Dr.中川泰一の医者が知らない医療の話(毎月10日掲載)
中川 泰一 院長

中川 泰一 院長

1988年
関西医科大学卒業
1995年
関西医科大学大学院博士課程修了
1995年
関西医科大学附属病院勤務
2006年
ときわ病院院長就任
2016年
現職
2022年3月号
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若返りの治療Ⅲ

 今回は前回からの続きで「細胞老化」について。前にも述べたが、不老不死から若返りから癌化まで絡んでいるので中々幅の広い話になるのだが、つくづく人体の生理現象は色々複雑に絡んでいて、単純に1ヶ所いじれば良いようにはいかないなと思う。人間の事情で、それが「若返り」になったり「癌予防」になったりするだけだ。

 ここでまず、最初に注意しないといけない事は「細胞老化 (cellular senescence) 」と「加齢 (aging) 」は別物だと言う事だ。細胞老化は定義は後ほど述べるが、まず「加齢」とは誕生からの時間の経過を示すもので、さらにそれに伴って起こる諸々の現象のことをいう。一般的には「加齢」と「老化」は同一意義語のように用いられるが別の意味合いを持つ。同じ年齢の人は「加齢」的には同一だが、容姿や健康状態など「老化」の度合いは人それぞれで異なる。わかりやすい例で言えば、「美魔女」の方々だ。最近はバリバリ仕事されてる方は綺麗にされていて実年齢よりかなり若く見える方が多い(イヤイヤお世辞じゃありませんよ。いやホントに。笑)。一方、家庭に入って主婦まみれの方々は、余り異性の目を気にしないせいか老けて見え易い。これは女性に限らず、男性でも一緒ですからね。念の為。

 少し学術的な言い方をすると、「細胞老化」は老年になってからのみならず、胚発生の段階でもに起こる。つまり、「老化細胞」は老化の原因となるが、一般的なイメージの「老いた細胞」だけでは無いということだ。

 では「老化細胞」とはどんな物か。かいつまんで言うと、増殖していた細胞が、加齢の過程などでさまざまなストレスに曝され流事により増殖促進刺激に対する抵抗性を獲得し、不可逆的に細胞周期が停止した状態の細胞を「老化細胞」と言う。ただこの「老化細胞」はアポトーシスをおこして死滅した細胞と異なり、増殖を止めた後も細胞は死滅せず代謝活性を維持すると言う物だ。つまり、成長しないで生き続けている状態と思っていただければいい。

 そして「老化細胞」はアポトーシスと同様に癌抑制の働きをしていると言われている。どう言うことかというと、細胞周期サイクルが狂い、無限増殖しようとする細胞の増殖を止める事によって癌化しないようにしていると言うのだ。アポトーシスの場合は細胞が死滅するのでそれ以上の増殖はしない訳だが。

 この様に「 老化細胞」 は癌に対する生態防御としての役割が考えられているが、もちろんマイナス面もある。「 老化細胞」 はアポトーシスとは異なり直ぐに死滅せず 加齢とともに生体内に蓄積していく。そしてSASP (senescence-assosiated secretory phenotype)と言う 炎症性サイトカインなどなどを産生する現象により、細胞周囲に慢性炎症を惹起し、 発癌や癌の転移、再発を促進したりするとの報告がある。

 一方この点では逆に 前癌病変つまり癌発生のごく初期段階に出現する老化細胞はSASPによってNK細胞やT細胞などの免疫細胞を誘導し、癌の発生を抑制するとも言われている。生体反応なんだから身体に良い方向の現象なのだろうけど、癌に対してさえこの様に、場合により二面性があるのでなかなか一筋縄にはいかない。

 その他の老化細胞のもたらすマイナス面だが、老化細胞が分泌するSASP因子は周辺組織に慢性炎症を引き起こし、さまざまな加齢性疾患の発生に関与している事が報告されている。

 このマイナス面が所謂「老化」の原因と言われているもので、「不老」や「若返り」などの目的だけ見ると「老化細胞」を除去すれば良いとなるのだが、この様に癌の予防などの重要な役割も担っており単純に決められないのが難しいところだと思う。

 次回はこの辺りを掘り下げてみようと思う。

(4月号に続く)

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