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キリスト教に基づいた全人医療
宗教法人 在日本南プレスビテリアンミッション 淀川キリスト教病院

 淀川キリスト教病院は昨年創立50周年の大きな節目を迎えた。その長い歴史の中で、ソーシャルワーカーを配した医療社会事業部の設置、末期がん患者のためのホスピスの開設など、日本の医療界に先駆的な役割を果たしてきた。ここに一貫して流れているのが、ブラウン初代院長が掲げた「からだとこころとたましいが一体である人間(全人)にキリストの愛をもって仕える」という全人医療の理念である。
現在は淀川キリスト教病院グループとして、本院487床、分院120床の合わせて607床を有する病院のほか、腎クリニック、附属クリニック、健康管理増進センター、介護老人保健施設、訪問看護ステーション、ケアプランセンターなど8事業体が、全人医療の実践を行いながら、地域医療を担う病院としての存在を高めている。
今回は石田武院長にお話を伺った。



石田 武 院長

◆石田武院長 プロフィール
1944年神戸市生まれ。1969年に神戸大学医学部卒業後、神戸大学医学部附属病院研修医となる。日本バプテスト病院外科医員、神鋼病院外科医員を経て、1973年にネパール合同ミッションオカルドゥンガ診療所長となる。1974年に神戸大学医学部第一外科に入局し、兵庫県立柏原病院、三田市民病院、神戸海岸病院で勤務する。その後、研究生活に入り、神戸海岸病院外科医院を経て、1979年に淀川キリスト教病院に外科医長として着任する。放射線科部長代理、手術部長、外科部長を歴任し、1994年に副院長に就任する。その後、事業統括本部長、地域医療連携センター長を経て、2003年に第5代の院長に就任し、現在に至る。また、日本キリスト者医科連盟会員、日本キリスト教海外医療協力会ネパール委員会委員を務めている。



  <病院の沿革>


フランクA.ブラウン 病院創設者

 第二次世界大戦直後、日本の医療施設は約5分の1が破壊されたままで、十分な医療活動ができる状態ではなかったという。そのため外国人宣教師による医療活動の必要性が高まり、日本南プレスビテリアンミッションが依頼した米国南長老教会からはブラウン医師が調査に訪れることになった。ブラウン医師は戦後まもなく、進駐軍軍医として北海道や東北地方で公衆衛生学を指導した経験があり、日本の実情を知悉していたと思われる。ブラウン医師は日本での医師国家試験に合格し、続いて病院建設のために奔走した。そのバックアップにあたったのが関西基督教病院設立準備実行委員会であり、そのメンバーの一人が開設場所に淡路地区を推薦したという。この淡路地区は大阪市東淀川区の中心であり、現在、阪急京都線で梅田駅から淡路駅まで急行で8分ほどと至便な立地であるが、当時は医療施設が少なく、戦争の被害も大きい地域であった。こうした地域にこそ、キリスト教精神による医療伝道が不可欠であるとするコンセンサスを得た活動が結実し、「淀川基督教診療所」が開設された。1955年のことである。

 翌年には病院建設の認可も下り、鉄筋コンクリート3階建て、76床で病院業務が開始された。診療科は内科、小児科、外科、産婦人科であった。石田院長は語る。
「病院の建設にあたっては地域の皆さんから多大な献金を頂きました。1964年にはブラウン先生による『淀川基督教病院の目的』が定められ、全人医療についての考え方をスタッフ皆が共有するようになっていたようです。」
1957年、血液型不適合児に対する交換輸血を行ったが、これは「重症黄疸による脳性麻痺になる新生児を救命する治療法」として大きく脚光を浴びた。今後、交換輸血の症例数は増加の一途をたどる。
1984年には日本で2番目のホスピスを23床(現在は21床)で開設し、ターミナルケアの先駆けとしての地位を築いた。現在も医師、看護師など多くの研修医の指導にあたり、緩和ケアの一層の充実を図っている。


本館


西館

 1990年に西館が竣工し、現行の607床となった。また1992年には臨床研修病院に指定され、初年度には7人の研修医を迎える。必修化された現在では10人ほどの研修医を受け入れているが、昨年の受験者数は118人とのことから人気の高さが伺える。
「以前は留学する医師の足場固めの場としての機能を持っていました。そして留学から帰ってきた医師が、またこちらに勤務して若手を熱心に教育していたのです。私も研修医時代、わずかな時間ですが、こちらにお世話になったことがあり、その教育レベルの高さに驚きました。臨床研修が必修化されて3年になりますが、おかげさまで見学に来る学生さんは多いですね。特に救急外来に興味を持たれているようです。この制度に関しては賛否両論ありますけれど、基本的な技術を身につけておけば、どこかで役に立つものですから大きな視点から言えば良いことだと思いますよ。私どもでは地域の開業医の先生方にご協力頂き、プライマリケアの教育にも力を入れています。」
1999年に病院機能評価の認定を受け、2004年には更新受審し、再認定を受けた。今後も全人医療を掲げながら、医療の質の向上をさらに実現させていくだろう。

 
  <淀川キリスト教病院の基本方針>

 キリスト教精神に基づいた「全人医療」を実践し、患者さまならびに地域医療機関に最も信頼される中核病院であること。そのために、
「生命の始まり=周産期医療」
「存続への危機=急性期医療、救急救命医療」
「生命の終末=ターミナルケア」において
高度であたたかな医療を提供することが淀川キリスト教病院の基本方針です。

  < 病院の特徴 >

上記の基本方針に基づき、淀川キリスト教病院の特徴を以下にご紹介する。

◆ 周産期医療
淀川キリスト教病院は先述の新生児の交換輸血といったハイレベルな医療を行い、また1958年に日本の民間病院で初めて小児外科を開設するなど日本の周産期医療を牽引してきた。母子センターは妊娠、分娩、産後、育児の全ての時期を通じて、母親や新生児に起こりうる病気予防を目的として、設立されたものである。
産婦人科では新生児医療の推進を行ってきた結果、1992年には過去最高の1786例という分娩数を数えたが、現在は少子化も進んでいるため、2004年度は1054例となっている。また母体搬送の件数が多く、多胎児分娩数も増加している。ホスピスの充実とともに子宮がん、卵巣がんの症例も多いが、婦人科がん末期症例では緩和医療の症例も扱っている。
小児科にはNICUを15床を有する。24時間体制の集中ケアを行い、カンガルーケアの推進も図る。現在、低出生体重児、呼吸障害児を中心に、各種の重症新生児の治療管理を行っている。
「産婦人科に8名、小児科に14名の医師がおりまして、大阪では頑張っている方ではないでしょうか(笑)。現在、母体胎児集中治療室(MFICU)の設置を準備中ですが、そのほかの機能も発展させ、地域小児センターを目指したいと思っています。」

NICU
NICUでの実習生研修風景

◆ 救急診療科
  救急診療科の歴史は浅く、開設は2000年であるが、「いのちのはじまりから、いのちのおわりにいたるまで、そのときどきにいのちが危機にさらされた時に、大切ないのちを救うために」というブラウン初代院長の志を受け継ぎ、基本方針の柱の一つである「急性期・救命医療」を支えている。
「救急車の搬入台数は1日19台と若干減少傾向にありますが、入院率が30%を超え、重症患者が増えてきましたね。」と石田院長が話すように、地域に密着した急性期病院としての役割を十全に果たしている。
一方、大阪市地区メディカルコントロール協議会協力病院として、プレホスピタルケア充実のための活動に協力している。

◆ ホスピス
1990年に緩和ケア病棟入院料が新設されたきっかけとなったのが、淀川キリスト教病院の名誉ホスピス長である柏木哲夫医師らの厚生省(現 厚生労働省)への働きかけであった。そののち全国にホスピス、緩和ケア病棟が開設されることになる。
ホスピス発足の頃は、痛みに苦しむ患者さんの症状緩和が主な目的であったが、現在では患者さんの多くがホスピスへの理解を深めており、様々なニーズを抱えているという。
「在宅ケアについても充実させないといけません。今後は在宅ホスピスケアと施設ホスピスケアの連携をいかに深めていくのかという課題がありますね。」


手術風景

◆ 外科
ブラウン初代院長が外科医であったことから、アメリカ流の医学や医療が取り入れられてきた。
「当初はブラウン先生が外科系を全て一人で診ていらっしゃったようです。私は消化器が専門なのですが、その後、呼吸器、膵臓・胆道、小児、乳腺内分泌、肝臓、食道胃、鏡視下手術の専門医が揃い、体制を確立できた感がありますね。脂の乗ったメンバーで診療を行っています。」
消化器病センター、呼吸器センターが相次いで設立され、専門の枠を超えて治療を行う体制の整備も進んでいる。

◆ こころの診療科
淀川キリスト教病院附属クリニックに属している。病院からクリニックへの移転に伴い、新たに心理療法センターを併設した。精神科医、臨床心理士の連携のもと、丁寧なカウンセリングが行われている。
高齢社会の進展で認知症の症例が増加しているそうだが、依然として気分障害、不安障害での受診も多い。

 
  <運営・経営方針>

◆ 伝道部
淀川キリスト教病院では毎朝礼拝が行われており、賛美歌を歌い、聖書を読んだ後に、クリスチャンである石田院長が聖書になじんだ講話をしている。聖路加国際病院の日野原重明理事長が「毎日、礼拝されているのはいいですね」とおっしゃったというが、これは伝道部の存在あってのことだろう。
そのほか、伝道部では病床訪問、カウンセリング、ホスピスお茶会など多彩な催しを行っている。またイースター礼拝やクリスマス礼拝など、祝会の存在も淀川キリスト教病院ならではであろう。


◆ 地域医療支援病院
開放型病床を100床有し、登録医も450人を数えている。登録医も大阪市内だけでなく、吹田市や豊中市など広範囲に点在していることも特徴である。そのため2005年末での紹介率は64%、逆紹介率も40%と高い水準を誇る。
さらに平均在院日数も本院では12日と急性期病院としては十分の実績を持つ。淀川キリスト教病院では、MSWの設置が早く、平均在院日数の短縮には大きな力となっている。
「私どもでは週1回モーニングラウンドと呼ばれるカンファレンスを行っています。英語で回診し、その後プレゼンを行うというものですが、そういった場を設けることで、医師の意識も変わってきたように思います。」

◆ 国際交流
石田院長が「キリスト教のミッションの一つに、豊かになれば、それを還元し、周りを助けていかなくてはいけないというものがあります」と話すように、淀川キリスト教病院では早い時期から国際交流を進めてきた。1959年に当時のビルマから研修医を受け入れたことを皮切りに、バングラディシュ、ネパール、フィリピンの医師も研修を行っている。
先述の交換輸血に関しては、その後、淀川キリスト教病院での手法が台湾に広がっていったという。現在も台湾の馬偕紀念病院、彰化基督教病院、埔里基督教病院と姉妹病院として提携している。2004年に埔里地方を襲った集中豪雨に際しては、石田院長以下、スタッフ6人が被災地救援活動に赴いた。
さらに韓国の光州基督教病院、全州基督教病院、麗水再活病院とも姉妹病院の調印を行い、交換留学など人事交流を活発に行っている。

◆ 今後の展望
私どもは経営上手であるとは言えませんが、経営に走ってしまい、本来の医療を見失ってしまってはいけません。これからもキリスト教精神を守った医療を行っていきたいと考えています。それで経営がうまくいかなくなってしまったとしても、それが神様の御心であるならば、受け入れなくてはいけないでしょう。患者さんの顔を見て、基本的なことを中心に行う医療が一番だと考えています。
 
  <求人情報>

淀川キリスト教病院の求人情報は                       
こちらまで                       

 
  <アクセス補足>

 

阪急京都線、千里線 淡路駅 西口より 徒歩7分
東海道新幹線、JR京都線、地下鉄御堂筋線 新大阪駅 より 車で5分 

  

2006.07.01 掲載 (C)LinkStaff

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