ドクタープロフィール
ドクター神津
神津院長は昭和52年に日本大学医学部を卒業後、同大学第一内科に入局され、その後、神経学教室が新設されると同時に同教室へ移られました。医局長、病棟医長、教育医長を長年勤められ、昭和63年、アメリカのハーネマン大学およびルイジアナ州立大学へ留学。帰国後、特定医療法人佐々木病院(内科部長)を経て、平成5年に神津内科クリニックを開業された。神津院長の活動は多岐にわたり、その動向は常に注目されている。
2005年11月号  -少子化問題の欺瞞-
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 つい先日、「在宅医療推進フォーラム」の準備会で、尾道市医師会長の片山先生とお会いした時に、「日医代議員会で先生が在宅医療を進めないと『入院難民』になる、と発言してくれたお陰で、いろいろとやりやすくなりましたよ」と、声を掛けていただいた。
  日医の代議員になっても、日々の生活は変らない。何かの委員会を任せてもらえるのかと思ったが、そんな話もとんと来ない。代議員に立候補して当選したが、自分の意としたところと違って拍子抜けした思いがしていた。しかし、どっこいそんなことはなかったようだ。代議員会での発言は日本医師会雑誌に載り、日本医師会員を代表する代議員の要望として、執行部の努力目標となる。これはなかなか大したものなのだと分かってきた。
  私が代議員になってから、「在宅医療を日本医師会は推進すべきである」という要求と、「日本医師会にアメリカ医師会のようにyoung physicians sectionを作って、若い医師たちの意見を吸い上げるべきだ」という二点を代議員会で発言したから、これがどのように現実のものとなるのか、しっかりと見届けたいと思っている。
  さて、そんな意識で、今回は「日本の少子化問題の欺瞞」について発言をした。少子化、少子化、というが、実は子供が生まれないわけではない。新聞やTVで「女性の社会進出で婚期が遅れて子供が出来ない」「子供を持たずに生活するのが現代的で、女性が子供を産まなくなった」と、まるで日本の若い男女は世界と比較して、生理的に劣るような言い方をするが、そんなことはない。実は10代の妊娠が増えていて、妊娠を継続できない社会的な要因によって、中絶を余儀なくされた女性の数が、中絶全体の数の20%近くに達しているらしい。生命力の旺盛な若い男女が性行為を行えば、精子と卵子が結合して受精卵となるのは自然の摂理である。それが胎児となり、出産によって新生児となる。当たり前のことが積み重なれば、人口が増えるのは当然だ。それがそうならないのは、どこかがおかしいと思わない方がおかしい。昔の日本で「19で姉やは嫁に行く」と歌にもうたわれたように、人間の生理は世界のどこに行っても同じなのだ。セックスの快感は、子孫繁栄のために神様が用意して下さった「幸福な恵み」。その恵みを我々は純粋にありがたく受け取って、大切にその果実である「子供たち」を育てていく責任と義務があるのだ。
  中絶全体の数は年間35万人と公称されているから、10代の妊娠とその中絶によって毎年7万人の恐らくは健康であろう子供がこの世に生まれないでいる。ある試算によれば、戦後に間引かれた総数は約7000万人であるとのことだから、いかにこの「少子化問題」がレトリックなものであるかが分かる。少子化であるから、年金がもたない、税金が足りない。少子化であるから、学校は要らない。教育費を減らせ、教育者を養成するための予算は削減する。少子化であるから、小児科医、産婦人科になる医師が少ない。こういった議論は、根本的な部分を見て見ないふりをしているだけではないかと、私は思う。本当は、子供がたくさん生まれ、経験を積んで人間社会の機微を学んだ老人たちと、一緒に共生する社会がまともな社会なのだ。子供たちを育むために自然環境を残し、遊び場を確保する。教育に十分な予算を投じて能力の高い国民を育てる。そして、次の世代にバトンを渡して安らかに死んでいくことが出来れば、自分達がそのために資金的な負担をすることを誰が厭うだろうか。  
  最近は、IT企業の買収や株で儲けて財産を蓄えることがまるで当たり前のように喧伝されている。そればかりか、いかにも下品な芸人たちがテレビ画面から羨望と下心で金持ちに媚を売る映像を流しつづけている。マネーゲーム、実体のない生業(なりわい)。こうした浮付いた風潮が、「子供を育てる」という人間社会の根源的な営みに、忌避的なイメージを若者達に与えてしまっているとすれば、マスコミを含めて若者の身近にいるべき倫理観を持ったきちんとした大人たちの責任が問われてしかるべきだろう。
 ドイツでは、1995年に「妊婦と家族援助改正法」が出来、この第219条に「窮迫・葛藤状態にある妊婦の相談」を行うことが以下のように規定されている。
 「『相談』は出生前の生命の保護に奉仕する。『相談』は婦人に妊娠を続けるように勇気づけ、彼女に子どもとの生活への展望を開かせるよう努めるものでなければならない(略)『相談』は妊婦によって生じる葛藤状態を克服し、窮迫状態をなくすことに役立たなければならない」と。また、スウェーデンでも妊婦の30%がこうした相談に訪れ、特に十代の女性には明らかに大きな役割を果たしたと認識されているようだ。日本でも、こうした基盤整備と情報公開が非常に大切だと思う。
 私に、こうしたことを考える機会を与えてくれたのは、早稲田中学の後輩の人見君だった。彼を通じて遠藤周作氏の奥様である遠藤順子さんと知り合い、「円ブリオの会」というものを知った。2002年には、特定非営利活動法人(NPO法人)円ブリオ基金センターを設立されて理事長となられているのだが、そのホームページを読んで、この考え方の素晴らしさに共感した。本稿ではその「要望書」からいくつかを部分的に引用させていただいたが、是非読者が全文を読むことを薦めたい。
(http://homepage2.nifty.com/embryo/sub5.htm)
 このホームページにあるように、一口一円で募金を募っていて、一円という本当に小さな単位を、暖かな心、母の心で育んでいくことに、読者は感動するだろう。しかし、支援胎児数 46人というのは、いかにも少なすぎる。IT成金が、社会貢献を本当に考えているのなら、こうした基金に10億円くらいはポンと寄付することが当たり前だと思う。
  日本医師会も、こうした民間の団体と情報を共有して、我々が守らなければならない命の源について思いを寄せる必要がある。それが医療者の倫理だろう。
  そして、最もこの事に力を尽くさなければならないのは、日本国政府そのものであることの注意を喚起したい。大変困難な道筋であることは理解できる。しかし、今から軌道を修正しなければ、日本の未来は本当に危うい。子供が生まれて、素直に喜べる社会を作るために、もっと叡智を集め、環境を整えていく必要があるのだ。