ドクタープロフィール
ドクター神津
神津院長は昭和52年に日本大学医学部を卒業後、同大学第一内科に入局され、その後、神経学教室が新設されると同時に同教室へ移られました。医局長、病棟医長、教育医長を長年勤められ、昭和63年、アメリカのハーネマン大学およびルイジアナ州立大学へ留学。帰国後、特定医療法人佐々木病院(内科部長)を経て、平成5年に神津内科クリニックを開業された。神津院長の活動は多岐にわたり、その動向は常に注目されている。
2004年7月号 -新卒後臨床研修その後- backnumberへ
 このe-doctorの連載に、新卒後臨床研修のことを書いたのは2002年の11月のことであった。まだ海のものとも山のものとも分からなかった時期であるから、期待するものをいろいろと書き綴った。今読んでも、特におかしいものではないが、現実の研修が始まってみると、多くのひずみ、ねじれの現象が出てきて、予想出来なかった様々な問題が起きた。今、我々は新しい考えを具現化し、新しいシステムを実施することの難しさを感じている。

この四月からの実施に向けて、医学部を持つ大学、医科大学では、新卒後臨床研修に対応するために従来とかなり違った対応を迫られることとなった。この新臨床研修が完全な二年間のローテーション研修であるために、その二年間は各医局にはいわゆる「戦力としての新人医師」が入らない。本来なら新人医師に病棟勤務を任せて、順次医局と提携している関連病院に出張させるべき人員を派遣出来なくなった。それだけでなく、この新卒後臨床研修のカリキュラムを遂行するためにより多くのスタッフを用意する必要に迫られた。その結果、各地の病院から大学病院へ派遣医師を回収する事態となり、その後のスタッフ充当の目処も付かなくなった。今、各地の病院では、医師が足りなくて診療が出来なくなっている科も出てきている。大学病院自体も、スタッフが足りなくて、今までであれば点滴番(若いスタッフが普通はやることで、年数が経てばこの単純労働から足を洗うことが出来るのだが・・・)が終わる頃と思っていたスタッフも、あと二年は続けなければならない、という辛い立場に立たされている。
今までは、ある意味、新人教育は各医局の独自の教育方針に任せられていたわけで、専門外の研修はほとんどおざなり、といった場合も多かった。眼科の医師が内科の患者の初期治療を受け持つなどということはなかったし、内科の医師が骨折の治療でギブスを巻くことはなかった。そうしたことは、それぞれの専門分化した診療科の医師に任せればよかった。それが病院医療の中では当たり前のことと考えられていた。しかし、この体制が長く日本の医師研修のスタイルとして定着したために、当直医師が眼科医であれば、外科の患者も内科の患者も小児科の患者も見ない、という病院が出てきてしまった。その結果地域の急病患者は対応可能な病院を何軒も回らなければならなくなって、その中には手遅れとなった者も出た。いわゆる「患者のたらいまわし」である。地域医療というものを理解しないために、地域の開業医師と連携が取れない医師、地域の中で生きて仕事をして家族とともに毎日を過ごしている「生活者」としての患者、その患者のバックグラウンドを把握して「全人的」に診療することの出来ない医師、そうしたプライマリ・ケアの素養のない医師が多く排出されるようになってしまった。これは、今までの医学教育に大きな間違いがあったからだ。そう国民が考え、国民の声に動かされた国が改革に乗り出した。大学病院だけに医師の研修を任せていたらとんでもない医師が多く世の中に出てきてしまう。「患者中心」の医療に作り変えて欲しい。それが新卒後臨床研修をここので推し進めてきた原動力であった。

では、そのプライマリ・ケアを誰がどのように研修医に教えるのか。その青写真があるのかといえば、それがまだまだ未完成なのだから正直戸惑っている。日本医師会が早くから国の審議会に委員を送って検討をし、モデル事業としていくつかの都道府県医師会で実施をしたのは分かっているが、ではその結果を各地域医師会にfeed back出来るノウハウとなっているかというと大変怪しい。実際、私のところにはっきりとしたガイドラインやテキストとなったものはきていない。では、日本プライマリ・ケア学会がそれをリードしているかというと、これもまだ検討段階のようだ。大学医学部にはその能力がないことが分かっているから、どうやら、地域で指導的な立場で若い医師を教育するボランティアを続けている、我々のような医師たちにそのお鉢が回ってくることになりそうだ。

先日、日本大学医学部の新卒後臨床研修プログラムで「地域医療」研修を担当する医療機関代表者の集まりが開かれた。13の施設で、75名の研修医を前期と後期に分けて2-3人ずつ一ヶ月ごとに引き受けることになるという。各代表者とも、まだ何をどうしていいのか分からない。仮の大まかなGIO(一般教授目標)とSBO(行動目標)は書き出されているが、実際どんな研修になるかは誰の頭にもそのイメージが掴めていなかった。

国から「管理型相当大学病院」には国家予算が下りて、研修医には 20万円を超えるサラリーが出る。しかし、我々地域医療を教える教員には何の報酬もない。「臨床研修協力施設」としての施設基準があって、それに該当するために何らかの備品の購入も行わなければならず、それは自前でやらなければならないことになっている。その上、交通費を支給し、時間外や出張があればそのための費用も「臨床研修協力施設」が負担しなければならないとある。社会的な風潮として、勤務医にも労働者としての要件を守らせる傾向にあり、就業規則も整えて、大学病院との間に「出向契約書」を交わさないといけないと説明された。雇用保険、労働災害にも受け入れ施設が対応する、医療事故も訴訟も受け入れ施設で、となると、どんな医療機関が引き受けるのかと考えてしまう。優秀な研修医ばかりではない、足手まといになるものもいるだろう。はなから自分は専門医を目指すのだと決めていれば、地域医療研修を「さぼり」や「息抜き」と考える研修医もいるかもしれない。一ヶ月ごとに月代わりで来られるのでは「主治医」や「担当医」に出来ないではないか、という意見も分かる。研修協力施設長が、研修医を「安価な労働力」と考えて研修医たちに不本意な時間を過ごさせてしまう懸念もある。施設が研修医を評価するだけでなく、施設も研修医から評価される、というのが今回の研修の約束事だ。地域医療研修を受けた研修医から、研修を引き受けた医療機関が、軒並みCの評価を受けてしまったら・・・。

今のところ悩みの尽きない新卒後臨床研修なのである。

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