Dr.中川泰一の医者が知らない医療の話(毎月10日掲載)
中川 泰一 院長

中川 泰一 院長

1988年
関西医科大学卒業
1995年
関西医科大学大学院博士課程修了
1995年
関西医科大学附属病院勤務
2006年
ときわ病院院長就任
2016年
現職
2023年8月号
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ベトナム訪問記Ⅱ

翌日は肝心なお仕事再開。あちらの大きめな病院を視察。まず、あちらの病院は株式になってる。アメリカなんかはそうだけど。中国といいベトナムにしても国家としては社会主義国だよ。実際、経済は日本なんか比べ物にならないような資本主義。特に日本の国民皆保険制度は全国どの地域の医療機関もどの医師も全く同じという前提でシステムが組まれてる。ベトナムも基本はそうなのだが、貧富の差が開くと、国は社会福祉に金が回らなくなり、医療サービスが低下。一方金のある人たちはより良い医療を求めるから、日本で言う「自由診療」の医療機関が発達する。日本だってクリニックレベルではすでに起こっている変化なのだが、いずれ病院レベルで自由診療が現れるのは時間の問題だ。日本は医師会の反対で混合診療に踏み込めないと聞く。保険診療で潤ってる昔からの病院や地方の独占企業のような病院からしたら自由競争なんかまっぴらゴメンという事だろう。

医療費削減で無理を医療機関に強いるのではなく、早く認めないと最先端の治療はコスト高で受けられないなんてことになりかねないし、より良い治療を求めてアジアの国の病院に日本人が行くようになるだろう。現に再生医療法施行後はわざわざ海外に再生医療受けに行っている。しかもやってるのは日本人で医療関係でない人が金持ちの患者集めてツアーをやっている。詳しくは書かないが、もちろんかなりいかがわしいのが多い。ちなみに幹細胞移植に必要なHLA検査(ヒト白血球抗原(Human Leukocyte Antigen)で体の免疫システムが自己と他者を区別するのに役立つ一連のプロテインはこの連中がやってる。アジアの国ではできず日本でしか出来ないとだけ言っとこうか。

かくゆう今回のベトナム訪問も、主な目的は日本の先端医療(皮肉なことに日本では出来ない)を導入したいからと招かれてるんだから。

閑話休題。この日の病院は一部保険もやってるとのことだった。院長先生は女性の方で、もちろん株主。正直、あんまり医学の話にならなかった。院内見学でも、医療機器が入っているのだが日本ではあまりお目にかかれない、多分韓国か中国製のものもあって性能はよくわからない。「このCTって何列?」「?」ってな具合でどうもよくわからない。免疫や再生医療のことなど理解できるか、かなり不安が残った。

とは言うものの、「最新」のモノを入れたがるのはわかる。ただ、機械だけ最新のものを入れたって、それなりの技術と経験が無ければ余計にひどい結果になる。どの分野でもそうだろうけど、特に医療機器はその結果に患者さんの運命がかかってるから特に気をつけなければいけない。もうだいぶ前になるが、中国から肺癌の全身転移であちらの病院で「もう助からない。」と宣告された患者さんが紹介されてきた。ところが肺癌の末期で余命いくばくも無い方にしては妙に元気だ。勿論、ステージ4でも癌の状態によっては意外と元気にされてる方もいる。もっとも急激に状態が悪くなるのだが、この方達は今元気だからと油断しがちだ。

ところが、この中国の患者さんはこのような方々と違った元気さなのだ。勿論「助からない。」と宣告されてるから精神的には元気なわけでは無く、当然本人も周りも落ち込んでる。中国で最新のPETの結果で診断されてとのことだった。「なんか怪しいな」と思って、「FDG注射された後、どのぐらい安静にしてました?」と訊くと「いいえ。特に安静なんかしてません。」やっぱりなあ。蛇足ながらちょっと説明すると、PET(positron emission tomography )は癌が糖を栄養分にする性質を利用して糖と放射性物質を混ぜたFDG(fludeoxyglucose)を静脈注射して癌が取り込んだのを全身スキャンして発見すると言うもの。全身の癌を見つけられる当時としては「最先端」の医療機器だ。欠点は糖が集積しやすい脳や消化管の判別は難しいと言うことなのだが。もう一つ糖が消費されやすいところがある。筋肉だ。つまり、FDG注射された後 1時間ほど安静にして動かないようにしておかないと筋肉が動いて糖を消費するから偽陽性になってしまうのだ。

そこで、くだんの中国の方だ。FDG注射した後、動き回ってたから全身偽陽性だらけになってると思われた。そこで、ウチのPET-CT(当時は持ってたので)で撮り直したらなんと、1箇所だけ。Stage1。早々に大学病院に紹介してOpeしてもらって「完治」。本人も大喜びで、おかげで私は「不治の末期癌を治した名医」になったわけだ。ヤレヤレ。

ちょっと長くなったが、かように機械だけ入れてもこのように使いこなせないなら意味がない。中国も施設によっては違うし(レベルの差が激しい。)今ではこんな事ないと思うけど、アジアの国で高度すぎて扱えない「最先端」医療機器がたくさん埃をかぶってると言うのも事実だから、技師さんの教育も考えて入れないと、この事例のようなおかしな話になってしまうのだ。もっともこの話も患者さん本人にとっては笑い話にもならないのだが。

またまた閑話休題。翌日はいよいよ今回の主な目的である、ベトナムで何番目かの財閥とのミーティング。でっかい会議室で、会長はじめ幹部クラスやそこが持っている病院の責任者など勢揃い。いつも思うのだが、どのアジアの国も会議が派手だね。飲み物や果物が用意されてて大きなテーブルに皆が並ぶと言う形式。最初にあちらの紹介プレゼンを見せてくれたけど、バイクのメーカーや銀行も持ってるみたい。こりゃ会長のアポが中々取れないわけだな。そして、会長さんは貫禄ある(別に太ってると言う意味でなく)女性だった。結構な時間、色々質疑応答したが、結局具体的には相手もno ideaで「提案してくれ。」のようだ。でも、くだんの会長さん、気に入ってくれたのか、急遽、翌日の昼食会をセッティングしてくれて病院で具体的な話をするように手配してくれた。

で、翌日の昼食会は昨日の幹部の方々よりもうちょっと下の(失礼!)実務の方もいたりして結構な人数で賑やかにベトナム料理をいただいた。くだんの会長さんも顔を出してくれて、下の人達は結構気を遣って大変みたいだったけど、幹部の人たちは和気藹々と談笑していた。やっぱ財閥の会長やってるだけに貫禄あるわ。日本と違って話が早いしね。トップが決めたらさっさと動く。見習いたいもんですなあ。

その後に系列の病院に案内してもらった。敷地も広く2棟の病院がつながっていて、また隣に増設する予定らしい。スペースは結構広いが、日本のように会計や処方の電子システムが入っているわけじゃなく、例えて言うなら日本の昭和の病院の雰囲気。なんかちょっと懐かしい。

ここでのミーティングで具体的な事案について結構長い時間ヒアリングなどした。昨日から同席されてた病院担当の幹部の方(これまた女性。なんかベトナムは女性の方が強いのか?)。散々色んな先端技術について説明したが、結局「何からやっていいか分からないから、提案してください。とりあえずCPC(cell processing center)が作りたい。」だった。

なんか手間がかかりそうだけど、こちらの提案次第で動いてく方がいいかもね。私も忙しんだけど。

こんな訳で今回のベトナム訪問は終わった。最後に雨季のこの時期には珍しく、全日晴天に恵まれてたんだけど、帰りの飛行場に向かう途中で急に大雨というか嵐!運が良かったねと思っていると、深夜発の飛行機が飛んで来れず、ラウンジで時間を潰すはめに。深夜で寝とくにしても中途半端。そこでまたまたライブ配信。

日本時間で深夜2時とか3時ぐらいなのに1500人ぐらい観てる。色々話しかけられているうちに、質問コーナーみたいになってしまって逃げれなくなってしまった。そんなこんなで、4時間遅れでやっと出発。

翌日は東京で朝イチからアポいっぱい入れられてたから大変。クリニック到着が昼過ぎになったので、スケジュールが重なって、てんやわんや。

「金曜、朝7時羽田着ですよね?じゃその日は朝からやれますね?ね!」
鬼のようなことするから天罰下ったんだよ(ん?誰に?)。
あ、それから後日、「このぐらいの規模からでどう?」というCPCの設計図は送りましたよ。

(9月号に続く)

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