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心を診る医師を
医療法人蒼龍会 武蔵嵐山病院

「病は気から、と言います。医者は患者様の身体だけではなく、心も含めた広い視点で診察する必要があります」

 武蔵嵐山病院・菅野龍彦理事長はこう話す。
 微笑をたたえたその横顔に、患者という「人間」を真摯に受け止めてきた自負がのぞく。

 同院はまた、他院との差別化によって病院激戦区を生き抜いてきている。
 何より大切なことは、その医療が真に住民のニーズを満たしてこそ、生き残りが可能だと言うことである。

 人に喜ばれる医療、競争を勝ち抜く病院運営。車の両輪の軌跡を追った。

●医療法人蒼龍会 武蔵嵐山病院 概要

●菅野龍彦理事長 プロフィール



菅野 龍彦 理事長



  <病院の沿革> ――強い使命感で乗り越えた、1日20時間労働――


病院外観

 武蔵嵐山病院は1982年、埼玉県の中央部に位置する比企郡嵐山町に開院。病床数は55床でのスタートだった。

 当初、嵐山町には病院がなく、町長の熱烈な懇願を受けての設立であった。だが、確かに嵐山町には病院はなかったが、周囲には県立病院をはじめ、東松山市立市民病院、小川赤十字病院、医師会病院があり、決して医療過疎地ではなかったのである。町民にとってアクセスが容易な近隣の市町村に、大型の総合病院が存在したのだ。

「嵐山町の町長さんとしては、その責任感から、町に病院が一つは必要だとお考えになったのでしょう」
 笑顔でこう述懐する菅野理事長は、地域に奉仕する病院建設を進めていった。

 開院当初は人手が足りず、3年間は自ら毎日当直をこなし続けたのだという。一日の労働時間は、なんと20時間。まさに超人的スケジュールである。
「ぜんぶ私一人でやらなくてはいけませんでしたからね(苦笑)。でもね、こんな苦しまぎれの診療がプラスになった部分もあります。
 というのは、患者さんから見るといつ病院に行っても私が診療するわけです。すると『必ずあの先生が診てくれる』という、安心感が生まれたみたいですね」

 激務にあっても決して患者さんをおろそかにしない診療が、着実な支持を得ていった。病院規模は順調に拡大し、現在病床数は157床である(一般病床37床、療養型病床群120床)。
その成長の核にあったのは、「他院との差別化」であった。

 
  <病院の特徴> ―― 中小病院が 生き残るには? ――

 中小病院が激戦区で生き延びるには、専門性を明確にし、資源を集中投下することだという。

 菅野理事長は同院の内科診療の柱として、消化器領域の治療と検査で専門性を高める準備と実績を着実に積み上げてきた。大学の消化器内科医局と密接な連携を構築しながら、肝臓癌の治療ではリザーバー動注療法やラジオ波焼勺療法等をこれまで積極的に行ってきた。検査、治療の実施がスムースに行える為、埼玉医大からの逆紹介による治療依頼も受けている。こうした取り組みが評価につながり、近隣病院、周辺住民からの信頼も厚い。

 そして次なる専門特化は、人工透析であった。
日常の診療において、透析へのニーズを感じていた理事長は、92年、人工透析機を6台導入する。思い切った投資ではあったが、埼玉医大腎臓内科のバックアップを得ながら入院治療、入院療養にも対応してきた。



最新型の経鼻内視鏡
鼻孔から挿入、診断が可能だ

 以来、積み上げた実績により、「透析は、嵐山にいけばどうにかなる」という信頼を勝ち得た。他の医療機関からも難症例の患者が送られてくるようになった。

 そして理事長は、さらなる新分野への特化を目指している。
「回復リハビリを、もう一つの診療の柱にしたい。療養病床の介護型が2012年に廃止されるので、老健や在宅系施設に転換するのではなく、医療をベースにした生き残りを選択した。新たに常勤神経内科、リハビリ専門医の招聘が決定し、大学病院、周辺基幹病院との連携準備も確実に進んでいる。試行的に脳卒中の患者を受け入れており、徐々に回復期リハビリ病棟に移行させていきたい。

 市場・競合医療機関の分析と、的確な将来予測によって、周囲の大型病院と互角に競争する武蔵嵐山病院。病院の強さは、規模だけでない事を教えてくれる。

 
  <運営・経営方針> ――医療連携は生命線――



「挨拶のいい病院」としても有名

 病院経営のノウハウについて、さらに話してもらった。

 まず第一に、周囲の医療機関との関係を良好にし、医療連携の基礎を作ることだという。
「ケンカほど非生産的なことはないんです。むしろ、いかに周辺の病院と上手く連携をとり、患者さんを回してもらうかを考えた方が、よほどためになります」

 そしてもう一つが、先手を打つことだ。
「人工透析の患者さんが、遠方から多く集まりるようになりました。そこで皆さんの足のことも考え、分院してクリニックを作りました。
 一時的に経営が上向いたからといって、喜んでばかりもいられません。どこから、どんな患者さんが、どれだけいらしているかを分析して、休まず次の手を打っていく必要があります」

 
  <院長の理想> ――心を診る医療を――

 院長が患者と接し続けて何より痛感したことは、「病は気から」ということである。
「患者様のうち、純粋に肉体的な病を抱えている方は3分の1、精神的な病の方が3分の1です。残りの3分の1は、肉体と精神の病がオーバーラップした状態でしょう」
 つまり、患者の病の3分の2は心に根ざしているというのが理事長の考えであり、肉体のみならず心のあり方を汲み取る診療が理想だというのである。

 ではそうした「心を診る医療」に必要なのは、どんな医師なのだろう?
「まずはバランス感覚ですね。『医療界の常識、世間の非常識』なんていいますが、こんなことではダメです。
 医療関係者であっても、社会人としての良識を持って仕事に臨まなければなりません。そうしてはじめて、患者さんの信頼が得られるのです。


対話を重視する

 そしてもう一つ、院長は「惻隠」(そくいん)という言葉を挙げる。
「『惻隠』とは武士道の根幹をなす言葉であります。もっとも、そんなに難しいことではない。他者の痛み・苦しみを慮る心のことです」

 武士道に通じる「心」で、苦しむ人々の「心」を癒す―――そんな医師を、菅野理事長は待ち焦がれている。

武蔵嵐山病院

 1982年開院。病床数は157床(一般病床37床、療養型病床群120床)消化器
内科、人工透析の評価が高く、遠方からの患者や他院からの紹介を、広く受け入れている。
2004年に病院機能評価を取得し、医療の質、組織体制が客観的に評価されている。

 ホームページ http://www.ranzan-hp.or.jp

菅野 龍彦 理事長

 1974年3月、日本大学医学部を卒業し、東北大学附属病院で勤務する。その後、日本大学附属板橋病院、菅野総合病院での勤務を経て、82年、武蔵嵐山病院を設立、院長に就任する。以後は得意分野に特化した高度医療を展開し、病院激戦区にあって安定経営を続けている。
92年、医療法人「蒼龍会」設立、理事長に就任。

「患者さんに節制を説く以上、医師がお手本をお見せするべき」をモットーに、プライベートではバーベル(30キロ)を上げ、ベストコンディションを常に保っている。


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  <医療理念>

◆ 理念

心の医療と介護
真心・奉仕・信頼

◆ 基本方針

地域医療への貢献
患者様の立場に立った患者様中心の医療の提供

◆ 行動指針

全職員の和と連携によるグループ医療の実践
知識の獲得と技術の向上に邁進
地域との協調

  <アクセス補足>

◆電車

東武東上線「武蔵嵐山駅」から徒歩15分

◆バス

武蔵嵐山駅~工業団地線「武蔵嵐山病院前」下車

◆自動車

関越自動車道「嵐山小川I.C.」より5分


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2006.08.01 掲載 (C)LinkStaff

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