Dr.中川泰一の医者が知らない医療の話(毎月10日掲載)
中川 泰一 院長

中川 泰一 院長

1988年
関西医科大学卒業
1995年
関西医科大学大学院博士課程修了
1995年
関西医科大学附属病院勤務
2006年
ときわ病院院長就任
2016年
現職
2020年7月号
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エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質

 「なあ先生~、エクソソームって何なん?」
 「ハ?Exosome(エクソソーム)?なんでまた、そんなん知ってんねん?」
 (大阪弁で「先生、エクソソームって何なんですか?」
 「どうしてそんな単語知ってるの?」の意味。念のために。)
 うちの秘書は大阪弁に京都弁が混ざってるからこんな会話になるのだが。だって「エクソソーム」って、新たな細胞間の情報伝達物質で、癌の転移や各種疾患での役割が注目されているんだが、何でそんなちょっとおマニアな単語を彼女が知ってるのか不思議だった。
 「〇〇ちゃんとこが今度、それ入れた化粧品作って、すっごい売れてるらしいよ。」
 〇〇ちゃんとは彼女の知り合いの化粧品会社の女社長で、「幹細胞上清液」入りの化粧品で儲けている。
 一般人にとっては「幹細胞」と「幹細胞上清液」との区別なんかつかない。むしろ「幹細胞」を精製して効果を高めたのが「幹細胞上清液」ぐらいに思ってる。いや、冗談抜きで。本来ただの使い古しの細胞培養液なんだが、大手の化粧品メーカーだって「幹細胞」のオンパレードだ。厚生労働省も再生医療法であれだけ医療機関を締め付けたのに、こんなのは野放しだ。数年前に懇意の厚生局の担当官に「最近、上清液をあたかも幹細胞のようにうたって販売してる業者がいるよ。こんなの良いの?」って問いただしたら、「幹細胞が含まれていなければ問題有りません。誇大広告なら消費者センターの担当ですかね。」だって。

 で、「エクソソーム」だ。どうしてこれが化粧品で受けてるのか?まずは、「エクソソーム」についておさらい。
 エクソソーム (Exosome) とは細胞外小胞の1つであり細胞から分泌される小型(直径50~150nm程度)の膜小胞で、血液や尿、髄液など殆ど の体液や細胞培養液中に存在している。ちなみに、細胞外小胞はその大きさや、由来から大きく①Exosome、②Micro vesicle(マイクロベ シクル)、③Apoptotic body(アポトーシス小体)の3つに分類されている。ExosomeはEndosome(エンドソーム)由来の小胞、Micro vesicle(マイクロベ シクル)は細胞から直接分泌された小胞、Apoptotic body(アポトーシス小体)は細胞死により生じた細胞断片のこと。

 次にExosomeの構造は脂質による二重膜で囲まれた膜小胞で、多胞性Endosome(エンドソーム)と呼ばれる細胞内小胞の中で産生され、 多胞性Endosomeが細胞膜と融合することにより細胞外へと放出される。その表面は 細胞膜由来の脂質、タンパク質を含み、内部には核酸(マイクロRNA、メッセンジャ ーRNA、DNAなど)やタンパク質など細胞内の物質を含んでいる。そして、Endosomeがさらに陥入することで作られた膜小胞に細胞内の物質が含まれるため、分泌された元の細胞の特徴を反映していると考えられている。

 一方、Exosomeには共通に含まれるタンパク質がある。表面にはTetraspanins(テトラスパニン類)(CD9、CD63、CD81など)やIntegrins(インテグリン類)などの膜タンパク質、Major Histocompatibility Complex; MHC(主要組織適合遺 伝子複合体)分子が存在している。そして内部には多胞体形成に関連するタンパク質 (Tsg101、Alix)、Heat shock Protein;HSP(熱ショックタンパク質)などが存在している。

 従来Exosomeは、不要な細胞内容物の放出作用をしているだけと考えられていた。しかし、近年ではExosomが新たな生体内での脂質・蛋白質・RNA 等を運ぶ細胞間情報伝達物質として注目されてきている。細胞間の情報伝達物質としては従来よりサイトカインが知られていたが、Exosomeはさらに、単なる細胞間のみの情報伝達のみならず、先述した通り、身体中の体液(血液や尿、髄液など)や細胞培養液中(ここが後で重要になってきますよ。)に存在しているので、身体中の細胞に対し広範囲に渡る影響を及ぼしていると考えられている。

 有名な作用の例としては、癌細胞が放出するExosomeには、成長に必要な血管の新生作用や免疫細胞からの攻撃を避ける作用などの物質が多数含まれ ており、癌細胞が進展していく機序に関与していると考えられており、さらに癌細胞由来Exosome上の接着分子の発現様式によ り、どの臓器へ転移するかが決められていることがわかってきている。そしてこれらを応用した研究として、新たなLiquid biopsyによる癌のバイオマーカーの開発などが進んでいる。
 また、免疫細胞間での抗原情報の交換や、免疫細胞の活性化・不活性化など様々な免疫応答を制御していることが示唆されている。
 その他、神経系でも様々な神経変性疾患 の原因蛋白質がExosomeによって細胞外へ放出され他の神経細胞へと伝え病態を進行させていると考えられている。
 とまあ、私的には主に癌の転移や免疫系の情報伝達などに関する物質として捉えていたのだが、どうも最近はそれだけでは無いようですな。

(8月号に続く)

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