Dr.中川泰一の医者が知らない医療の話(毎月10日掲載)
中川 泰一 院長

中川 泰一 院長

1988年
関西医科大学卒業
1995年
関西医科大学大学院博士課程修了
1995年
関西医科大学附属病院勤務
2006年
ときわ病院院長就任
2016年
現職
2022年6月号
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若返りの治療Ⅵ

 このように老化細胞の過剰な蓄積(一般的には加齢に比例して蓄積も増える)がいわゆる「老化」を引き起こすなら、老化細胞を除去すれば良いことになる。老化細胞を体内から排除することで個体老化の表現型や加齢性疾患の改善、 さらには寿命の制御までをも試みる事を「senolysis」セノリシスという。

 そして、現在のところ、このセノリシスを行う3種類の物質が発見されている。

 まず1つ目は、 glutaminase 1(グルタミナーゼ1(GLS1))阻害剤がある。これは老化細胞の生存に不可欠な遺伝子としてGLS1がある。老化細胞の細胞内pHは、リソソーム膜の損傷によって低下し、腎臓型グルタミナーゼ(KGA)の発現を誘導する。その結果として増強されたグルタミノリシスがアンモニア生成を誘発し、低いpHを中和し、老化細胞の生存を維持している。つまり、このGLS1を阻害すれば、老化細胞を特異的に排除できると言う理屈だ。

 2つ目がCD153-CpGワクチンだ。老化T細胞は、肥満者の内臓脂肪組織(VAT)に蓄積している。CD153ワクチン接種により、高脂肪食(HFD)を与えた肥満C57BL/6Jマウスから老化T細胞を長期的に除去することに成功した。

 3つ目がBETファミリータンパク質分解薬(BETd)だ。BETdは、2つの独立しているが統合された経路つまり、非相同末端結合(NHEJ)の減衰、とオートファジー遺伝子発現のアップレギュレーションを介して老化細胞を除去する。

 まあ、これ以外にも「らしい」物質も報告されているが、今後色々と発表されていくだろう。しかしながら、重要なのはすでにこの中の1つ目のGLS1阻害剤はアメリカで新たな抗癌剤として治験が始まっていると言うことだ。何度も言うが「若返り」と「癌化」は裏腹だから。とにかくもうじき老化細胞除去剤が実用化される。これで、サーチュイン遺伝子活性以外の「不老不死」「若返り」の重要な要因の「老化細胞除去」の薬剤が揃うことになる。勿論、日本では保険収載なんて遥か先になるだろうし、認可されても抗PD-1抗体剤の様に、やたら制限のついた癌治療以外に使えないことになるに決まってるが、実験用試薬でなく臨床試験を通った薬剤が出来ると言うことは大きな希望だ。(あまり詳しく書くと突っ込まれるのでこの辺でご容赦を。)

 しかし、単純に喜んでばかりもいられない。何度も言うが「老化細胞」は生体の「癌抑制」のいわば副産物の様なもので、完全に無くしてしまうと発癌の抑制が効かなくなることになる。要は「過剰な」老化細胞の蓄積をどの程度除去するかで、この「過剰な」がよく分かっていない。

 また、話がややこしくなるが、最近の研究では癌細胞の「老化細胞」が存在していると言うのだ。

 癌細胞は、化学療法剤、放射線療法、などの治療に反応して「細胞老化」を起す。これを治療誘発性老化(TIS)と言う。厄介なのは、老化した癌細胞は免疫系によって除去されるが、除去されない老化癌細胞は長期間生存している事がわかってきた。さらに悪い事にこの老化癌細胞は老化状態から脱出する事があると言うのだ。そしてこれらの老化から脱出した老化癌細胞は、癌の再発を促進する「癌幹細胞」のような状態を取り戻す可能性もあると言う。これは大変な説で、以前免疫治療の際に化学療法では「癌幹細胞」を除去出来ないと述べたが、ひょっとすると「除去」どころか「誘発」してる事になるからだ。

 実際、「癌における治療誘発性老化」はすでに問題視されている。

 前にも述べたが、老化細胞の老化関連分泌表現型(SASP)は常に同じではなく免疫抑制や腫瘍微小環境を確立などで発癌を促す働きもある。そこで、癌細胞老化を誘発する可能性のある化学療法を行うと同時に老化細胞除去のセノセラピーを行う。つまりこの併用療法は、持続性老化細胞の不必要な副作用を除去し、さらに化学療法の副作用の老化癌細胞誘発を低減する事によって癌の再発なども抑制しようと言う試みだ。しかしながら老化細胞除去のセノセラピー自体がまだ実用化に至ってないので、まだ実験段階の様なモノだ。しかし近い将来はこの様に、癌治療の一環としての「若返り」療法が一般的ななってくるのでは思うがどうゆう形になりますやら?一石二鳥かもね。皆さんどう思われます?

(7月号に続く)

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