ドクタープロフィール
ドクター神津
神津院長は昭和52年に日本大学医学部を卒業後、同大学第一内科に入局され、その後、神経学教室が新設されると同時に同教室へ移られました。医局長、病棟医長、教育医長を長年勤められ、昭和63年、アメリカのハーネマン大学およびルイジアナ州立大学へ留学。帰国後、特定医療法人佐々木病院(内科部長)を経て、平成5年に神津内科クリニックを開業された。神津院長の活動は多岐にわたり、その動向は常に注目されている。
2006年4月号  - 「産婦人科医療と法律問題を考える」 -
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「産婦人科医療と法律問題を考える」

 最近PSEというシールを貼らないと電気製品の売買が出来なくなるということで、リサイクル業者が経済産業省の「妙な法解釈」を引き出した。4月1日から法施行ということで、国側もあせっていたようだ。新製品については、工場で製品化される時にPSEマークが貼られて出てくるからいいのだが、今現在使用中のものについては、検定に合格することが必要だということになった。電気製品の漏電によって火事になることなどを防ぐための配慮であるから必要なことだと思うが、その検定に必要な測定器が数少なくて、とても世に出ている電気製品全てを検査することが出来ない、というからお話しにならない。日本のお役所が良くやる「タテマエと実情が合わない」ルールの典型だ。法律が出来たのが5年前だというから、どうしてその間にきちんと準備をしてこなかったのか分からない。
  そして、結局「業界の方々のご提案ということで、法解釈をこのようにしました」と、このマークがなくても中古電気製品は売れることになった。その解釈とは、リサイクルショップで商品を買った場合に、それは「買う」という行為でなく、「レンタルする」という行為となるというのだ。そして、測定器がそのリサイクルショップで調達が出来た時に、その商品をもう一度店に持ち込んで検査をしてもらい、合格した時点で「買った」ということになる、という。では、その時点で「不合格」になってPSEマークが貼られないことになったら、品物を返さないといけないのか?その時はすでに使用しているから品物は「レンタル」した時点よりも商品価値は下がっているだろうから、レンタル料と購入料の差額はどうするのだろう?日本の「お役所」というところは変なところだ。

今回の事件で、日本のおかしなところと、その事物に対する日本的な力学的法則が見えてきた。

○タテマエ論で法律が出来てしまう
 
国会を何の議論もないままに通ってしまった、ということであるから、中古品業界やリサイクルショップ、ビンテージ電気製品業界の意見は、全く反映されていないことになる。つまり、国会は日本人全ての意見を代表しているわけではない、ということだ。また、文言の吟味があたかも出来ていないがごとくで、法解釈に幅が出るものになっている。これは、法をあまり厳密に作ってしまうと、それに基く行政指導がやりにくくなるというお役所の思惑もあるのだろう。

○実情がまったく考慮されていない
 
前項と同じことだが、現場の意見が反映されていないということだ。最近はパブリックコメントをインターネットのホームページで募集するようになったが、大体が法施行の数ヶ月前である。そのコメントをまともに受け付けて庁内で調整がきちんと諮られるとはとても思えない。それに、インターネットにアクセスできない人たちの意見は訊かなくてもいいのか、ということだ。中古市場を無視し、ビンテージ製品の存在など考えもつかなかったというのがお役所仕事の本当のところだろう。

○有名人が声を出す
 
今度のことで、いち早くミュージシャンらが声を上げた。特にテクノポップの第一人者の坂本龍一氏が反対運動のリーダーとしてトップに立ったことが世論を惹きつけた。お役所も、この意見を取り上げて、ビンテージものについては規制外にする、と早い対応をした。しかし、坂本龍一氏の偉かったところは「ビンテージだけ良いことにして我々の口封じをしようったってそうはいかないよ」と、リサイクル業者全体の意見を代表して矛先を鈍らせなかったことだ。

○マスコミが取り上げる
 
そして、この事を連日テレビが取り上げた。あるワイドショーの司会者は「これやらなかったら、役所のコケンに関わると思ってんじゃないの、担当者の汚点になると・・・」と、記者会見でのお役所の対応をかなり強い口調で非難した。マスコミ人が頼りになるのは、こうした時だ。

○業界に対して監督官庁が寛容であろうとする体質はまあ、ある
  「業界の方々のご提案ということで、法解釈をこのようにしました」と、あくまでも自分たちが主体的にやったことではない、業界の方々が自主的にそうお決めになったのだから、監督官庁としては「お目こぼし」しましょう、とそう決めたのだ。

  さて、ちょっと前振りが長くなってしまったが、我々医療業界でも今、大変な問題が起こっている。それは「医師法21条問題」である。医師法21条というのは「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の私産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」というものである。では、「異状死」とは何か、というと日本法医学会ガイドライン(平成6年5月)によれば「基本的には、病気になり診療をうけつつ、診断されているその病気で死亡することが『ふつうの死』であり、これ以外は異状死と考えられる」ということだ。我々が通常かかりつけ患者の死亡に立ち会う場合、その患者を24時間以内に診療していれば、死亡確認・診断を行い死亡診断書を発行する。それ以外の場合には、その場で警察に連絡をし、東京の場合には監察医務院で司法解剖を行ってもらう。監察医がすぐに手配できない遠隔地や地方では、警察の検死後に死体検案書を発行することになっている。
  これが最近、病院内医療事故の発生頻度が高くなったことから、「診療行為に関連した『予期しない死亡』およびその疑いのあるもの」についての報告が注目されるようになった。それはどんな場合のことをいうかというと「注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡」「診療行為自体が関与している可能性のある死亡」「診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合」であり、診療行為の過誤や過失の有無を問わないとされている。
  これは、よく映画やテレビに出てくるように、入院中の患者の点滴の中に毒物を入れたり、故意に人工呼吸器を外して「やくざの親分」や「ある事件の目撃者」が暗殺される、といった犯罪の手口としての異状死を刑事捜査することを目的として作られたもので、決して通常業務を行っている医師や看護師を取り調べることを目的としているわけではない。第一、医師や看護師は「患者を助けることを目的として医療行為を行っている」のであって、決して「殺意」をもって医療行為を行っているわけではないからだ。
  この根本的な違いを、警察は理解しない。「診療行為に関連した『予期しない死亡』およびその疑いのあるもの」についての報告を医師法21条に沿って行った場合には、警察は、必ず、今のところ、必ず「刑事(犯罪)捜査を開始」するのである。このことが顕著になったのは「横浜市立医大事件」を端緒としてこの5年ほどのことだ。そして、最近日本の産婦人科医療の分岐点ともいわれる事件が起きた。それが「福島県立大野病院事件」である。
  一人で産婦人科医長を務め、まじめに地域の重要な周産期医療を一手に引き受けていた卒後9年目の若い医師が、身重の妻の目の前で、警察に手錠を掛けられて逮捕されたのだ。罪状は「医師法21条義務違反および業務上過失致死罪」。発端は帝王切開中に大量出血によって患者さんが死亡したことによる。それが平成16年2月17日。医師はそれが「異状死」とは考えていなかったので警察には届けていなかった。民事としての責任は当然真摯に受け止め、ご家族との話し合いの最中だったという。それを、突然の逮捕、そして拘留。逃亡の恐れなどないにもかかわらず、拘留延長という行為を、何故警察が行ったのか分からない。当該疾患は、前置胎盤に癒着胎盤が合併するという非常に稀なケースで、分娩全体の0.0004%で25万人に一人というものだった。世田谷区若手医師の会のある優秀なA産婦人科医は「最高の医療を行ったとしても、ある確率での母体死亡は避けられないと思っています」とコメントしてくれた。福島県立医大産婦人科教授の佐藤章氏は、当該医師の起訴猶予を求める陳情書の中で「この件は、前置胎盤に癒着胎盤が合併するという稀なケースが、産婦人科医一人しかいない僻地の病院で起こり、その状況下において最善の医療を提供したが、患者さんは不幸な転帰をとった、ということであります」と述べている。医療という不確実な科学を社会的に適応する際には、こうした不可抗力は避けられない。医師を逮捕して問い詰めることで解決できるものでは決してないのだ。

 PSEシールに対する力学的法則を敷衍すると、
○ タテマエ論で法律が出来てしまっているので、
   法律の目的をきちんと踏まえて、現状にあった法適応を考えなければならない。
○ 実情がまったく考慮されていないから、
   地域医療や僻地の実情をきちんと把握する努力がさらに必要である。
○ 有名人が声を出すということであれば、
   日野原重明氏や、黒川清氏、医師で国会議員の方たちなどが声を出して欲しい。
○ マスコミが取り上げるとすれば、
   一時的な、そして一面だけの報道ではなく、きちんと全貌を国民に連日周知すべきだ。「このままでは、あなたがお産をする病院はなくなりますよ」そして、小泉総理や国に対しては「少子化対策だなんていったって、産婦人科医が仕事を放棄せざるを得ない状況で、何が出来るんですか?」と、ワイドショーの司会者が詰め寄ったらいい。
○ 業界に対して監督官庁が寛容であろうとする体質はまあ、あるとすれば、
  厚生労働省も、そのことを良く理解して素早く対応して欲しい。
先のA産婦人科医がいみじくも言っている。
「夜寝てから朝まで起こされない日など滅多になく、病院から離れる事もできず、深酒もできず、挙句の果てに、避けられない事故が起これば犯罪者になるような職業にだれが就くでしょうか・・・」
この事を、よく我々国民は理解しなければいけない。




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