Dr.中川泰一の医者が知らない医療の話(毎月10日掲載)
中川 泰一 院長

中川 泰一 院長

1988年
関西医科大学卒業
1995年
関西医科大学大学院博士課程修了
1995年
関西医科大学附属病院勤務
2006年
ときわ病院院長就任
2016年
現職
2019年11月号
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「ダイエット薬」のお話

 前回までの糖尿病と腸内細菌の関係から、ちょっと柔らかめでダイエットのお話。

 最近、と言ってもかなり以前からだが、「痩せ薬」として糖尿病治療薬が利用されているのはご存じだろうか?美容系の先生方はよくご存じと思うが、意外と内科の先生はご存知ないかも。何科と言うより、保険診療と自由診療で分けた方が分かりやすいかも知れない。
 要は「保険適応外使用」な訳だ。確かに糖尿病治療薬と言ってもいろいろな作用があり、糖の再吸収を抑制したりすると、体重が落ちるのは当然。糖尿専門の先生の中には「とんでもない!」と憤慨されている方もおられるとか。私は、某美容チェーンの若い先生が患者さんから「これって糖尿病のお薬ですよね?」と尋ねられて「え?これは痩身の薬ですよ。」と真顔で返事したのを知っている。いくら何でもこれは酷い。しかし、薬の作用機序を理解し、日本で認可された目的外で薬剤を使用する事が良いか悪いかは別にして、薬理作用を理解して、応用していたとしたら中々大したものだと思う。バイアグラだって最初は降圧剤だった。ラエンネックなんて慢性肝炎の薬剤があるなんて、大学で肝臓やってた頃は知らなかった。これは最近は内科の先生でも知ってる「美容」の薬だ。

 そんな訳で、「ダイエット薬」のお話。勿論、腸内細菌もちょっと関係した話。
 糖質や炭水化物を摂取すると小腸から消化管ホルモンが分泌される。そして、この中には膵臓のβ細胞を刺激してインスリンの分泌を増加させるものがある。これらのホルモンは総称して「インクレチン」と呼ばれている。そしてこのインクレチンにはGLP-1とGIPというホルモンがあり、それぞれ異なった機序でβ細胞を刺激する。
 詳しいことはまだわかっていないが、腸内フローラがこれらのインクレチンの分泌に作用している事が示唆されており、単に「痩せ菌」だけで体重が落ちるわけでもなさそうだ。そして、近年登場したインクレチン製剤は、GLP-1 受容体作動薬を用いた糖尿病薬だ。
 GLP-1 受容体作動薬は,血糖依存的にインスリン分 泌を促進するとともにグルカゴン抑制や胃内容物排出 遅延を介しても血糖改善作用を発揮する。ちょっと細かい話になるが、GLP-1 受容体作動薬は作用持続時間により短時間作用型と長時間作用型に分類される。これらは血糖改善に対する作用機序が各々異なっている。短時間作用型は胃内容物排出遅延作用やグルカゴン 分泌抑制作用などにより血糖を改善する。そして、長時間作用型 はインスリン分泌促進及びグルカゴン分泌抑制などにより血糖を改善する。
 長時間作用型のGLP-1 受容体作動薬の血糖改善効果は残存する膵 β 細胞機能に依存するのに対し、短時間作用型 のGLP-1 受容体作動薬は血糖改善効果と残存する膵 β 細胞機能に依存しない。そして、短時間作用型では胃内容 排出遅延作用が強い為にダイエット効果が期待されてきた。しかしながら体重減少に関する臨床試験では、短時間作用型と長時間作用型で有意な差が認められなかった。まあ、理屈通りに臨床結果が出ない事はよくある話だが。

 一方、動物実験により GLP-1 受容体作動薬は血液脳関門を通過し、脳内の GLP-1 受容体を直接刺激して食欲抑制や体重減少作用を発揮することが証明された。つまり脳血管関門を通過しうる分子量のGLP-1 受容体作動薬であれば,短時間作用型であろうと長時間作用型であろうと一定の食欲抑制作用や体重減少作用を発揮するという事だ。
 つまり色々難しい機序だが、要はどのGLP-1 受容体作動薬もインスリン云々ではなく、食欲抑制効果で痩せるというわけだ。

 実際を私の周りでもこれを使用した方々が痩せているのだ。最初はインスリン分泌が増えて何で痩せるんだろう?と思っていたが、使用した人に聞いてみると「特に食べたくなくなる」というのだ。
 最初は知り合いのドクター(この人は本当に糖尿病)が併用して使用し始めたのだが、なんかほっそりしてきた。ちょっとまずいんじゃないかと思って(糖尿が悪化した?)聞いてみるとGLP-1 受容体作動薬だと言う。
 美容の世界では結構使われ出してるので、知り合いの美容外科(この先生はちゃんとした方)に聞いてみると「痩せる!」と言う。まあ薬の説明(副作用?)に「痩せる」とあるし、アメリカではその手の目的の投与も行われているそうだ。血糖依存性なので低血糖なども起こりにくいし安全性は高いようだ。

 そこでだ、「痩せ菌のフローラ移植とGLP-1製剤投与が相乗効果でダイエットに効くのでは?」となってくる。真面目な話として、癌を含めて、大概の疾患が糖の摂取しすぎで、直接的な治療ではないが、患者のダイエットと言うのは大きな問題なのだ。また、なかなか病気の根本原因と言っても食事制限などの苦痛が伴う事は皆やりたがらない。いわゆる末期癌の方は守ってくれるが、この方達はすでに摂食が困難な場合が多い。
 そんな訳で、うちの秘書(美容、ダイエット系は何でもしたがる。これも自主的にです。)に有名な「フードファイター」のフローラ(特別に手に入れたのだ。)でフローラ移植した後にGLP-1製剤を投与してみた。翌日彼女が、喫茶店で「ケーキいらない。」と言った時「本当に効くんや!」と感動したもんだ。どっちが効いたのか、相乗効果化か本当に1週間でほっそりして来た。個人差はあるだろうが、ちょっと食欲抑制がきつい場合には経口栄養剤なんか補給したほうが良いかも知れない。
 皆さんもご参考までに。

(12月号に続く)

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