ドクタープロフィール
神津 仁 院長
神津院長は昭和52年に日本大学医学部を卒業後、同大学第一内科に入局され、その後、神経学教室が新設されると同時に同教室へ移られました。医局長、病棟医長、教育医長を長年勤められ、昭和63年、アメリカのハーネマン大学およびルイジアナ州立大学へ留学。帰国後、特定医療法人佐々木病院(内科部長)を経て、平成5年に神津内科クリニックを開業された。神津院長の活動は多岐にわたり、その動向は常に注目されている。
2008年4月号
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『便について~一便器単位(1BU)を考える~』

 

 最近、我が家の便器を変えた。尾篭な話で申し訳ないが、ウォシュレットの水が温まらなくなったので、冬場の排便が苦痛になったからだ。凍るようなウォシュレットの水が肛門を直撃すると、頭の芯まで「ウォーッ」と叫びたくなる衝撃が走るので、家内に頼んで変えてもらったのだ。
 新しい便器はとても具合が良いのだが、初めて排便をしてみて驚いた。こちらが頼みもしないのに勝手に私の分身を流してしまうのだ。あっという間に別れの言葉もなく消えてしまい、あとはきれいなツルツルの便器しか残っていない。これはまたどうしたものかと考えた。私も医学者であるから、自分の便に責任を持つ意識はあって、何の気なしに排便後は見ていたものが、なくなってみて初めてその大切さに気付いたのだ。私の姪に以前どんなウンチをしているのかと聞いた事があった。その時姪は「見てないから分からない」といい、私は「自分のウンチくらい見とかなきゃダメだよ」と諭したが、なるほど、こうして便器が勝手に流してくれては、見たいと思っても見れないわけである。これは日本の一大事だと、その時にピンときた。それで、今回は便についていろいろと考えてみたいと思った。もちろん、自宅の便器の「流すオート機能」を「切」にして、今度はしっかりと便の観察もすることにした。
 私の使い慣れた「Review of Medical Physiology by William F. Ganong (ギャノング生理学:丸善株式会社)」によれば、「糞便fecesの組成は、消化されなかった食物線維、細菌と水分その他の無機物である。表26-12にそれを示す。糞便の組成は、食物の種類と量によってはあまり変わらない。食物に由来しない成分が糞便の主成分だからである。長期の断食でもかなりの量の糞便が排泄されるのはそのためである」とある。

 生理学的にはこうあるが、実際には食べ物が便に与える影響は少なくないことは経験的に分かっている。私は、子供たちの教育として、乳児のときから「美味しそうなウンチが出たねぇ、よかったねぇ」と教えてきた。自分の排泄物に嫌悪感を抱かせることなく、自分の排泄物に関心を持たせるためだ。そうすれば、体調を知るのに「便情報」を活用できる大人になれると確信していたからである。今、子供たちは自分が親になる世代になっている。孫たちにも、そうした家庭内の伝統が続いてくれると願っている。  さて、その経験的な「食べ物」や食習慣が便にどのような影響を与えるのか、真面目に取り組んで具体的に分かりやすく示してくれた本を見つけた。最近は本屋に出かけていくよりも、インターネットのバーチャル本屋での買い物が多くなった。アマゾン.comもその中の一つ。その検索エンジンで「便」「大便」「ウンコ」などと入れるといろいろな本がヒットする。その中で良い本が見つかったので手に入れた。「ウンココロ」という本で、副題は「しあわせウンコ生活のススメ」だ。寄生虫博士の藤田紘一郎先生が寄藤文平さんというイラストレーターと、実業之日本社の太田真弓さんの協力で作った本だ。寄藤さんは、子供の頃にウンコを書いたことによってイラストレーターの道に入った方だし、太田さんは「美人ながら食事中もウンコ・ビューティーとかウンコ・バランスとか訳の分からぬウンコ語をしゃべりまくるような」人だ。東京医科歯科大学医学部名誉教授で人間総合科学大学教授の藤田先生がこの二人に感動して指導して書かれた本であるから大変面白かった。藤田先生がサナダ虫のマサミちゃんをお腹の中で飼っていることは良く知られている。また、清潔の行き過ぎがアレルギー病を増加させている、というのが藤田先生の主張でもある。アトピー性皮膚炎や気管支喘息、食物アレルギーなど、多くがこの清潔すぎる環境によってもたらされているだけでなく、感性や情熱の衰弱、精神的な脆弱さを導き、超清潔症候群、プリック病、自己臭症などの精神の病をもたらした、と先生はいう。「僕はインドネシアのカリマンタン島に毎年のように通っている。カリマンタン島の住民はウンコの流れる川で生活している。そこにはアトピーやぜんそくはない。精神的に衰弱した若者もいない。そこでは『におい』は全く問題にされていない。だから『オヤジくさい』なんて誰もが思っていない。この島に住む人たちは。オジサンはもちろん、老人も病人のこともとても大切にしているのだ」と、ウンコロジーは社会病理学的見地にまで肉薄する。さすが先生は「便証法」の専門家だ。便は弁にも勉にも通ずる、なかなか鋭く真理を突いていると感心する。この本は装丁もオリジナリティ溢れる楽しい本なので、是非買って手元で読んで頂きたいと思う。  さてその中で、「Cycle Unco Factory」という食べ物を食べて便になるまでを絵にした解説図と、腸内細菌のバランスが食べ物やストレス環境でどう変わるか、という解説図が秀逸で分かりやすい。生理学の教科書があまり介入できなかった部分を、ああそうか、と納得させてくれる。

 

【図1の解説】
 「便の出来る工程を口からものを食べるところから見てみる。まず、食べ物を口に入れてよく噛むことによって唾液が十分出てくる。細かく口の中で咀嚼し、唾液と混合してペースト状にすることが大切で、この工程が不十分であると次の胃での消化がうまくいかない。胃の中では胃酸で溶かされ、胃消化液と胃の芻壁(すうへき)によってさらにペースト状にされて十二指腸に運ばれる。ここでは胆汁と膵消化液が混ざって脂肪分を溶かし、次の小腸で栄養分を吸収しやする。ほぼ栄養分を吸収し終えた後のペースト状の液体は、今度は大腸に移動し、腸内細菌の働きで残りの内容を分解、下行結腸では余分な水分を吸収し、S状結腸から直腸にかけて便の形を整えていく。そして最後に肛門括約筋が適当に開き、腹筋を使って圧をかけて排便が完了する。この工程のいずれかがうまくいかないと、正常な便は出ない」

【図2、3の解説】
 「玄米、ヒエ・アワなどの穀類、大豆、枝豆などの豆類、かぼちゃ、ニンジンなどの野菜類、さつまいも、山いもなどの芋類、ヒジキ、昆布などの海藻類、しいたけ、シメジなどのキノコ類、ヨーグルト、チーズなどの乳製品、りんご、バナナなどのくだもの類、アーモンド、落花生などのナッツ類、これらをバランス良く食べることによって理想的な便が出る。しかし、食べすぎは禁物。少なすぎるのも問題で、ダイエットなどで食事が足りないと、腹筋が弱い女性では「老人性細便」と呼ばれるヒョロヒョロっとした便になってしまう。逆に暴飲暴食、ストレスが強い人では、腸で水分がうまく吸収されず、ビシャビシャの水泥便になってしまう。このように、我々の日常生活の乱れは、便を通じて明らかになる」


 便については、それ自身公に語られないプライベートな部分であって分かりにくい部分がある。外来患者を診察する場合でもそうだ。量や形について比較検討した医学資料は少ない。一般的に、一回に排泄する便の量は日本人男性300g、女性200gといわれているが、便の計量は体重計を使っても意外と難しい。長さは一回バナナ二本分といわれるが、バナナには台湾バナナのように短いものもあれば、南米産のように長いものもある。
 どちらと規定されたものはなさそうだが、皮を剥いた状態で測れば、一般的には2本で32~33cmくらいと考えていいだろう。外国で一回に切れ目の無い2mの便を排出した記録もあるが、日本人はそこまで長い便は出ないのではないだろうか。ちなみに、アメリカ先住民族が太古に出した便には麦わらや羽毛、種子などが混じっていて一回の便重量が800gあったという。
 医療現場を省みてみると、便通異常に関しての患者からの情報収集が、通り一遍で、臨床家として今一つ深く入り込んでいなかった事に気付く。それならと、毎日自分の便を観察し、便の性状についての臨床的観点を具体的に記載する方法を考えてみた。こうして正しい便が便器に排出されたとき、私はこれを「一便器単位」とよぶことにした。すなわち、一回の排便で、バナナ状の直径約2~2.5cmで長さが32~33cmの便が、便器の水の中にきれいにまとまって排出された場合を「一便器単位」とする。この半分なら1/2便器単位、この倍なら二便器単位だ。英語では便はbowelなので「1bowel unit=1BU」とすると、毎日の便通を半定量的に計ることが出来る。私の便証法がこの日本の社会で受け入れられるかどうか、読者にも試して頂けたらありがたい。

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