神津 仁 院長

神津 仁 院長
1999年 世田谷区医師会副会長就任
2000年 世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年 日本臨床内科医会理事就任
2004年 日本医師会代議員就任
2006年 NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年 昭和大学客員教授就任


1950年 長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年 日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、
運動部主将会議議長、学生会会長)
第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年 米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年 特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年 神津内科クリニック開業。

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エボラ出血熱から見える世界

 致死的感染症としてのエボラ出血熱の情報が錯綜している。
 このウィルスが最初に現れたのは、スーダンのNzaraとコンゴ連邦共和国のYambukuで、同時に1976年に発生した。YambukuはEbola川に面した村であったので、その名前がこのウィルスに付けられたのだ。
 エボラウィルス属はfiloウィルスであるFiloviridae科の3つのうちの1つである。他の2つはMarburgvirus属とCuevavirus属である。エボラウィルス属には5つの種がある。
 現在のウィルス株による感染では、致死率は約60%ということになっているが、交通機関の発達による広域感染が問題となっており、outbreakとしては最も数の多いものになった。8月11日時点におけるWHOの観測では、1,848人が感染し1,013人が死亡したという。

 この表は、過去のoutbreakの年次一覧だが、100%死亡したというのは罹患したのが1人で亡くなったのが1人という場合だ。マスコミが「致死率100%の恐ろしいウィルス病!!」などと医療ホラーに仕立て上げてしまったが、実際には劣悪な教育環境とそれに伴う医療知識の不足、行き届かない公衆衛生の普及、衛生材料の購入が出来ない貧困社会、といった問題に起因するものなのだ。そうした意味では、大きな問題を抱えているアフリカという地域に対して、我々アジアの辺境にいる日本人として何が出来るかを考えさせられる問題でもある。

 The Huffington PostのAmanda L. Chanが書いた記事「エボラ出血熱、ウィルスに感染すると人体でどんなことが起こるのか?」に、現状の感染症について詳しい記述があった。Chan記者の質問に対して、ボストン大学国立新興感染症研究所感染管理所長のナイード・バデリア博士はこう答えている。

 「エボラ出血熱は空気感染しないことで知られている。何らかの方法でウィルスと接触しない限り感染のリスクはない。ウィルスに感染した動物(コウモリや霊長類)との接触や、ウィルスに感染し症状が出ている患者の体液への接触、ウィルスに汚染された器具接触により感染する。

 家族で世話係をしている人が吐しゃ物や下痢便の始末をする際、“ウィルス” に接触することがあり、その場合液体に含まれるウィルスが鼻や口から体内に侵入して感染する。

 またエボラウィルスは、宿主の体外で驚くほど長い期間生存する。室温で数日間にも及ぶこともある。

 それゆえ感染防止が非常に重要だ。もし器具の消毒ができ、薬剤の静脈内投与や消毒剤の入手が可能で、周囲の環境を清潔に保つことができ、患者を効率的に隔離することができれば、感染が拡大することはないだろう。感染防止対策が十分に取られ医療設備が充実している場所では、この病原体の流行のリスクは全く無いといえる」

 つまり、医療体制や公衆衛生がしっかりしている先進国では、こうしたウィルスが社会的な脅威となることはまずないのだということを伝えている。

「出血熱」という名前がおどろおどろしいが、実際には出血の症状は約20%で、それも末期に見られる症状である。国立感染症研究所のHPでも、「エボラ出血熱はエボラウィルスによる急性熱性疾患であり、ラッサ熱、マールブルグ病、クリミア・コンゴ出血熱とともに、ウィルス性出血熱(Viral Hemorrhagic Fever:VHF)の一疾患である。本疾患が必ずしも出血症状を伴うわけではないことなどから、近年ではエボラウィルス病(Ebola virus disease: EVD)と呼称されることが多い。以後、EVDと略する」と記されている。

 高熱や組織破壊による様々な症状は、過剰なサイトカインの産生によるもので、最終的には多臓器不全と出血性ショックで死亡する。では、サバイバーについてはどのような条件があれば回復するのだろうか。ナイード・バデリア博士のコメントはこうだ。

 「大きく分けて2つの理由が考えられる。1つ目は患者の日頃の健康状態であり、自身が持つ免疫力や、ウィルス感染から立ち直る能力だ。2つ目は感染時の接触タイプ。濃厚な接触ではなかった場合は、より回復が望める。つまり病気の初期段階にある患者と接触した場合、体液中のウィルス数がそこまで多くないためだろう。

 加えてエボラウィルスは、細胞の表面から内部へとウィルスを運び込む手助けをするマーカーを必要とすることで知られている。数人の研究者達は研究所内において、細胞株にこのマーカーを持たない人々がいることを突き止めました。もしくは何らかの形で突然変異がおこり、エボラウィルスが細胞内に侵入できなかった可能性がある」

 マーカーというのは、2011年のNatureに載ったJan E. Caretteらの論文「Ebola virus entry requires the cholesterol transporter Niemann-Pick C1」で、このコレステロールトランスポーターNPC1が重要なカギとなっているようだ。さらに今後の治療について、抗ウィルス薬、ワクチン、免疫強化療法の3つが戦略として研究開発中であることを示した。

 まず1つは、細胞内に侵入したウィルスの自己複製を抑止する方法だ。この方法では、ウィルスが新しいウィルスを作りだすための遺伝子物質の複製を完全に抑止する。もう1つは、免疫システムにウィルスの弱毒ワクチンをさらすことで、免疫システムがエボラウィルスに対する有効な反応を生み出すのを手助けする方法。さらにもう1つの方法は、ウィルスに対抗する抗体を実際に作ることだ。つまり外部からも免疫システムを強化するということだ。

 こうした戦略は、着々とその成果が得られ始めている。日本の富山化学工業が創製した抗インフルエンザ薬(RNAポリメラーゼ阻害剤)であるファビピラビル(商品名アビガン)は第Ⅲ相試験中だが、これまでに米国の研究機関などがマウスを使った実験で、エボラウィルスを排除する効果が確認されているようだ。また、ZMappという新薬が開発途中だが、WHOはこの薬剤を緊急避難的に現地で使用することを許可した。

 Wikipediaによれば、「ZMapp(ジーマップ)は、タバコの葉の中で作られる3種類のヒト化モノクローナル抗体を混合した抗エボラウィルス薬である。2014年現在、サルに対する非臨床試験しか実施されていない未承認薬であるが、2014年8月4日に2人のエボラ出血熱患者に投与され、実験的な治療が行われた。その結果、2人とも症状が改善されるポジティブな結果を示した。この薬は、マップ・バイオファーマシューティカル社が開発中である」とある。しかし残念ながら、現地で感染し、故国でこのZMappの治療を受けていた75才のスペイン人の司祭は亡くなった。

 Spain’s health ministry said it obtained ZMapp this weekend with company permission to treat Miguel Pajares, a 75-year-old priest evacuated from Liberia and placed in isolation on Thursday at Madrid’s Carlos III hospital.
                            (The guardian.com, Tuesday 12 August 2014 10.56 BST)

 WHOは、次のような標準的な注意を呼びかけている。
「全ての患者に対するケア、治療について、病状が明らかになっているかどうかに限らずに、標準的な注意が推奨される。手の衛生、個人個人の防御用具を用いて、直接血液や体液と接しないようにすること、針刺し事故や鋭利な器具で受傷しないようにする一連の環境管理など、基礎的な感染症管理が必要である」
 つまり、この標準的かつ基礎的なレベルの衛生(the basic level of infection control)管理さえ出来ない状態がアフリカにあり、さらに南米や東南アジア、そして貧困に喘ぐ国々にあるのだ、と気付かせたoutbreakでもあった。

2014.9.01 掲載 (C)LinkStaff

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