Dr.中川泰一の医者が知らない医療の話(毎月10日掲載)
中川 泰一 院長

中川 泰一 院長

1988年
関西医科大学卒業
1995年
関西医科大学大学院博士課程修了
1995年
関西医科大学附属病院勤務
2006年
ときわ病院院長就任
2016年
現職
2024年3月号
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マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ

やっと、マクロバイオーム解析ができるようになった。もっともコストの壁をどうするかの問題はあるのだが、とりあえずスタートラインには立てたかな。

ところで、じゃあ何をするかだが、これまたネタが山の様にある。パーキンソン病や統合失調症などのいわゆる難病に対しても興味深いが、癌センターとの共同研究となると、やはり癌に関してとなるだろうかな。

以前、癌細胞中に細菌の存在が証明された旨は触れたことがあるが、やはり、マクロバイオームと発癌、転移についてもう少し詳しく触れていこう。

最近の研究では、癌細胞内の微生物コミュニティ、特に腫瘍組織内の細菌(Tumor-Associated Bacteria; TAB)が腫瘍の発生、増殖、転移、および治療耐性に及ぼす影響に関する研究は、腫瘍微生物学と癌治療法の発展に対して画期的な事となっている。癌細胞内のTABが持つ潜在的な機能的役割と、これらの微生物ががんの病態生理学に与える影響を以下に列挙する。

腫瘍微生物群の病態生理学的影響

微生物誘発性腫瘍進化:腸TABは、癌細胞の遺伝子発現プロファイルに変化を引き起こし、腫瘍進化の過程で細胞内シグナリング経路を変調させる。これは、細菌由来の代謝産物やエンドトキシンが、腫瘍細胞のNF-κB経路やSTAT3シグナリングを活性化し、腫瘍の増殖、転移、および免疫回避機構を促進することにより発生する。

細菌と免疫微環境の相互作用:TABは、腫瘍微環境内のマクロファージ、樹状細胞、T細胞などの免疫細胞の機能に影響を及ぼす。TABの存在は、腫瘍関連マクロファージ(Tumor-Associated Macrophages; TAMs)の極性をM2型に変化させ、抗腫瘍免疫応答を抑制し、腫瘍成長と転移を促進する免疫抑制微環境を形成すると言われている。

腫瘍治療への影響:TABは、化学療法薬や放射線療法に対する腫瘍細胞の感受性を変化させると言われている。例えば、細菌が産生するβ-ラクタマーゼは、β-ラクタム系抗生物質を不活化し、治療薬の効果を低下させる。同様に、細菌によるDNA修復機構の変調は、放射線療法に対する耐性を引き起こす可能性があると言われている。

腫瘍内細菌の起源と癌病態への影響

TABは、ヒトマイクロバイオームのさまざまな部位から由来する可能性がある。これには、主に消化管、口腔、皮膚、呼吸器系などが含まれる。さらに、これらの細菌が腫瘍組織に到達するメカニズムには、バクテリアルトランスロケーション、血流およびリンパ系を介した拡散、そして直接侵入がある。

消化管マイクロバイオームの役割:消化管マイクロバイオームの不均衡は、腸壁の透過性を高め、細菌が血液循環に入り込みやすくなります。これらの細菌は、腸腫瘍だけでなく、乳癌や肺癌などの遠隔腫瘍にも影響を及ぼす可能性がある。

口腔マイクロバイオームの影響:口腔内細菌の一部は、血流を介して体内を循環し、特に頭頸部腫瘍や食道癌など、直接的に口腔と関連する癌に影響を与える可能性がある。

皮膚マイクロバイオーム:皮膚細菌は、損傷した皮膚を介して体内に侵入し、腫瘍微環境に到達することがある。これらの細菌は、免疫細胞と相互作用し、腫瘍成長を促進する免疫応答を誘発する。

以上のように、TABの研究は、癌治療に対するマイクロバイオームベースの新たなアプローチ法として注目されている。これらは、特定の腫瘍関連細菌を標的とするプロバイオティクスや抗生物質の使用、腫瘍内細菌によって変調される免疫応答を正常化する免疫療法の調整、および細菌代謝産物を標的とした新規治療薬の開発などが想定されている。

また、腫瘍内細菌のゲノムおよびトランスクリプトーム解析を通じて、癌細胞と微生物の相互作用の分子基盤を理解することが、治療標的の同定につながる可能性もある。このように、癌細胞内の細菌研究は、癌の生物学および治療法に対する我々の理解を深め、将来的には従来とは全く異なるアプローチによる、より効果的な癌治療戦略の開発に貢献する可能性を秘めている。

我々は既に臨床的に「腸内フローラ移植」を行なっており、これらの研究成果をいち早く臨床に結びつけれると期待している。

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