神津 仁 院長

神津 仁 院長
1999年
世田谷区医師会副会長就任
2000年
世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年
日本臨床内科医会理事就任
2004年
日本医師会代議員就任
2006年
NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年
昭和大学客員教授就任
2017年
世田谷区医師会高齢医学医会会長
2018年
世田谷区医師会内科医会名誉会長
1950年
長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年
日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)
第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年
米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年
特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年
神津内科クリニック開業。
9月号

睡眠の『Golden Time』を検証する

 今年の夏はひどく暑くて眠れない夜も多かったと聞く。私はどちらかというと夏型人間で、暑さの中で汗をかき、どっと疲れて寝てしまうタイプなので、冬の寒さで眠れないことはあっても、夏の暑さで眠れないことはないので助かっている。

 睡眠障害はうつ病の代表的な症状であり、他の精神科疾患にも多く付随する。その治療薬である睡眠導入剤は、本来精神神経科医が処方し管理すべき薬物で、他の診療科医が簡単に処方すべきではない。しかし、日本の医療提供体制がそのようなシステムになっていないという問題がある。

 糖尿病でも高血圧症でも脂質異常症でも、診断が付いたからといってすぐに薬物療法が始まるわけではない。最初は食事療法や運動療法といった、非薬物療法が主体となり、生活環境を整えて行動変容を生じさせることで病状を改善するのが王道だ。睡眠障害、不眠症の場合にも、精神神経科疾患を除けば、まずは非薬物療法を検討するのが普通だろう。

 それが、地域医療の現場にいると「以前この薬をもらったから出して欲しい」と眠剤中毒になった患者が半ば医師に強制するようにいってくるのに驚く。この原因を作っているのは、睡眠障害の臨床に詳しくないまま、「眠れない」という患者に簡単に処方してしまっている若い医師たちだ。入院した患者に「眠れない」といわれても、病棟医は簡単に睡眠薬を処方すべきではないし、その処方のまま退院させるようなことはしないのが正解だ。

睡眠障害患者の診察

 睡眠衛生項目チェック表という問診票を見たことがあるだろうか? 私のクリニックでは初診患者が問診票の「眠れない」の項目にチェックがあった場合、さらにこのチェックリストを渡して記載して頂く。質問は、「ここ2週間を振り返り、だいたい当てはまっていれば〇を、当てはまらなければ×をカッコ内に付けてください」という説明から始まる。項目立ては、「規則正しい生活に関して」が2項目、「昼間の活動に関して」が5項目、「眠る前のリラックス、眠りへの準備に関して」が7項目、「就寝時間のこだわりに関して」が3項目、「眠る環境に関して」が4項目の22項目からなる。実際の表は以下のようなものだ。

 この表の項目に×の付けられた部分について、患者とディスカッションをしながら、自分の行動を振り返り、睡眠障害の原因となっている部分を自覚していくことから治療は始まる。このチェック表は、診療の終わりにコピーをして患者に渡し、行動変容を促していく。

Dr.
「この表の『規則正しく3度の食事をとる』のところに×がついてますね」
Pt.
「忙しくて朝ごはんを抜いちゃうことが多いんですよ」
Dr.
「睡眠のリズムは、脳の中で食事のリズムと密接につながっているので、規則的に食事をとることは大切ですね」
Dr.
「朝の光を浴びないことが多いのですか?」
Pt.
「そうなんですよ。私のアパートの部屋が隣の家とすぐ近くて、日が当たらないんです。それでついつい二度寝して・・・」
Dr.
「まずはカーテンを開けて、天気が良ければ、日が差すところまで朝の空気を吸いに出て行くというのもいいかもしれません」
Pt.
「それから、ついつい眠れないので夜アルコールを酔うまで飲んでしまうんですよ」
Dr.
「アルコールを飲むと、入眠はしやすいですが、睡眠の正常なリズムを壊してしまうので、睡眠の質が落ちてしまいますね。飲酒は食事の時に終わらせて、寝る前の2時間は胃に食べ物を入れないでおいた方が良いですね」

高齢者の睡眠

 「先生、眠れないんですよ。眠り薬をもらえませんか?」と外来に来る後期高齢者の話をよく聞いてみると、睡眠に対する誤解があるのが分かる。そんな時にはこんな説明をして、睡眠リズムに対する理解を深めてもらっている。

Dr.
「何時頃床にはいるのですか?」
Pt.
「夕食を食べると、もうやる事ないので、夜7時頃には寝てしまいます」
Dr.
「それで何時頃に起きますか?」
Pt.
「夜中の2時、3時には目が覚めて、それからもう眠れないんですよ」
Dr.
「それはそうでしょう。夜7時からだと、7-8時間睡眠をとっていることになりますね? この図1を見てください。赤ちゃんの時はおっぱい飲んで眠って、おっぱい飲んで眠って、というリズムで一日を過ごすんですが、1歳くらいになると、睡眠時間が長くなって、起きている時間も増えます。午睡の時間がまだ必要ですが、睡眠と覚醒のリズムが出来るんですね。10歳くらいになると、脳の発達のために9時間くらいは寝ていますが、もう成人と同じリズムです。勤労成人になれば、夜11時頃寝て6時、7時に起きて日中は寝ることなく仕事に励む、という生活になります。それが今度、老人になると、仕事がない分早く寝て早く起きる。昼間には縁側でおばあさんがこっくりこっくりと居眠りするように午睡する。ちょうど1歳の子供の睡眠パターンに戻るんです」
Pt.
「なるほど。私は不眠症かと思ったけれど違うんですね?」
Dr.
「違いますね。病気ではなくて、aging、加齢による変化ですね」
Pt.
「わかりました。じゃあ薬はいりませんね?」
Dr.
「いりませんね (笑)」

お肌のGolden Time

 「眠りに入る時間については、睡眠のGolden Timeというものがあって、午後10時から午前0時くらいまでに寝床に入るのが理想的です」と患者に説明することがよくある。おそらく何かの文献か医療情報で身に着けた話だと思うが、その文献や医療情報がどこから採ったものだったかは定かでない。先日お昼の娯楽番組で「睡眠のGolden Timeには医学的な根拠はない」と睡眠カウンセラーが話しているのを聞いて、どんなものかと調べてみた。

 Golden time of sleep、あるいはGolden time of sleepingというkey wordでのネット検索では、私が考える「最も効率的で生理的な睡眠リズムを得るのに適切な入眠時間帯」を示す情報はなかった。しかし、お肌のコンディションを整えるために最も良い入眠時間帯を示すGolden time of skinについての記載は多くあった。「美のお役立ち情報」というホームページに比較的分かりやすく解説してあったので抜粋させて頂いた。

睡眠時に分泌される「成長ホルモン」がカギ
 夜眠っているときに分泌されるホルモンの一つに「成長ホルモン」があります。成長ホルモンは、その名の通り、成長期に骨や筋肉などの成長を促すホルモンです。また、皮下組織の水分を保つ働きや皮膚のターンオーバーの促進、皮膚細胞の分裂、再生を促進する働きがあり、美容と健康に欠かせないものです。

 1日のうちでもっとも成長ホルモンが多く分泌されるのは、寝入りばな。
眠りに入って30~60分でくる最初のノンレム睡眠(体も脳も休んでいる状態)のときです。例えば、22時~24時くらいに寝ると、2時頃までの間にノンレム睡眠が起こりやすくなります。「美肌を育むシンデレラタイム」なんて言葉も耳にしたことがあるのではないでしょうか。

成長ホルモンの分泌を促すコツ
 では、この成長ホルモンの分泌をより促すにはどうしたらいいのでしょうか。
それは、「メラトニン」をきちんと分泌させることが重要です。メラトニンは体に夜が来たことを伝えるホルモンで、睡眠を促す働きがあり、免疫力を高め、抗酸化作用もあるといわれています。また、睡眠を促すだけでなく、成長ホルモンの分泌を促す役割もあります。

 メラトニンは夜になり周りが暗くなると自然に分泌が増え始めますが、これは太陽が昇ってから沈む前までに分泌されるセロトニンというホルモンが変化したものです。つまり、セロトニンがきちんと作られないとメラトニンも作り出されないというわけです。

 そして、メラトニンは明るい光によって分泌が止まってしまいます。朝、しっかり太陽の光を浴びることでメラトニンの分泌が抑えられるのは、目覚めが良くなるからいいのですが、就寝前に、スマートフォンやPCの画面からブルーライトなどの強い光を浴び続けると、睡眠に悪影響を及ぼしてしまいますので気をつけたいですね。

 Golden time of skinが女性にとっての「美肌を育むシンデレラタイム」と認識されているようだ。しかし最近では、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長の三島和夫氏が以下に説明するように、それも「理想であって、その時間でなくともお肌は守られる」という情報に変わってきているようだ。

ホルモンと睡眠 美肌ゴールデンタイムは存在する?
 当初ゴールデンタイムの意味がよく分からなかったのだが、女性誌などの取材を何度も受けているうちに、22時~深夜2時に眠れば、その間に成長ホルモンがバンバン分泌されるという意味だと知った。しかし、先述のとおり成長ホルモンは主に睡眠による支配を受けており、現実世界の時刻は実は関係なく、睡眠、特に深いノンレム睡眠(徐波睡眠)中に集中して分泌される。同じ睡眠でもレム睡眠中には覚醒時と同じ程度にまで分泌量は低下する。

 この誤解はおそらく平均的な睡眠時間帯が深夜0時ころから始まり、深いノンレム睡眠が睡眠開始から最初の2、3時間で出現することが多いために派生したのだろう。夜勤明けの看護師さんは帰宅してから寝ても成長ホルモンは分泌されるのでご心配なく。

Optimal windows of opportunity

 米国のNational Sleep Foundation のホームページを見ると、以下の記載があった。

 私が訳したものをお示しする。
 ほとんどの人は、自分の職業、家族、社会生活にとって最も理にかなった時間に眠っている。人が目覚める時間は、主に責任や義務で決まるが、反対に眠りにつく時間は、しばしば個人の好みや夜の活動によって決まる。

 もちろんのこと、成人のほとんどは、 1日あたり7〜9時間の睡眠を必要とする。なぜこの時間かというのはまた別の話になるのでここでは触れない。もしあなたが午前7:00に起きる必要があるなら、8時間逆算して就寝時間を午後11:00と決めることが可能だ。それは良いのだが、眠るのに最も良い時間となると個々人でばらつきがある。たとえば、ある人たちはひばり的(朝型)であり、他の人はフクロウ的(夜型)であり、さらに他の人はこれらのパターンの間のどこかに位置している。あなたがどのタイプかは、眠気や覚醒、身体生理機能をコントロールする概日リズム、24時間の体内時計の影響がどれだけあるかで決まってくる。

 言い換えれば、誰にでもフィットする魔法のような万能睡眠スケジュールはない。最善のアプローチは、あなたの生理的リズムに合わせて、7〜9時間の必要な睡眠をとることだ。

 しかし、睡眠をとるのに最も適した時間帯(“ Optimal windows of opportunity”)は存在する。それが午後8時から午前0時までの時間帯だ。まずは、朝起きる時間を決めておいて、多少時間が前後しても良いから、試験的にこの時間帯に寝てみて、あなたがうまく眠れるかをみてみてはどうか。アラームが鳴る1時間前に目が覚めた場合は、就寝時刻を少し遅らせてみる。同様に、もしベッドに入っても覚醒し、必死に20分以上眠れない場合には、寝るのが早すぎたのかもしれない。一方、設定した就寝時刻まで起きていようと眠気で苦労するような場合には、少し早めに寝るようにするとよい。

 自分に適した最適な睡眠時間を見つけたら、平日、週末ともに一貫してその時間を守るようにする。そうすることで、体内時計を一定に保つことができる。これで容易に眠りに落ち、夜ごとにぐっすり眠ることが出来るようになり、最高の眠りが得られるようになるのだ。

 名古屋市立大学大学院薬学研究科教授の粂和彦先生とこの件でメールのやり取りをさせていただいたが、この「睡眠のGolden time」という言葉自体が、日本の睡眠の専門家には評判が悪いとのこと。Golden weekもそうだが、和製英語独特の意味の不明確さが漂う。むしろ、入眠の最適時間帯という意味ではOptimal bedtime windowの方がよくその意味が伝わる。睡眠のGolden timeという幻を追いかけるのではなく、患者一人ひとりにとっての睡眠の最適化を図るのが我々の務めだ。今回はそれを考える良い機会になったと思う。

<資料>

1) 美のお役立ち情報
https://www.vina-shop.jp/html/page30.html
2) ホルモンと睡眠 美肌ゴールデンタイムは存在する?
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO29443260W8A410C1000000/?page=2
3) National Sleep Foundation
https://www.sleep.org/articles/best-hours-sleep/

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