Dr.中川泰一の医者が知らない医療の話(毎月10日掲載)
中川 泰一 院長

中川 泰一 院長

1988年
関西医科大学卒業
1995年
関西医科大学大学院博士課程修了
1995年
関西医科大学附属病院勤務
2006年
ときわ病院院長就任
2016年
現職
2018年3月号
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肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)

 腸が免疫系に大いに影響している事はご存知だと思う。人には腸だけでも100兆個もの微生物が存在している。消化管は人体の構造から見れば、皮膚と同様に「体外」との接点だ。よって、腸を通過するあらゆる分子や細胞を免疫系が監視している。免疫細胞の6割が腸にあり、その基地が虫垂だ。では、なぜ腸内細菌は免疫系によって排除されないのか。それは、人体にとって腸内細菌が必要であるからだ。簡単に言うと人が進化によって遺伝子を獲得しなければならないような仕事、例えばビタミンの合成などを腸内細菌にアウトソーシングしているのだ。そして、腸内細菌は人が食べたものを栄養にしているので、人それぞれその組成が異なる。

 およそ腸とは無関係と思われる「自閉症」などの疾患も「腸内細菌」が関与していることが明らかになってきている。これらの疾患はウイルスが脳を制御する物質を放出することによって引き起こされており、このウイルスを排除できない組成の腸内細菌を持っている人が発症するという考え方だ。突飛な話ではない。寄生虫が宿主を操る例は自然界では多々見られる。例えば狂犬病ウイルスは宿主の犬を他の犬に噛みつかせて繁殖し続ける。

 さて、本題の「肥満」もカロリーのinとoutだけでは説明できない事は前回も触れた。摂取した食べ物のカロリーではなく、肝心なのは、それが体にどれだけ吸収されるか、またはどれだけが使われ、どれだけが蓄えられるかで考えなければならない。まずエネルギーをどう吸収するかは、その人の腸内細菌の分布によって異なる。フィルミクテス門がバクテロイデーテス門より多い人は最大で2%余分にカロリーを吸収すると言われている。たかが2%と侮ってはいけない。同じ2000kcalの食事をしていても人によっては2040kcal吸収している事になる。体重60kgの人なら1年で約2Kgの増加、10年で約20Kgの体重増加となり立派な肥満体になる。更に、腸内細菌はエネルギーを消費するか、体内に蓄えるかにも重要な影響力がある。痩せた人に高カロリー食を与え続けるとフィルミクテス門の細菌が増えて来る。つまり太りやすい体質になってくるのである。

 では、「やはり食生活が原因じゃないか?」と思われるだろうが、そう単純なものではない。 腸内細菌が人に脂肪を蓄えさせようとするのは、飢餓の時に生き残れる確率を高くするためと考えられている。宿主が生き残らなければ、それと共生している腸内細菌も生き残れないからだ。実際、人類の歴史では飢餓が克服されたのは先進国でもほんの数十年前で、現在でも飢餓で苦しんでいる人は地球上に大勢いる。しかしながら、必要以上に脂肪を蓄えても、まだ食べ続けてしまう人が大勢おり、これが病的な肥満となっている。

 脂肪細胞から分泌されるレプチンと言うホルモンがある。これは脳に作用し、食欲を抑える働きがある。脂肪が充分に蓄えられると、本来このレプチンが放出され、食欲が抑えられバランスが保たれるはずだ。ところが太った人は脳がレプチンを感知しにくくなっている。脳に「レプチン耐性」ができてしまっているのだ。この事は「肥満」が「生活習慣病」ではなく「器質的疾患」であると言える。 さらに、アデノウイルスの一種で、エネルギーが余っていない場合でも脂肪を蓄えるようにするものがある。痩せた人は新しい脂肪細胞が分裂してそこに少量づつ脂肪を蓄える。一方、太った人は脂肪細胞の数は増えず、肥大化した脂肪細胞に多量の脂肪を蓄える。そして、その脂肪細胞は炎症を起こしており免疫細胞が集まっている。もはや立派な感染症だ。

 もう一つの原因として、「抗生物質」があるのではないかと思う。抗生物質は感染症を防ぐためだけではない。抗生物質は体重も増やすのだ。鶏などの家畜に抗生物質を与えると体重が増えるのは周知の事実だ。人に対しても1950年頃から指摘されていたが、肥満がまだ、社会的に深刻な問題となっていなかった為に深く議論されないままになっていた。特にバンコマイシンとゲンタマイシンはそれに耐性のある例の肥満菌のフィルミクテス門以外の細菌を死滅させるので、結果フィルミクテス門系の細菌が増え、肥満になると言うわけだ。

 家畜に大量の抗生物質が使われているのは御存知だと思う。当然それを食べている人にも抗生物質は入ってくる。戦後、抗生物質が使われて感染症が駆逐されるのと時を同じくして「肥満」が世界に蔓延し始めたのとも重なる。 このように「肥満」の原因は色々であるが、単なる「生活習慣病」ではなく腸内細菌のバランスが崩れたことによる栄養貯蔵システムの異常と考えると色々な意味で辻褄が合う。

 最後に、いわゆる「痩せ菌」と言われているのは「アッカーマンシア」と言う細菌である。「腸内フローラ移植」の希望者で「痩せ菌」を移植して痩せたい方が多いのだが、せいぜいカロリーの吸収率が2%下がるだけである。先にもの述べたが年間2kgだ。これでも大したものだが、ダイエット希望の人はもっと劇的な効果を期待する。しかし、いきなり何10kgも痩せるわけないのである。まして、「痩せ菌移植したから何食べても大丈夫!」みたいな人もいる訳だ。移植の帰りに長い間我慢していたケンタッキーフライドチキンに直行した奴もいる。「せっかくフローラ移植したのに太った」というのは100%この類だ。

 単に美容的に痩せたいのではなく、先ほどから述べているように「肥満」は病気なのだから、治療として考えれば腸内細菌を整えて行くのは効果的だと思う。「フローラ移植」はまず、腸内環境を入れ替える有効かつ唯一の手段だ。ただ、それに合わせて生活も変えていかないと本当の治療にはならない。難病や症状が悪化している症例では、先に抗生物質で現状の悪いフローラを叩いてから移植するのだが、やはりその後の生活改善も大事になってくる。

 どうです、あなたも「フローラ移植」したくなりましたか?

(4月号に続く)

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