー)整備
1993年7月
脳神経外科標榜、診療開始
1993年11月
増改築工事竣工(増築 1564㎡、改築 1122㎡)
1993年12月
夕食6時配膳開始
1994年2月
外来処方オーダリング開始
1994年3月
DSA(デジタル・サブトラクション・アンギオグラフィー)稼動
1994年4月
完全週休2日制実施
1994年10月
選択メニューの実施(普通食、週1回)、IVH(中心静脈栄養法)開始
1995年2月
東上組町地内に第2合同公舎完成(医師用6戸、その他8戸、計14戸)
1995年4月
消化器科診療開始、薬剤管理の指導の実施
1996年3月
CT(全身用コンピュータ断層撮影装置)更新
1996年6月
外来処方自動薬袋作成開始
1999年3月
MRI(磁気共鳴画像診断装置)整備
1999年4月
伝染病床廃止(病床数219床:一般199、結核20)
1999年12月
本館棟設備(配管、電気、機械)改修工事竣工
2000年1月
感染症病床2床指定(病床数221床:一般199、結核20、感染2床)
2000年9月
非常用食品の備蓄開始
2001年4月
「遠野テレビ」を通じてのインターネット通信開始
2001年7月
処方オーダリングを入院部門に拡大
2001年10月
病棟等冷房設備工事開始
2003年1月
 
高齢患者の在宅と病院の距離を縮める「訪問診療」開始、「遠野方式在宅ケア」と併せて、
地域密着医療の展開に厚み増す
2005年11月
自動入金機を導入
2006年3月
ISO14001の認証を取得
2006年8月
皮膚科標榜
2007年2月
再来患者受付機を導入
2007年4月
医事業務委託を開始
2008年4月
病院敷地内禁煙とする
2008年8月
DSA(デジタル・サブトラクション・アンギオグラフィ)更新稼動
2008年10月
病院ホームページ更新
2009年4月
一般病床22床減(病床数199床:一般177、結核20、感染2)
2009年11月
岩手県営医療貢献賞受賞(在宅医療チームが表彰される)
2010年3月
PACS(医療用画像管理システム)導入
2010年4月
禁煙外来開始
2011年3月
東日本大震災(遠野市震度5強)により、病院建物被災
2012年9月
特定給食施設の厚生労働大臣表彰授賞
2013年5月
「神経内科」を標榜、神経学的検査の施設基準届出
2013年11月
MRI(磁気共鳴イメージング装置)1.5テスラに更新
2014年3月
栄養管理オーダリングシステムを開始
2014年4月
菅原 隆 新病院長就任
2014年10月
検査・放射線オーダリングシステムを開始、RISの稼働
2015年3月
人工透析11床から14床に3床増床(市内新里医院閉院による)
2015年4月
採血管準備装置「ROBO」の整備
2016年4月
郷右近 祐司 新病院長就任
2016年5月
麻酔科を標榜
2017年1月
人工透析14床から18床に4床増床
2017年4月
給食業務全面委託導入
2017年12月
外来処方に係る原則院外処方せんの発行(院外処方の推進)を開始
2018年1月
 
一般病床57床及び結核病床20床(5病棟)を休止(許可病床数:199床:一般177+結核20+感染2、稼働病床数:122床:一般120+感染2)
2018年7月
一般病床57床及び結核病床20床(5病棟)を廃止(許可・稼働病床数:122床:一般120+感染2)
2018年10月
循環器内科を標榜

 郷右近院長に遠野病院開設の頃のエピソードを伺った。

 「岩手県内には県立病院は多くありますが、最初から県立病院として存在していたわけではなく、地域の人たちが自分たちの医療を作らないといけないということで、有志の人たちで作ったり、厚生連や自治体で作ったものをある時期にまとめて県立病院にしたというのが岩手県の県立病院の流れです。当院も地域三氏の合資により、遠野病院として開設され、その後、幾多の変遷を経て、1950年11月に県に移管され、県立遠野病院として開設されています。」

 遠野病院は1980年に移転した。

 「手狭になったとの建物の老朽化などが要因だと思います。同じような時期に釜石病院、江刺病院、高田病院、宮古病院も新築移転を行っていますので、それに倣って行われたのでしょうね。」

 2003年に遠野方式在宅ケアシステムがスタートし、注目を集めた。

 「当時は入院して治療して良くなって、家に帰るとまたすぐに具合が悪くなって再入院という繰り返しが多く見られたそうです。そうなると病院の問題と家庭の問題とがあるので、医師が直接患者さんのところに行って、診断や治療をしようということになったのがきっかけです。患者さんを病院まで連れてくるのが大変だったこともあり、病院の方が診に行ったということですね。それにあたり、様々な検査ができるようにしたり、レントゲンも撮れるようにしたりするのを行政も巻き込んで始めたようです。」

 2011年には東日本大震災に見舞われた。

 「被災地である沿岸部と新幹線や高速道路が走っている岩手県の中心部である内陸部との距離はかなり遠く、80kmくらいあります。この遠野市と千厩町がハブ機能を持っていたので、震災後は沿岸部の患者さんを一旦引き受け、搬送や治療をしていました。自衛隊や警察も遠野市を拠点として活動をしており、地域としても病院としても、前線基地の役目を担っていました。」

 このほか、病院の沿革の中でエポックとなったことを伺った。

 「最近であれば、2017年から2018年にかけて、地域医療構想との関係もあって、病床数を見直したことです。人口減で患者さんも減っているので、3病棟あったのを1病棟減らし、2病棟にしました。今後の予定としては2019年2月に電子カルテを導入します。」

2018.10.01 掲載 (C)LinkStaff

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