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安心して適切な医療を受けられる病院を目指して
新宮市立医療センター

 和歌山県新宮市は紀伊半島の東南部に位置し、奈良県や三重県と境を接している。太平洋に面しているため、温暖で高湿多雨な気候に恵まれた、人口約3万3千人の街である。古くから熊野信仰の中心都市として知られ、中世には熊野三大社の一つである熊野速玉大社の門前町として栄えた。豊かな自然環境の中で生育した熊野材も有名であり、製紙業や製材業も繁栄したため、明治以降も熊野地方の中心都市となっている。さらに2004年には熊野古道が「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録されるなど、観光資源にも恵まれている。
 新宮市立医療センターは1947年に設立された後、紀南地域を代表する病院の一つとして成長を続け、2001年に新築移転を果たした。18診療科、304床を有し、三重県や奈良県にまたがる約14万人の健康を支えている。
 今回は三木一仁院長にお話を伺った。

◆三木一仁 院長 プロフィール

1949年に大阪市で生まれる。1973年に関西医科大学を卒業後、関西医科大学脳神経外科医局に入局し、同年10月から新宮市立市民病院(現 新宮市立医療センター)で外科研修を行う。1974年に関西医科大学に帰任し、大学院修了後の1979年に市立宇和島病院脳神経外科に医長として着任する。1980年に関西医科大学に助手として復職し、1982年に新宮市立市民病院脳神経外科に医長として着任する。1985年に関西医科大学に復職し、講師に就任を経て、1987年に新宮市立市民病院脳神経外科に医長として着任し、1992年に副院長、1996年に院長を経て、2001年に新宮市立医療センター院長に就任する。
日本脳神経外科学会専門医、日本脳卒中学会専門医。

 <病院の沿革>

 1947年4月、和歌山県所有の病院建物を借り受ける形で、矢島寿先生が看護師3人とともに診療を始めたのが現在の新宮市立医療センターの歴史の始まりである。場所は新宮市仲之町で、JR新宮駅や新宮市役所にも程近い、市街地の一角だった。開院直後に大阪大学から小林義郎先生を初代院長に迎え、矢島先生が副院長に就任する。ほかに医師2人、薬剤師1人を招聘したという。しかし翌年、火災に遭い、建物を焼失してしまう。このため旧那智鉱山の建物を移築することで診療を再開し、1949年には管理診療棟を竣工、病棟も増築し、市民病院としての体制が整った。


「半島振興法に象徴されるように、半島は三方を海で囲まれているため、振興が遅れてしまった面があります。事実、能登半島や三浦半島では半島の先端までJRが通っているわけではありません。その点、紀伊半島は名古屋や大阪といった大都市からのJRが海岸沿いをぐるっと通っており、都会からのアクセスには恵まれてきました。しかしながら公的医療機関が十全ではなかったので、戦後間もなくの開院となったのでしょう。」


 1962年に本館が完成し、1967年に名称を総合病院新宮市立市民病院と改め、眼科、耳鼻咽喉科を開設した。1974年に当時は珍しかった全館冷暖房の鉄筋コンクリート建て192床の西別館が竣工し、本館と合わせると295床を有する総合病院となった。さらに1983年には東別館も完成し、紀南地域の公的医療機関で初めて救急病院として告示される。80年代半ばには人工透析20床の稼働が始まり、NICUも新設されるなど、病院機能の拡充が進んでいった。


「私は70年代から80年前半まで、医局人事で2度ほど当時の市民病院にお世話になりました。そのときの印象が非常に良かったことが、医局を離れた後もこちらで仕事を続けている大きな理由となっています。医師にとって仕事のやりがいは思い通りに治療ができることと、治療の成果を上げることです。治療には優れた検査機器、それをサポートするコメディカル、さらに事務職の存在が欠かせません。そして治療の成果は自己満足以外にも、患者さんやご家族から感謝され、評価していただくことでも分かります。皆さんに支えられて、励ましていただきながら、新宮で仕事をしてこられたことを幸せに思っています。」


 1997年には災害拠点病院の指定を受けるが、建物自体の老朽化、狭隘化も問題になっていた。救急のための部屋でも昼間は内視鏡室として使ったり、診察室も二部制をとり、手術のない時間帯に外科診療室を内科が使うこともあったという。


「診療科のスケールも大きくなってきまして、日常の診療の場所も不足するほど手狭になっていたんです。新病院を設立しないことには、診療科のキャパシティを広げられない状況だったんですね。そこで災害拠点病院の指定を受けたことが一つのきっかけとなって、その指定に耐えられるような新病院を建て、医療体制を再構築していこうということになりました。」


 そこで、新病院の新築移転の検討が始まり、新宮市が何カ所かの候補地をリストアップした。その中で、新宮市蜂伏の小高い丘が選定されたのは3万平方メートル以上という、非常に広いスペースを取ることが可能だったことに加え、土地開発公社からまとめて購入しやすい環境にあったことも大きかったという。
  2001年5月に新築移転が行われ、病院の名称も新宮市立医療センターに改められた。診療科も一気に増え、内科、外科・肛門科、小児科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、麻酔科、リハビリテーション科、脳神経外科、整形外科、泌尿器科、形成外科、放射線科、皮膚科、歯科口腔外科、神経内科、呼吸器外科・心臓血管外科を揃え、304床で開院となった。


「新築にあたって苦慮したことは、災害拠点病院にふさわしい免震構造にこだわったことでしょうか。この地域の中で、私どもの病院が潰れてしまうようなことになっては、住民の方の最後の砦が失われてしまいます。また、新病院ではオーダリングシステムも開始し、病院の運営がよりシステマティックになりました。」


 2002年には遠隔病理診断装置も導入したほか、地域医療室も開設するなど、新しい病院にふさわしいリニューアルが次々に行われた。また管理型での臨床研修病院の指定も受けるなど、紀南地域を代表する病院の一つとして、益々の期待が寄せられている。

 <病院の特徴>

 新宮医療圏は新宮市と東牟婁郡で構成されていたが、2005年の町村合併で東牟婁郡本宮町が田辺市の一部となったため、医療圏の構造に若干変化が出たものの、患者さんの動向には変わりはない。医療圏の人口は約8万人であるが、新宮市立医療センターには新宮市、東牟婁郡だけでなく、新宮市と熊野川を挟んで接している三重県南牟婁郡や熊野市、奈良県吉野郡十津川村からも多くの患者さんが来院しているため、実際は人口約14万人のエリアとなっている。


 

 新宮市立医療センターの診療の大きな特徴として、「脳神経外科・神経内科」、「循環器科・心臓血管外科」、「放射線治療」の3分野に重点を置き、三大疾患をカバーしていることが挙げられる。新宮医療圏で三大疾患をカバーできているのは新宮市立医療センターのみで、同レベルの医療を求めるとなると、田辺市の紀南病院や南和歌山医療センター、三重県松阪市の松阪市民病院、松阪中央総合病院、済生会松阪総合病院などまで足を伸ばさなくてはいけない。


「患者さんのお住まいの地域が非常に広く、田辺市との間や松阪市との間の地域から来られる方も多いですね。そのため三大疾患には特に力を入れています。新病院になったときにリニアックを導入するなど、放射線治療の内容も拡充し、がん対策へのツールが増えました。がんに限らず、内科でも、外科でも、一般的な症例でしたら、ほぼ対応できています。ただ、非常に特殊な症例は遠方の病院にお願いしています。たとえばガンマナイフはかつては老舗である愛知県の小牧市民病院に紹介していましたが、今は和歌山市の向陽病院や三重県鈴鹿市の塩川病院・三重ガンマナイフセンターなどに紹介しています。」


1.脳神経外科
 三木院長が現在も手術室に立ち、第一線で活躍しているのが脳神経外科である。2008年は脳腫瘍や動脈瘤、血管腫などのいわゆる「メジャー手術」が77件、手術室を用いない血管内手術が13件、そのほかを合計して252件の手術件数となっている。三重県南牟婁郡の公立紀南病院が脳神経外科、神経内科を閉鎖した影響もあり、2006年から2007年にかけては140件から204件と大幅な伸びを見せた。


「私、中井三量部長を含め、4人のスタッフで診療にあたっています。新病院発足と同時にMRIを更新しましたので、脳ドックも積極的に行えるようになりました。お蔭様で地域の皆さんに喜んでいただいています。」


2.循環器科・心臓血管外科
 旧病院では施設、マンパワーともに不足しており、IVRが不可能だった。患者さんは奈良県天理市まで通うこともあったという。しかし新病院では改善され、2008年は心臓カテーテル検査673例、PCIが200例の実績となっている。


「新病院では、もともと心臓血管外科を設置する予定はなかったんです。内科、外科で肺がんを発見したら、他の病院に送るか、他の病院から専門医に来ていただいていたんですね。そこで呼吸器外科の需要は充分見込めましたが、『胸部外科』として心臓血管外科を設置するチャンスでもあり、設置に踏み切りました。」


 呼吸器メインの胸部外科であれば、そこまでの苦労もなく設置できたはずだが、心臓血管手術を行うとなると、人工心肺が不可欠であり、手術室の設計から見直さなくてはいけなくなった。再度、三重大学と協議し、開設の運びになったという。


「カテーテルで全て解決するわけではありません。結果的に、心臓血管外科の必要性は予想以上にありました。これまで地域の方々にはご不便をおかけしたことと思っています。」


 循環器科には尾鼻正弘部長以下4人、呼吸器外科は畑中克元部長、馬瀬泰美心臓血管部長、医員1人という体制に加え、臨床工学技士も4人が在籍し、呼吸器だけでなく、医療機器のメンテナンスや管理を行っている。


3.産婦人科 
 勤務医の離職が相次ぎ、一時は分娩停止が危ぶまれたが、2007年に厚生労働省の「緊急臨時的医師派遣システム」の6医療機関の1つに認定され、1人の医師の派遣が決定し、2人体制が維持できた。さらに2009年7月には2人増員も決定しており、総勢4人の医師による体制となる。婦人科領域では、手術療法、化学療法、放射線療法での悪性腫瘍治療や、良性腫瘍も腹腔鏡を用いた手術を積極的に展開している。


「以前は新宮市内と那智勝浦町に1軒ずつ、分娩のできる施設があったのですが、両院とも分娩取扱いを中止してしまいました。私どもの状況によっては地域の皆さんにさらなるご迷惑をかけかねないところでしたが、4人体制ですと、里帰り出産も受け付けられそうです。医師1人当たりの負担も軽減されますし、余裕のある医療が行えると期待しています。」


4.整形外科
 整形外科の2008年度の手術件数は593例で、脊椎・脊髄外科、関節外科、骨折・脱臼・捻挫などが主な対象である。最近では特に脊椎内視鏡手術や関節外科の内視鏡手術など、低侵襲手術に力を入れている。
  また併設のリハビリテーション科の部長も兼ねている林未統医師は日本手の外科学会手の外科専門医を取得しており、運動障害のみならず、切断肢も手掛けている。

 <運営・経営方針>

1.経営について
 全国の自治体病院が赤字経営に悲鳴を上げているが、「私どもはほかの公立病院と比べると、赤字幅は少ない」と三木院長は話す。新病院になって、5代目の事務長を迎えたところであるが、業者からの入札が活発になり、材料費を抑えるなどの経営努力が功を奏した形だ。


「自治体病院共済を利用したり、ほかの業者とも粘り強い交渉を行うなど、民間企業なみの努力をしたと思います。私どもに納品することをステータスに感じてくださる業者さんも少なくはなく、お互いの信頼関係が生まれてきたようです。今後はジェネリック薬品への変更も推進していきます。」


 一方、2008年度の平均在院日数は17.81日となっている。2009年7月からはDPCの適用が始まるため、平均在院日数の短縮が予想されるところだ。


「DPC導入で余分な検査がなくなるのか、もしくは必要な検査を抑えるのかといった迷いが出てきそうですが、病院の利益を向上させるために肝心なことが抜けてしまうのは本末転倒ですので、医療の質を落とさずに日々の診療にあたりたいですね。」


2.地域医療室
  予約など、患者さんの便宜を図るための援助をする部署として発足した医療連携室だが、現在は病院の機能分化に伴い、どこに紹介していいか分からない患者さんの受け皿を探すための部署にもなっている。患者さんからも医師からも問い合わせがあるが、スムーズに連携先を紹介することで、双方のストレスを軽減しているという。
  また、新宮市立医療センターには開放型病床が5床あり、地域の開業医も患者さんのベッドへ頻繁に足を運んでいる。


「患者さんも開業医さんがいらっしゃると、安心されますし、退院後も開業医さんのところに帰りやすい雰囲気になりますね。私どものOBでいらっしゃる開業医さんも多いですし、私どもの整形外科や透析の医師が那智勝浦町立病院に非常勤で行っていることもあって、今後も多様な連携が可能になりそうです。」


 2008年度は紹介率は39.4%、逆紹介率は63.7%であり、内科、循環器科で紹介率が上昇しているという。


「紹介状は患者さんの診療情報なんです。患者さんの中にはかかりつけの診療所と私どもは関係ないと思っていらっしゃる方もあるので、診療情報を持ってくることはご自分のためだということを理解していただくための啓蒙を広報やホームページを通じて行っていきたいです。」


 一方、新宮市立医療センターでは地域の開業医に対し、開放型病床以外にも、休日の日直の協力を要請している。これは新宮市立医療センターの勤務医の負担を減らし、救急医療体制を新たに構築するために、和歌山県から財政面の支援を受けたものである。この呼びかけに対し、新宮市内の開業医だけでなく、東牟婁郡や三重県の南牟婁郡など広い地域の開業医が要請に応えた。


「現在、私どもの当直医2人と開業医さん1人の体制で行っていますが、非常にうまくいっていますね。私どもの勤務医が地域の開業医さんと顔を合わせることは少ないので、貴重な機会となっているようです。」


3.地域への啓蒙活動
 新宮市立医療センターでは地域への啓蒙活動として、糖尿病教室と母親学級などを開催している。糖尿病は国民病の一つであるにもかかわらず、紀南地域では専門的な治療が遅れたため、新病院になったときに和歌山県立医科大学に医師派遣を要請した。それゆえ地域への啓蒙も滞っていたが、専門医の招聘後は教室などを通じて、地域に予防の重要性が浸透してきたという。現在は毎月第1水曜日から第4水曜日までの午後1時間を使って、岡井一彦内科部長をはじめ、内科の医師、管理栄養士、臨床検査技師、病棟看護師長などが幅広い内容で講義する教室を開催している。
  また、毎月第1、2、4水曜日の午後2時から4時までは母親学級も開かれている。対象は28週から34週までの妊婦さんで、ご主人の参加も認めている。


「病院を支えてくださっている地域の方々へのこうした取り組みにも力を入れています。母親学級では助産師が中心になって、安産のための呼吸法や母乳育児を視野に入れたSMC乳房マッサージなどの説明を行っています。時には産婦人科医が飛び入りで参加しているようで、好評をいただいています。」

 <今後の展開>

 新病院を建設する前に、救急センターを県や広域自治体で持つべきではないかという声が上がったこともあって、救急センターを病院併設として、そこにICUを設置しようと考えておりました。従って病院にはICUは設置しませんでした。しかし、新病院に救急部を開設しましたので、そういった声はトーンダウンしていきました。救急の患者さんは年々増え、年間10000人を超えてきましたので、病院内にICUを新設することを検討しています。現在の病院施設では無理がありますので、建物から作っていきたいと考えています。ICUがあれば、救急専門医にもお越しいただけるでしょうし、現在の救急部とICUを並べた形で運用していきたいと思っています。これに伴い、診察室も新設し、より充実した救急体制を構築していきます。

 <メッセージ>

 私どもの医療のレベルは高いと自負していますが、働く側にとっては働きやすい病院であるかどうかが大事なことでしょう。その点、私どもにいらっしゃる患者さんは感じのいい方が多く、感謝の言葉をいただく機会に恵まれています。私どもでなかったら治療できないという認識を強くお持ちのようですね。スタッフもその認識に応えるように働いています。コメディアルも嫌な顔をすることなく、協力的ですので、働きやすい病院と言えるのではないでしょうか。異動されていった先生方が皆さん、「新宮市立医療センターには昔の人情味が残っている」と懐かしがってくださいます。仕事のしやすい病院で誇りを持って働くのは本当に遣り甲斐のあることだと思います。興味を持たれた先生方からのお問い合わせをお待ちしています。

 <病院の理念>

基本理念
私たちは、すべての患者さまの安全と権利を守り、良質な医療環境のもとに、安心して適切な医療が受けられる病院をめざします


基本方針
1.患者さまと職員の安全確保
2.わかりやすい説明の工夫と守秘義務の順守
3.医療の質の向上、チーム医療の充実、全人的医療人の育成
4.地域医療の連携強化
5.自治体病院としての公共性を追求

 <病院概要>

名 称

新宮市立医療センター

院 長

三木 一仁

所 在

〒647-0072
和歌山県新宮市蜂伏18番7号

TEL

0735-31-3333

FAX

0735-31-3337

病院HP

http://www.hsp.shingu.wakayama.jp/

診療科

内科、循環器科、外科・こう門科、小児科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、麻酔科、リハビリテーション科、脳神経外科、整形外科、泌尿器科、形成外科、放射線科、皮膚科、歯科口腔外科、神経内科、呼吸器外科、心臓血管外科

病床数

304 床 (一般300床、感染床4床)

 <アクセス補足>
地図

JR紀勢本線 紀伊佐野駅から徒歩15分、紀伊勝浦駅、新宮駅から熊野交通バス、市立医療センター下車すぐ

新宮市立医療センターの求人票は こちら ・ 臨床研修情報 こちら

2009.07.01 掲載 (C)LinkStaff

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