神津 仁 院長

神津 仁 院長
1999年 世田谷区医師会副会長就任
2000年 世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年 日本臨床内科医会理事就任
2004年 日本医師会代議員就任
2006年 NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年 昭和大学客員教授就任


1950年 長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年 日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、
運動部主将会議議長、学生会会長)
第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年 米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年 特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年 神津内科クリニック開業。

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古くて新しい薬のAspirinを紐解く

 柳というと、何を思い浮かべるだろうか? 銀座の柳、花柳界、柳腰に柳川鍋、と人によって様々だろう。私の場合は、彼女とのデートの夜を思い出す。東京医療センターの隣に東京オリンピックの競技場にもなった駒沢公園があるのだが、その駐車場に柳の木があって、よく二人で車の中から眺めていた。ある夜、その柳の枝を月桂樹の冠のように丸めて彼女にプレゼントして、二人の将来を語り合ったことがあった。それが今の家内で、その柳の冠は今でも大切に二人の若い頃のアルバムに貼り付けてある。柳には恋を成就させる効能があるのかもしれない。

 恋の成就は別として、柳には昔からいろいろな効能が知られている。中国では楊枝に柳の枝を使い、歯の痛みに使っていたという。日本にもそれがもたらされて爪楊枝はもっぱら柳の枝が用いられていた。Wikipediaによると、「ヤナギの鎮痛作用はギリシャ時代から知られていた。紀元前400年ごろ、ヒポクラテスはヤナギの樹皮を熱や痛みを軽減するために用い、葉を分娩時の痛みを和らげるために使用していたという記録がある」。「19世紀にはヤナギの木からサリチル酸が分離された。その後、アセチルサリチル酸の出現まではサリチル酸が解熱鎮痛薬として用いられたが、サリチル酸には強い胃腸障害が出るという副作用の問題があった。しかし1897年、バイエル社のフェリックス・ホフマンによりサリチル酸がアセチル化され副作用の少ないアセチルサリチル酸が合成された。1899年3月6日にバイエル社によって『アスピリン』の商標が登録され発売された」とある。今では、誰もが知っている世界中で最も有名な薬の一つになっている。

 このアスピリンに、最近いろいろな効能が追加されようとしている。もともとの効果として認められているのは、プロスタグランジン(PGE2,PGI2)の産生を阻害することによる「解熱鎮痛消炎作用」だが、トロンボキサン(TXA2)の産生を阻害することによる「血小板凝集抑制作用」により、脳血管障害の予防、心筋梗塞の予防、あるいは大腸がんの発生予防にまでevidenceが出てきた。アメリカのメジャーな医療情報サイトであるMedScapeには、そうしたアスピリンの薬効を再び見直してみようという記事が載った。

 一次予防(primary prevention)とは、健康な人に疾病予防のために行った公衆衛生学的な介入のことで、ここでは、低用量のアスピリンを服用することによって、どのような疾病予防が可能であるのかを論じている。

 結果を要約すると、以下のようになるのだが、興味深いことに多くの臨床研究からのエビデンスを見ると、男女で異なる結果が出ているのだ。ちなみに、致死性心筋梗塞(重大な冠動脈イベント)は、男性で明らかにリスクが減ったが、虚血性脳卒中では認められなかった。女性では、虚血性脳卒中はリスクが減少したが、重大な冠動脈イベントでは減少しなかったという。



 また、2006年の女性5万人、男性4万人の6つのRCTのメタ解析によれば、低用量アスピリンは、心血管イベントのリスクを有意に下げたという。

 また、アスピリンは大腸直腸がんの発生を抑えることが示され、20年間で大腸がん全体の発生抑制率はHR0.76、服用後20年での死亡率を44%(HR.0.66)抑えることが出来たという(Rothwell PM, Wilson M, Elwin CE, et al. Long-term effect of aspirin on colorectal cancer incidence and mortality: 20-year follow-up of five randomized trials. Lancet. 2010;376:1741-1750.)。
下の図は同じくRothwellらの臨床研究によるものだが、近位結腸癌のリスクは、5年間アスピリンを継続服用することによって、70%減少させたことを示している。

■アスピリンジレンマ
 アスピリンの薬理作用はトロンボキサン(TXA2)の産生を阻害することによる「血小板凝集抑制作用」とともに、血管内皮細胞に作用して、血小板凝集阻止作用のあるプロスタグランジンI2(PGI2:プロスタサイクリン)の生成をも抑制してしまう恐れがあり、両者の効果を相殺してしまうので、これを“アスピリンジレンマ”と呼んでいる。

 私が大学で医長をしていた当時、この問題について書いたものがあるので紹介をしておきたい。

  

 これは1986年に書いたものだが、「100mg/日以下の少量ではPCOをより強く阻害するため、血管壁のcyclo-oxygenaseによるPGI2の作用が生かされるという利点がある。また、少量であることは、ASAの副作用である消化管出血の発生を低下させるという意味でも望ましい」と指摘していながら、300~600mg/日を推奨しているのは、当時はまだどの量が最適なlow dose aspirin therapyかが掴めていなかった「迷い」を反映しているといっていいだろう。
 今回紹介している「Aspirin Revisited」では、低用量アスピリンというのは、75mgから81mgとしている。約30年の間に蓄積された多くの研究の成果がそこにはあるのだ。ちなみに、アスピリンは血小板からの濃染顆粒の放出を抑制し、血小板の二次凝集を抑制するが、血小板がコラーゲンや血管内皮細胞下組織へ粘着する一次凝集は抑制しない。

 私の書いたこの小論文では、大切なところがもう1つある。処方例の投与間隔が「隔日」または「月・水・金」とあるところだ。ここには字数の関係で記載はしていないが、血小板の寿命を考慮に入れたchronological therapyの考え方が入っている。私が以前所属していた第一内科は血液学が専門であり、「血小板の産生は巨核球からであり、血小板には核がない」のは常識として頭にあった。当時も、「アスピリンの血小板凝集抑制作用は、休薬しても、血小板の寿命の関係から、アスピリンに触れたことのない、新しく産生された血小板に置き換わるまで、7~10日間残存する」と考えていたので、毎日アスピリンを服用する必要はないだろうと考えていた。しかしながら、それを疾病予防として実際に検証した研究論文を見たことはなかったし、自分の考えが正しいのかどうかは分からずに、この30年の間試行して来たのが本当だった。


■Alternate-day low dose aspirin therapy
 ところが、この「Aspirin Revisited」の中に、「Alternate-day low dose aspirin therapy」ということが書かれていた。そして、その論文を孫引きしていくと、アスピリン研究の日本における代表的なメガスタディに辿り着いた。長くノドにひっかかった魚の骨のようにずっと私を悩ませていた解が得られるかもしれない、そう考えた私は、以前九州大学におられた代表研究者で著者である泰江先生に直接お手紙を書いた。

熊本加齢医学研究所所長
泰江弘文先生

拝啓 陽春の候、時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。
この度、先生のお書きになった"Comparison of the effects of alternate-day aspirin 81 mg and daily aspirin 162 mg on in-hospital cardiovascular events after myocardial infarction : An open-label, controlled, randomized clinical trial"の論文を読ませて頂き、大変興味を持ちました。最近アメリカのCMEに” Aspirin Revisited: Evaluating Aspirin's Role in Primary Prevention”という表題でレビューが出まして、Cook NRらの”Alternate-day low-dose aspirin and cancer risk: long-term observation follow-up of a randomized trial. Ann Int Med. 2013; 159; 77-85.Abstract”から、孫引きで先生の論文に巡り合いました。私は20年以上前から、高齢者のAspirin使用に際して隔日投与を行っています。この投与方法で出血はなく、特にsecondary preventionに悪影響はないように感じていますが、なにしろ少ないcase studyですので、evidence levelの低いことを自覚しております。
 もし、先生のお書きになっているように、dailyとalternate-dayの差がないならば、高齢者には隔日投与が良いかと感じていますが、その後の研究の結果はどのようになっているかが知りたく、お手紙を差し上げました。お忙しいこととは存じますが、ご教授頂ければ幸いです。
今後ともご指導、ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

敬具

 そして、泰江先生からお返事が届いた。
「Low dose aspirinのdailyとalternate-dayでは心血管イヴェントに対する効果に差がないと思います。私も現在100mgの腸容錠を隔日に使用しております。(中略)先生のお考えに全く同感であります」とあった。

 この時、私の目の前がさっと明るくなったことは察しの通りだ。長年考えていた疑問に解が得られたのだ。しかし、おそらく一般の医師はこの事実を知らない。私が隔日投与で処方したアスピリンの処方を、患者が大病院から帰ってくる時には「毎日服用」に変更されて帰ってくることが殆どだからだ。ある時、私の患者が緊急入院した先の大学病院の研修医から電話があって「どうして隔日投与なんですか?」と聞いて来たことがあった。「血小板の寿命からいって、隔日で良いのです。副作用も少ないのでこの量にしています」と答えたが、あまり良く理解できていなかったようで、患者が帰って来た時には毎日服用に変わっていた。このコンセプトが理解されるまで、さて、どのくらいの年月がかかるのだろうか?

家内に被せてあげた柳の冠がまだ私の人生の中で効力を発揮しているように、アスピリンという古い薬が、現代人を悩ませる脳血管疾患、心血管疾患、癌といった病気の予防と治療に、新しいevidenceを得て輝いていることに深い感慨を覚える。やはり科学者にとっての「持久力」は大事なのだ。

2014.7.01 掲載 (C)LinkStaff

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