心の病と向き合う使命―精神科医としての理想を2026年の地域医療に捧ぐ

2026年1月17日 医師H

友人の死が原点。私が「心の救済」を志した理由

友人の死が原点。私が「心の救済」を志した理由
私が医師を志したきっかけは、高校時代に親友を自死で亡くしたことでした。目に見えない心の痛み、恐怖、焦燥感。それらに蝕まれていく友人を前に、何もできなかった無力さが私の原点です。身体を治す外科や内科も尊いですが、私は形のない「心の病」に苦しむ人を救うことこそが自らの使命だと確信しました。2026年、メンタルヘルスへの関心はかつてないほど高まっていますが、医療現場にはまだ多くの課題が残っています。私は精神保健指定医としてスーパー救急から訪問診療まであらゆる現場を経験し、一時は理想の医療を求めて開業も経験しました。しかし、日本の精神科医療が抱える「長期入院」という構造的な問題や、患者さんの人権、社会復帰への壁を目の当たりにするたび、一人の力では限界があることを痛感し、再び組織の中で大きな変革に挑む決意をしました。

理想を掲げた再挑戦。自分を偽らない「患者目線」の現場を求めて

理想を掲げた再挑戦。自分を偽らない「患者目線」の現場を求めて
転職活動にあたり、私がコンサルタントに伝えたのは「自身の医師人生をかけて、精神科医療の発展に貢献できる場所」という強い願いでした。自宅からの利便性や規模、給与といった条件も、家族を養う上では無視できません。しかし、それ以上に重要視したのは、病院の理念が私の考える「患者さん目線の医療」と一致しているかどうかです。ありがたいことに、複数の医療機関から副院長候補などの破格の条件でオファーをいただきました。面接の場で自身の壮大なビジョンを語るたび、多くの施設が熱意を持って受け入れてくれましたが、私は「どこが最も高い評価をくれたか」ではなく、「どこが最も自分らしくいられるか」を基準に、最後の選択をすることにしました。

条件よりも「理念」。院長と語り合った精神科医療の未来

条件よりも「理念」。院長と語り合った精神科医療の未来
最終的に私が選んだのは、提示された条件が最も良かった病院ではありません。決め手となったのは、院長をはじめとする経営層が「病院完結型から地域共生型へ」という私の考えに心から共鳴してくれたことでした。2026年の精神科医療は、隔離から地域へ、そして社会との共生へとシフトしています。面接の際、院長は私のこれまでの苦労や開業時代の失敗談すらも「貴重な財産だ」と肯定してくれました。ここでは役職という肩書きに縛られるのではなく、等身大の自分で患者さんと向き合い、理想のチーム医療を構築できるという確信が持てたのです。それは、他のどの高額オファーよりも私にとって魅力的な「報酬」でした。

地域で見守るということ。精神科医が果たすべき真の役割

地域で見守るということ。精神科医が果たすべき真の役割
新しい職場での挑戦が始まりました。私がいま取り組んでいるのは、単なる外来・入院診療だけではありません。地域の受け入れ体制を構築し、患者さんが病院の外でも安心して生活できる仕組みづくりです。日本の精神科医療の異常な現状を打破するためには、医師が診察室の中に閉じこもっていてはいけません。地域社会に溶け込み、多職種と連携し、患者さんを一人の「市民」として支えること。それが、かつて救えなかった友人の面影を追い続けてきた私が、24年の医師人生を経てようやく辿り着いた理想の形です。ありのままの情熱を持って向き合える場所に出会えた幸運に、心から感謝しています。

ナンバーワンではなくオンリーワンの居場所を見つけるために

ナンバーワンではなくオンリーワンの居場所を見つけるために
医師の転職は、単なる条件のトレードではありません。特に精神科という分野においては、医師自身の人間性や死生観が、そのまま治療の質に直結します。2026年という激動の時代、AIには代替できない「心の共鳴」が求められています。もし、今の現場で自分の信念に嘘をついていると感じている先生がいるなら、勇気を持って「自分に偽りのない場所」を探してほしいと思います。年収や役職といった数字も大切ですが、最後は自分の直感を信じること。私が今回得た教訓は、自分の原点を大切にすれば、自ずと進むべき道は開けるということです。これからも、患者さんの心に寄り添う唯一無二の医師として、精進を続けていきます。