ドクター転職ショートストーリー

困難な要望(上)

2010年12月15日 コンサルタントO

T先生と初めてお会いしたのは去年の8月。私が入社してまだ間もない頃、内科へ転科したいとの希望を受けて、先輩のコンサルタントが設定したM病院の面接に同席したときである。
T先生は50歳。コンタクト診療を中心とした眼科の医師である。T先生のご年齢やご経歴を考えると、転科の受け入れを承諾する病院は稀少で、入社間もない私でも先輩コンサルタントの苦労は容易に想像できた。各々の思いが報われることを期待して面接に同席したが、思いもしない展開が待ち受けていた。

M病院の院長は、T先生の年齢で転科を決断した意気込みを高く評価し、冒頭から歓迎の意向で面接は順調に進んだ。「土日の休日固定、18時上がり、当直免除などの希望は聞いておりますが、他にT先生の希望はありますか?」という院長の質問に対し、「趣味のため年に3回、4日以上の休暇が欲しいのですが可能でしょうか?」T先生がそう答えた途端、院長の表情は一変した。転科を希望する医師の考え方として理解を得られないのは無理もない。笑顔の消えた院長が譲歩を求めたのに対し、「給与はその分低くして頂いて構いません」というT先生の申し出もむなしく、重苦しい雰囲気を変えることができぬまま面接は終了した。

院内を出た後、「先生、細かい条件は面接後に私から交渉するとお伝えしたはずです」先輩コンサルタントがT先生に詰め寄った。「希望を聞かれてつい・・・」T先生は肩を落としてそう答えた。そのやり取りを複雑な心境で見届け、話がまとまる可能性は低いと考えながら病院をあとにした。後日、M病院の譲歩により週5日勤務で年俸1,100万円の条件で合意しT先生がM病院に入職したことを聞いたときは、改めて医師の需要の高さに驚いたことを鮮明に覚えている。

今年の4月下旬、突発的な眼科のアルバイト求人が発生し、対応できる医師を探しているとき、ふとT先生の事を思い出し、相談をするためT先生に電話をした。T先生は、「急すぎる案件で、内科に転科したこともあり眼科職務に興味はありません。現在の職務を全うしたいので遠慮したい」とお断りを受けた。失礼なお願いをしたことを反省すると共に、順調に勤務を継続されていることの確認もできて安心した。ところが、それから2ヵ月後の6月下旬にT先生から電話を受け、事態は一変することとなった。「M病院から終業時間の延長と月に1~2回の土曜日出勤の相談を受けました。承諾するか勤務日数を減らすか選択して欲しいとの内容なのですが、病院側の一方的な契約変更は許されるのでしょうか?」T先生からの相談を受けて、慌ててM病院へ経緯と事実の確認に出向いた。

M病院の事務長は「契約内容の遵守は重要ですが、夕診のある日は19:00まで対応頂くこと、月1回でも土曜日の勤務の協力を頂きたいとお願いしました。新たに医師が1名増えた事情もあり、ご了承頂けないとT先生の仕事量が減るため、勤務日数を少なくしていただく旨を説明しました」と理解を求められた。常勤医が5名のM病院の事情も理解はできる。M病院にT先生が入職されてから1年が経つ10月末までは現在の勤務条件の遵守を主張することは可能だが、契約の更新時に変更を求められた場合はT先生の希望は通らない事をT先生に連絡をした。

事情を説明した後、T先生は「転科を受けて頂いた恩もあり、できる限り長く勤務したかったのですが、勤務条件の変更については譲歩できず継続は考えられません」と言われた。私もM病院との交渉を粘り強く行ったが、結果T先生は8月末で退職することとなった。

M病院からは、T先生に新しい勤務先を私が紹介することを含めて了承を頂いた。

次へ続く

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