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「一期一会の精神で」出会いを大切に
財団法人昭和会 今給黎総合病院

 今給黎総合病院は鹿児島市北部で、駅周辺の開発が著しいJR鹿児島中央駅より車で約15分の場所に位置する。
近くには鹿児島を代表する観光地のひとつである島津家の別邸仙巌園(磯庭園)があり、ビジネス街ではなく、昔からの住宅地の一角となっている。
病院は2棟の建物で構成されており、450床を持つ急性期の総合病院ではあるが、住宅地に溶け込んでいるかのような風格があり、まさに地域医療の中心的役割を担っている様相を呈す。
時代の進歩に即応した最新最高の設備を導入し、質の高い医療を提供できるように努める昇卓夫院長にお話を伺った。

◆昇 卓夫(のぼり たくお)院長プロフィール

1946年に鹿児島市で生まれる。
1971年に鹿児島大学医学部を卒業後、鹿児島大学附属病院耳鼻咽喉科に入局。
その後医局人事により、鹿児島県立大島病院、宮崎県立宮崎病院で勤務し、1981年からの1年間はドイツ ハノーバー医科大学耳鼻咽喉科に留学する。
1993年に鹿児島大学医学部助教授を辞し、同年に今給黎総合病院に耳鼻咽喉科部長として迎えられる。
2000年に院長に就任し、現在に至る。

 
  <病院の沿革>

 1938年に現在の理事長である今給黎尚典氏のお父様が会長として、現在の地から少し離れた場所に今給黎医院を開設する。会長は既に故人であり、当時のことが詳しく語られる由もないが、当時のこの地も住宅街であったことから、多くの患者さんで賑わっていたことは想像に難くない。

 「会長は医院開設当初から患者さんとの出会いを大切にされていました。昭和初期であった開設当時は種子島や屋久島などの離島を出て、本土である鹿児島市内で働いている方が多かったそうですが、そのような方々を親切に診ていらしたんでしょうね。その証拠に現在でも島の診療所の紹介状を持って、その子どもさんやお孫さんたちが当院を訪れていますよ。」
1945年には鹿児島大空襲の戦禍に遭うが、戦後の1947年には24床の今給黎病院の開設に至る。1965年に財団法人昭和会を設立し、1969年に3階建ての病棟を新築して220床となる。1978年には7階建て本館を新築し、300床に増床した。さらに1988年に本館を全面改装し、一般病床450床の病院となり、現在の形がほぼ出来上がった。2005年には外来診療録を電子カルテにして、DPC導入を着々と進めている。現在では23診療科目を有する救急総合病院として地域医療の一翼を担っている。

  <病院の特徴>

1.病診連携の強化 「驚異の6:4」

 今給黎総合病院は近隣のクリニックとシームレスな連携をとっているが、特筆すべきことは鹿児島市以外の患者さんの比率が高く、全体の4割を占めているということだ。種子島や屋久島などの離島からの患者さんも多いというのは開設した会長の思い入れが脈々と受け継がれている証左であろう。
地域の救急医療の核として、365 日24時間、患者さんの受け入れを拒否しない病院として知られている一方、洋上救急活動にも力を入れている。これは鹿児島市付近で活動する船舶内で、病気、負傷などで緊急に医師の治療を必要とする患者が発生した場合、海上保安庁の船舶、航空機などを使用して医師、看護師らを現場に急送させ、応急治療を実施しつつ、最寄りの病院に患者を搬送する仕組みである。先ほど数多くの活動に対して、海上保安庁から感謝状が送られた。
昇院長は話す。
 「私が大学を辞して、非常に忙しい病院として知られていた今給黎総合病院に来たのは、会長の崇高な理念に共鳴したからなんですよ。」 ただ紹介率は30%前後で高くはない。これは地元の一般外来の患者さんも非常に多く、1日に約400名と分母が大きいためなので当然のこととして受け止めている。しかも前回の診療報酬改定で紹介率に関わる点数が廃止になったために大きな問題ではないが、あまりにも外来の患者さんが多いため、待合室や診察室も手狭になってしまった。そこで2005年に「昭和会クリニック」を本館の隣に開設する。耳鼻咽喉科や整形外科など11の外来診療部門を昭和会クリニックに移して、患者さんに極力迷惑をかけないようにした。
 「ベッド数を増やすことは困難ですので、将来は2つある建物を集約して、広い病室を持ち、ゆとりのある空間が広がる高層の病棟を建てたいですね。」

2.検査体制の充実・・・・ドクターの負担軽減

 生体検査やCT検査など患者さんが受けた検査についてはスピーディーに結果を知らせる仕組みをとっている。このクラスの病院としては破格である病理医5名、検査技師27名を抱えており、また当直体制もとっているため24時間体制で検査結果をすぐ患者さんへ知らせることができる。
 「大学病院だと結果は次の日にならないと分からない場合もありますし、またこれだけの検査体制をとっている民間の病院は少ないと思います。これは患者さんからも有難いと評価してくださっていますが、検査結果がすぐ分かるということは患者さんに適切な判断ができ、処置ができるので医師にとってもそれだけ心理的負担が軽くなります。」
 今後も検査体制についてはさらに充実させていく予定である。

3.総合病院・救急病院としての使命感

 全科オンコール体制で、病院全職員の協力のもとに24時間体制で離島を含めた全県下の救急患者を積極的に受け入れ、救急医療の使命を達成している。また23もの診療科目があるが、それぞれの医局の垣根は低いため、一人の患者さんに対して多方面の専門医が治療にあたっている。例えば整形外科の領域であるリウマチ、脊椎症、骨粗鬆症などは内科、脳神経科、放射線科、形成外科などの領域と重なるため互いの医師が協力している。
 看護師は 「CareとCureの実践」を心掛けているという。この言葉の意味は患者さんの療養上の世話をすることも大事だが、急性期病院である以上医療補助もまた非常に大事な仕事であり、両方をおろそかにしないということだ。
 「一見当たり前に思えそうなことですが、常日頃口を酸っぱく言っています。」
 産婦人科については鹿児島県下の民間病院では唯一の新生児集中治療室(NICU)を設置しており、鹿児島市立病院と連携をとりながら、高レベルの新生児医療をおこなっている。またLDRにおいても4名の医師(うち女性1名)と12名の助産師が自然分娩による分娩を手伝っており、昨年度の実績では150名の赤ちゃんを取り上げている。助産師が多いので、外来から分娩入院中の保健指導や退院後の電話訪問、さらに母乳栄養にも力を入れている。
 また院長の専門である耳鼻咽喉科については、院長以下5名の医師により年間500症例もの手術をこなす。
「医師の数と症例数では県下のどこの病院にも負けないと思っています。」

  < 病院の課題>

 今給黎総合病院では、来年度にDPCを導入する予定である。
「DPCを導入することによって減収は避けられませんが、反面DPCを導入しないと急性期の病院は生き残れないという非常に苦しい心境です。」
DPC導入に向けて、オーダーリングシステムを既に導入し、着々と準備を進めている。鹿児島大学附属病院ではDPCの導入後に約3%の減収になったという報告もあり、厳しい現実が待っているようだ。現在の平均在院日数は22日であるが、DPC導入とともに19日まで下げる目標を立てた。今後は以下の点について、強化を図るそうだ。


1.地域連携のネットワークの強化

 地域のクリニックとの連携はもちろんだが、回復期リハビリテーション病院とのクリティカルパスを積極的に進めていく。例えば脳卒中については「tPA」の保険適用により現在では効果的な治療が可能になったので、急性期の治療と並行して、できるだけ早くリハビリを行うことが求められる。この早期のリハビリを行うか否かによって、病院間で治療成績の差が広がっていくとされている。また大腿骨頚部骨折にしか認められていない地域連携パス加算が今後いろいろな疾患に適用される可能性もあるので、さらに強化していく。


2.電子カルテ導入による職員のコスト意識の向上

 昭和クリニックと本院の外来については昨年度、電子カルテを導入した。来年度は入院についても電子カルテを導入して、DPCの導入に備える。全てのデータがデジタル化されるので、診療ごと、患者ごとに損益が見える。これにより全職員にコスト意識を徹底させるのも狙いの一つである。

  <病院理念>
今給黎総合病院の理念
 質の高い医療の提供を目指し、全職員一致協力して努力します。
生命の尊さを認識し、地域社会に貢献します。
常に向上心を持って、自己研鑽に励みます。
  <病院概要>

設立

昭和40年7月1日

敷地面積

2,926㎡

建物面積

9,115㎡

病床数

450床(一般病床)

診療科目
(23診療科)

総合内科、循環器内科、消化器内科、呼吸器内科、神経内科、小児科、
外科、肛門科、呼吸器外科、整形外科、形成外科、眼科、脳神経外科、
産婦人科、皮膚科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、気管食道科、放射線科、
麻酔科、リハビリテーション科、歯科口腔外科

専門診療

禁煙外来・ペインクリニック

指定病院

医師臨床研修指定病院、
洋上救急業務支援協力医療機関、
県地域周産期医療支援病院

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2009.09.01 掲載 (C)LinkStaff

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