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地域に根ざしたコンビニ病院を目指して
医療法人 恵光会 原病院

 恵光会原病院は福岡市の南、西鉄大牟田線高宮駅からバスで数分の緑豊かな住宅街にある。 病床数220床、久原理事長が副院長として着任された2001年以降、病床の整理を行い、入院患者の状況に合わせた機能別病床編成に変更する傍ら、介護・老人関連の施設の拡充に努めてきた。いわば、病床区分を自院の環境に合わせて「最適化」してきた一方で、リハビリ機能や高度な医療機器を整備するなど、質の向上への取り組みも怠っていない。 今回は、久原伊知郎理事長にお話を伺った。
久原伊知郎理事長は1961年に生まれ、1989年久留米大学卒業後、第3内科に入局した、その後は、専門科目である循環器科医として下関市立中央病院、公立八女総合病院で不整脈を専門に、カテーテルアブレーションやペースメーカー等の多くの症例を診られてきた。 1993年に久留米大学に戻られ、第3内科助手、高度救命センターCCUスタッフ、病棟医長、循環器教育主任を経て、2001年に恵光会 原病院 副院長、2003年に理事長に就任され、現在に至る。


久原伊知郎 理事長
  <病院の沿革>

 医療法人恵光会原病院の歴史は50年前、初代院長 原寛氏により、昭和29年南区若久の現在の地に設立された。まだ日本が、戦後復興の真っ只中にあり、結核が国民病とされた当時のこのあたりと言えば、1日に数回しかバスが通わず、夜ともなれば漆黒の闇が包む山の中で、民家もまばらであった。
結核が不治の病であった当時、原病院も「高原サナトリウム」よろしく、結核療養所としての意義が強かった。後の昭和35年、福岡市で国民健康保険事業がスタート、翌36年医学部を卒業し、医局で研修していた原敬二郎(現会長)が診療を担当するようになり、医療の現場にも新風が吹き込んだ。


病院外観
日本の高度経済成長が始まった時期と同じくして、原病院も急成長の波に乗り、結核療養所としての役割を終え、本格的な地域医療への取り組みに着手、ベッド数を37床に増床し、患者の受け入れ体制を整えた。やがて昭和60年代を迎え、日本の長寿・高齢化はますます加速した。こうした時代の趨勢に応え、昭和63年7月、原病院は病床一般220床体制を確立した。原病院にとって大きな経営的な変革がおこなわれたのは2003年からである。久原伊知郎氏が理事長に就任し、「心やすらぐ本当の医療、看護、介護とは何か」を旗印に、久原理事長による病院改革は堰を切ったように始まった。2000年の介護保険スタート時点における原病院の病床編成は、一般病床56床、医療保険適用療養病床110床、介護保険適用療養病床54床という内訳であった。
2003年、医療保険適用療養病床の28床を特定疾患療養病棟Ⅰ(意識障害、難病患者等が対象)に、24床を同Ⅱ(Ⅰの対象以外の重度の肢体不自由者等を対象)に転換した。さらに、残りの医療保険適用療養病床58床において、特殊疾患入院施設管理加算取得の認可を得、特殊疾患療養病棟を統合し、52床の特殊疾患療養病棟Ⅰにした。
 また同年、理学療法(Ⅱ)を取得、漢方専門「原クリニック」を分離、開放型病院の登録も行い、地域との連携体制を強め。2004年2月には、医療機能評価も取得し、同年5月には「亜急性期入院医療管理料」の算定に至った。 標榜科目:内科・整形外科・循環器科・消化器科・呼吸器科・心療内科・リハビリテーション科・歯科口腔外科・糖尿病内科
  <病院の特徴>
◆ 亜急性期導入へ
病院では2004年診療報酬改定の目玉である亜急性期入院医療管理料を取得した。転換されたのは一般病床のうち5床である。亜急性期入院医療管理料を算定する条件として、看護配置が2.5:1が求められる。当時入院基本料Ⅱ郡3(看護配置3:1)である原病院が亜急性期を算定できたのは、「傾斜配置」の活用によるものであった。この傾斜配置とは、亜急性期を算定する病棟のみ2.5:1配置にすればよく、しかも一般病床全体で従来のままの人員数(ここでは3:1)であればよいというルールである。(現在は入院基本料Ⅰ郡Ⅱ{2.5:1}) 原病院では、わずか5床を亜急性期に転換しただけで、一般病床全体の平均在院日数の短縮が図られ、収入的にもプラスとなったのである。
◆ 地域に根ざしたコンビニ病院を目指して
「コンビニ病院とは急性期、リハビリ、介護など小規模多機能が存在し、治療や診断が迅速に行われる病院である」というのが久原理事長のポリシーである。その実現に向けた病院増改築プランが実行された。小規模多機能が存在する病院とするために、集中治療室、緩和ケア病棟、回復期リハビリ病棟、血管造影室や手術室、透析センター、高圧酸素治療、MRI、歯科の増設、さらに介護部門の強化として、病院に併設している有料老人ホーム、グループホーム、ショートステイ専用病棟に加えて、老健施設または特別養護老人ホームの建設を予定している。

◆ 原病院に見るマネージメントのポイント
短期間でこれだけの病院改革を成し遂げた久原理事長の行動力は、さながら日産のゴーン氏を彷彿とさせる。共通点をあげるとするならば、チーム体制で改革にあたったことである。さらに自らの経営環境を的確に判断し、機能の最適化を図ったこと、高齢化社会を見据え、医療と介護の連携を図りつつ、介護サービスを拡充して行ったことがあげられる。「決算書の読み方から勉強した」という久原理事長の経営への姿勢、熱意を非常に感じられる。

  <運営・経営方針>
◆ 地域ニーズに合った医療提供へ
「私は着任まで、ずっと臨床医でありました。大学や公的病院の循環器内科を歴任し、 臨床や研究に携わってきたわけです。着任以来行ってきた改革は、(自分のしたい医療を行うため)と言えます。」それはもちろん独りよがりのものではなく、「地域の方に必要とされる医療を提供すること」とは何であるかを真剣に考え、それに対して理事長自身が出した結論を、忠実に実行しようとしてきた結果であった。
◆ 「できる」医療から、「したい」医療へ
それぞれの職種の人間が、結局は自らの職業を誠実にまっとうすることしか出来ないように、医師は医師以外であることは出来ない。すなわち医師は本能的に「よりよい医療を提供したい」という考えをもっているものである。しかし、それには経営学的な数字の裏打ちが必要であり、「医者が出来る環境」を自分で作っていくことが経営者が行うべきことであると理事長は考える。環境をより良くしてサービスを向上させるためには、それを可能にするだけの売り上げが必要である。その結果行う「したい医療」がすべてうまくいくかはまた別問題である。「それが出来れば、少なくとも自分のなかに悔いは残りません」と久原理事は語る。
◆ 研修投資によるモチベーション維持
原病院の基本理念に「当院は病める方のために存在し」と掲げられている。これは至極当たり前のことであるが、当たり前のことも明文化しないと忘れるものである。現在、もっとも大きな課題はスタッフのモチベーションをいかに維持していくかだと聞いた。 「スタッフに、現場で色々なことを検討し、実行できる体制を整えた結果、それぞれに勉強会を開いたり新しいことに挑戦したりと、期待をはるかに上回る結果をあげてくれました。この、皆が常に上を向いて、前を向いて歩いていける状態を維持することに一番気をつけています。」と理事長は語る。今経費のなかでも最も重点的に配分されているのが研修費で、例えばナースが研修へ行きたいといった場合などは、全て許可して、積極的に応援している。
◆ 今後の展望  ~人同士の交流が出来るスタッフ確保~
原病院では、65歳定年制を採用している。これは、調査の結果、長くいるスタッフの方が病院への帰属意識が高く、質が良いことがわかったためである。地方都市では、昔ながらの「村社会」的なものが残っていて、ここではそれが良い形で反映されている。 「医療スタッフと患者という関係であっても、それを超える人同士の交流ができることは素晴らしいことですし、ベテランのスタッフはそれを可能にしてくれているのです。」 「目指せ、コンビニ病院」を経営のモットーに掲げて、その言葉通りに、地域の方のニーズに合った医療や介護をいつでも手軽に利用できる病院でありたいというのが、理事長の考えである。また、「私は経営者でもありますが、一人の医師でもあるわけです。診療報酬改定など、日本の医療システムが変わりつつある中、医療が有料ボランティア化しつつあります。個人的に「一医専心」というのが今年のテーマでして、一人の医師として医療に専心するということも忘れずにいたいですね。」という言葉を最後にいただいた。
  <病院の理念>

◆ 病院の理念
 敬 天 愛 人
当院は、病める人のために存在し、
患者様中心の治療、療養を行う。
進歩の為の勉学、研纉を続け、
公共性を重視し地域に貢献を図る。


  <アクセス補足>
[天神よりバスをご利用の方]
   
大丸デパート前の4C乗場60番、61番で約30分。
   
161急行。 緑園前下車 徒歩5分。
[博多駅よりバスをご利用の方]
   
郵便局前の1D乗場66番で約30分。緑園前下車 徒歩5分。
   
西鉄バスホームページへ(時刻表検索)】
[西鉄電車をご利用の方]
   
西鉄大牟田線高宮駅下車。野間4ッ角よりバス乗場60番、61番、66番に乗車。
   
緑園前下車 徒歩5分。
   
西鉄電車ホームページへ(時刻表検索)】


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2006.03.01掲載 (C)LinkStaff

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