つらい介護経験を武器に――50代眼科医が癌治療クリニックに挑んだ理由
7年間の介護生活――母の闘病と向き合い続けた日々
「常勤で働きたい」。その言葉を口にしたとき、自分でも驚くほどあっさりとした気持ちでした。7年間、癌を患った母の介護をしながら、アルバイトだけで生計を立てる日々。若い頃のように手術室に立つこともなく、非常勤の眼科外来をこなす毎日でした。母がターミナルケアに入り、いよいよ最期が近いと告げられたとき、悲しみよりも先に「これからの自分の人生」が頭に浮かびました。長い介護生活は、時間の感覚を麻痺させます。気づけば50代。履歴書の常勤欄は6~7年の空白。普通に考えれば、転職市場では不利な条件です。それでも私は、もう一度しっかりと医師として働きたかった。
一通の求人メールが運命を変えた
ある日、以前から登録していたイードクターから届いた求人案内の中に、目を引く一件がありました。「経験不問・癌治療クリニック管理医師」。眼科医の私には畑違いもいいところです。それなのに、なぜか心が動きました。すぐに問い合わせのボタンを押していました。担当のコンサルタントから電話がかかってきたとき、正直に事情を話しました。7年間の介護のこと、バイト生活だったこと、そして3ヵ月後には確実に入職できること。電話口の向こうで一瞬の沈黙がありましたが、コンサルタントは「面接を設定しましょう」と前向きに動いてくれました。面接前にコンサルタントと初めて対面で会ったとき、緊張するかと思いきや、不思議と会話が弾みました。私は昔から人と話すのが好きで、冗談も交えながらコミュニケーションを取るタイプです。その場の雰囲気が和やかになったとき、コンサルタントの表情から不安が消えたのがわかりました。
面接の場で語った「本当の志望動機」
面接当日、クリニックの運営会社の社長とお会いしました。最初は世間話から入りました。「社長はどちらのご出身ですか?若いのにクリニックを経営されていて素晴らしいですね」。気づけば私がインタビュアーのようになっていて、社長もたじたじの様子。でもそれが私のスタイルです。患者さんとも、まず世間話から入って心を開いてもらう。それは眼科の診察室でも、面接の場でも同じでした。しかし、社長からの核心を突いた質問がきました。「癌クリニックでは末期の患者さんも来られます。メンタル的にハードですが大丈夫ですか?そもそも、なぜこのクリニックに応募されたのですか?」
7年間の経験が、最大の武器になった
私は正直に答えました。「メンタル面については、若い頃に救急で数え切れないほどの重症患者を診てきました。頭部外傷で脳が露出した状態の患者さんを処置したこともあります。患者の死に対する覚悟は、すでにできています」。そしてここからが本題でした。「この7年間、私はずっと母の癌の闘病を間近で見てきました。抗がん剤の副作用で苦しむ姿、夜中に不安で目を覚ます姿、そして少しずつ弱っていく姿。だから、癌患者さんの気持ちも、それを支える家族の気持ちも、痛いほどわかるんです。この実体験を、ここでの仕事に活かせると思いました」。社長の表情が変わったのがわかりました。その場で「ぜひ来てください」と即採用の言葉をいただいたのです。
経験は、教科書では学べない最大の財産
癌治療の専門知識や技術は、これから学ぶことができます。でも、癌患者の家族として7年間寄り添った経験は、学ぼうとして学べるものではありません。履歴書の空白期間は、一見するとマイナスに映るかもしれません。しかし、その空白の中で何を経験し、何を感じ、何を得たのか。それを正直に伝えることで、思いもよらない扉が開くことがあります。私のように介護や家庭の事情でキャリアに空白がある医師は少なくないはずです。その経験は決して無駄ではなく、むしろ他の医師にはない唯一無二の強みになり得る。つらい日々の中で培われた共感力や忍耐力は、医療の現場で必ず活きます。50代からでも、新しい分野に挑戦できる。母が身をもって教えてくれたことを、今度は私が患者さんに還元していきたい。それが、これからの私の使命です。