ドクタープロフィール
ドクター神津
神津院長は昭和52年に日本大学医学部を卒業後、同大学第一内科に入局され、その後、神経学教室が新設されると同時に同教室へ移られました。医局長、病棟医長、教育医長を長年勤められ、昭和63年、アメリカのハーネマン大学およびルイジアナ州立大学へ留学。帰国後、特定医療法人佐々木病院(内科部長)を経て、平成5年に神津内科クリニックを開業された。神津院長の活動は多岐にわたり、その動向は常に注目されている。
2007年1月号  メタボリックシンドロームとかけて、何と解く?
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 メタボリックシンドロームとかけて、何と解く?

 新年明けましておめでとうございます。
 この連載も長くなった。もう6年になろうとしている。直球をズバッズバッと、松坂大輔投手なみに投げて来たつもりだが、60億もらえていないのは悔しい限り。原稿料を値上げして、連載を単行本にしてくれ~!と叫んだら、夢から覚めた。初夢か。

 さて、最近良く耳にする言葉に「メタボリックシンドローム」という言葉がある。メタボリックは、英語でmetabolicと書き、本来は「代謝の」という形容詞。代謝metabolismというのは、エネルギー代謝、脂質代謝などと使われるように、生体内である物質が次の新しい物質に変化していく化学的な変化のことを指す。代謝過程を調節するのがホルモンなので、ホルモンを主として分泌する内分泌系と一緒に、代謝内分泌系、とまとめて呼称したりしている。糖尿病は糖代謝に障害があるために起きる病気で、膵臓のβ細胞から分泌されるインスリンというホルモンの作用が質量共に低下するために起こる。高脂血症は、コレステロールや中性脂肪がうまく代謝されないために起きる病気で、その結果として血管に動脈硬化を引き起す。それぞれが現代社会で重要な位置を占めてきたのは、飽食の時代、高齢化社会になったからだ。
 シンドロームはsyndromeで、日本語で症候群とも呼ぶ。同じような複数の症状を持つ患者の原因が不明な場合、発症頻度の高いいくつかの症状をまとめて、理解しやすい形で医学界に提案する時に、この症候群という名称が使われる。例えば、軽いかぜ症状の後に、急激に手足の末梢の運動麻痺が来る病気で、感覚神経は侵されず、髄液検査をすると蛋白が多くなっていて、かなりの数の患者さんが自然に良くなる「良性経過」を取る、という病気がある。この病気の原因が良く分からなかった時代に、こうした特徴を明確にして、こういった症状を合わせ持っていれば、同じような病気として扱って良いのではないか、こうした症例をたくさん集めて研究をすれば、そのうちに原因究明が出来るのではないか、という期待を込めて、研究者のギラン博士とバレ博士が学会報告をしたことから、この病気は「ギラン・バレ症候群」と呼ばれるようになったのだ。最近では、その原因は何らかの神経組織に対するアレルギー・免疫反応ではないかということが分かって来た。しかし、多くの症例が集まってくると、実際には「良性経過」を取るものばかりでなく、感覚神経も侵されて、長く後遺症に悩まされる人たちもいることが分かってきた。
 同じように、体中の分泌線や唾液腺、涙腺、粘液腺が侵される病気を見つけた学者によって、シェグレン症候群という病名が付けられている。このように、原因がよく分かっていない病態に付けて、原因究明の一助にしよう、あるいは治療法を見つけ出そう、という純粋に医学的な目的で症候群、という名称が使われるのである。

 ところが、このメタボリックシンドロームという言葉は、そうした医学的な正しい根拠を一切持っていない。冒頭に説明したように、代謝metabolismというのは生体内の基本的な化学変化のことを指す。その調節をしているのがホルモン(視床下部、脳下垂体、松果体、甲状腺、副甲状腺、心臓、膵臓、消化管、腎臓、副腎、前立腺、生殖器などから分泌される)だから、ホルモン異常を示す症状はすべて含む、というのがこのメタボリックシンドロームという意味になってしまう。しかし、この症候群の中に入れられたのは、糖尿病、高脂血症、高血圧、それに肥満だ。これらは現代医学ではもう十分に分かっている病気であり、それぞれが独立した疾患として確立している。さて、どう解いたらいいのだろう? メタボリックシンドロームとかけて、何と解く?

 実は、2006年の夏、それぞれの学会(高血圧学会、糖尿病学会、動脈硬化学会、肥満学会、内科学会)が寄り集まって無理やり一括りにしたものだから、よけいに分かりにくいのだ。それでは、なぜ無理やり一括りにしたのだろう。それにはちゃんとした理由がある。これらの疾患とその合併症として起こる脳卒中や心筋梗塞、心不全や腎不全(透析や移植が必要になる)の治療にかかる日本の医療費が、膨大なものとなったからだ。
 これらの病気は、以前は「成人病」と呼ばれていた。年を取ると加齢現象によってこうした病気が出てくると考えられていたからだ。しかし、昔の日本のように、自然がそのままに保たれて、子供は走り回って遊び、大人も歩いたり、手や体を使って労働をしていた環境はなくなってしまった。交通機関の発達によって人は歩かなくなり、移動するのにエネルギーを使わなくなった。労働環境も、機械の導入による自動化とコンピュータ利用によって、殆ど体を動かさなくなった。その反対に、流通産業の拡大と効率化による食糧供給の増大が起り、国民所得の上昇によって、日本人は欧米諸国並みに、より高カロリー、高エネルギーの食事を取るようになった。

 そうなると、以前は「帝王病」などといわれ、王様や大金持ちのように美食・飽食をする人にしか起こらないといわれていた「痛風」が増え、昔の庶民には起こらなかった「糖尿病」が大幅に増加してきた。結果として、心筋梗塞や脳卒中や慢性腎不全が増え、心臓の手術やカテーテル治療、片麻痺患者のリハビリや介護支援、人工透析や腎移植といった高価な医療を提供せざるを得なくなった。もちろん、そこに投入される医薬品の値段も大変なものだ。
 そこで、国は「国民の生活習慣が悪いから、こんなに病気が増えているのだ」と、国民にその責任を押し付けることにしたとしか思えないのだが、それが「生活習慣病」導入の始まりだった。しかし、一向にその患者数は減らず、さらに医療費は伸び続けているので、今度は「肥満こそがその元凶だから、ウエストを測りなさい」と、国民が理解しやすいようにお達しを下さった。つまり、メタボリックシンドロームというのは、そんな病気が実際にはあるわけもなく、医療経済的な側面から、あるいは公衆衛生的な側面から、国民の健康管理を行う国が、医学会を通してお墨付きを与えた「枡」と考えれば理解しやすい。
 どこかの県で、90センチのウエストの人型をくり貫いて作ったものを参加者にくぐらせて、お腹がつかえた人に「あなたはメタボリックシンドローム!」などと主催者がいっている記事を読んだことがあるが、今は江戸時代か、と驚いた。そのうち、税金や保険料を払うのに、肥満者は高くなるよ、などということが冗談ではなくなるかもしれない。それならば、カロリーの高いフランス料理を出す店も同罪だ。コーラやサイダー、ビールを売る飲料会社も、アイスクリーム店にも税金を支払えと要求しない手はない。その税金からメタボリックシンドロームの医療費を出せば良い。目的税とはこうあるべきだろう。いやはや、これもまた夢に終わるか……。


 
   
   

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