Dr.中川泰一の医者が知らない医療の話(毎月10日掲載)
中川 泰一 院長

中川 泰一 院長

1988年
関西医科大学卒業
1995年
関西医科大学大学院博士課程修了
1995年
関西医科大学附属病院勤務
2006年
ときわ病院院長就任
2016年
現職
2019年12月号
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ストレスプログラム

 脳と腸とは密接に連携している事はご存知かと思う。そして、この腸からのシグナルの内に、腸内細菌の出すシグナルが少なからず影響している。

 先ずは脳から腸への影響について。これは誰しも経験したことがおありだろうからわかりやすいと思うが、過度のストレスが加わると、脳は視床下部より副腎皮質刺激ホルモン放出因子(Corticotropin-ReleasingFactor,CRFまたはCorticotropin-ReleasingHormone,CRHとも言う)を分泌する。そしてストレスホルモンと言われるコルチゾールやアドレナリンなどの分泌を促す。その結果として、腸からのシグナルを含めさまざまな刺激に対して消化器は過敏になり、腸は収縮の回数を増やし、内容物を排泄しようとする。そのために激しい腹痛をおこしたり下痢になる。胃の働きは遅くなり、内容物を下ではなく上へと戻そうとし嘔吐を促す。更に腸壁の結合が緩み(いわゆるリーキーガット症候群)未消化な栄養素や分子まで腸壁から吸収されてしまい、結腸は多量の水分や粘液を分泌し、胃腸壁を流れる血液の量は増大する。
 元来、腸は脳や脊髄の助けを借りずに、腸管神経系によって独自に蠕動運動や消化吸収などの動きをコントロールしている。この腸管神経系こそ「第二の脳」とも言われ、食道から直腸に至る消化管壁を取り巻く神経細胞からなるネットワークの事を言う。

 ところが、身体に危険がおよんだり、過度のストレスなど非常時になると脳がこの一連の規則正しい運動に介入してくる。
 このような時、脳内のいわゆる「ストレスプログラム」が起動する。このプログラムは、消化管を含めたさまざまな身体組織の活動を最適化するために調整を図るものだ。おのおのの情動ごとに特定のシグナル分子が分泌される。脳内で特定のシグナル分子である化学物質が分泌されると、対応する情動に対するプログラムが実行され、身体や腸に影響を及ぼす。具体的には脳の提供するシグナル分子の例として、エンドルフィン(鎮痛や多幸感さをもたらす)、ド―パミン(快感や意欲を増進する)、オキシトシン(「幸せホルモン」とも呼ばれ、他者への信頼や幸福感が強まる)などと、まあストレス緩和に役立ちそうなホルモンが色々と出てくる。またその逆に副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)によってストレスホルモンも出てくるのだが。

 こうして脳はさまざまな方法で腸の動きにも介入する(コントロールしているとも言える)。一例として先述したように、コルチゾ―ルやアドレナリンなどのストレスホルモンを分泌し、腸管神経系に神経シグナルを送るのである。その際、脳は腸機能を促進するシグナル(迷走神経を含む副交感神経系によって伝達される)と、抑制するシグナル(交感神経系によって伝達される)という相反する働きの神経シグナルをセットで送る。この二つの神経経路は連携をとり腸管神経系をコントロールし、その場面の情動を反映した腸の動きをもたらす。
 この様に非常時にのみ脳が腸の運動に介入してくるのだが、なんと、この非常時は、自分自身が受けているストレス以外にも母親(父親ではなく)の受けたストレスの記憶まで引き継ぐと言うのだ。どうゆう事だろうか?

 遺伝子による「本能」的な物でなく、一世代間における情報の伝達である。つまり遺伝子以外の何らかのメカニズムによって世代間にこれらの情報を伝える機序が存在する事が示唆されていたワケだ。
 これに関する興味ある実験がある。ストレスを与えられない母親(つまり心配なく子育てに専念できた母親)に大切に育てられたラットの子供は、ストレスにあまり動じないラットになった。それに対し、ストレスを与えられていた母親(つまり心配で子育てどころでなかった母親)にぞんざいに育てられた子どもは孤独を好み、不安や抑うつに似た症状を示したと言う。

 以下次回にて。

(1月号に続く)

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