HOSPITAL INFO

バックナンバーはコチラ

62


独立型の三次救急医療施設として「救命都市 高槻」を牽引する
大阪府三島救命救急センター

 救急医療は母体の病院と併設される形で行われているのが一般的である。いわゆる「ER型」と呼ばれるもので、初期治療だけを救急センターで行い、その後を本院に託す。一方、大阪府三島救命救急センターは全国でも大変珍しい「独立型」であり、一般外来を持たない。
 外来患者は全て紹介か、救急車での搬送によるもので、救命を最優先としながら高度医療を行い専門的な領域もカバーする。救急医療システムは経済的にも人的にも高い効率性が求められながらも、多くの人材と時間というコストを保証されないと維持していくことが難しく、不採算になりがちであると言われている。しかし、大阪府三島救命救急センターでは1985年の開設以来たゆまぬ経営努力を続けた結果、2004年度には累積赤字を解消し、独立型救急センターとしての成功例を提示している。
 今回は秋元寛所長にお話を伺った。


秋元 寛 所長
 秋元寛所長は1958年に大阪市で生まれ、1983年に大阪医科大学を卒業した。卒業後、国立療養所松戸病院(現 国立がんセンター東病院)、大阪府三島救命救急センターで研修を行う。その後、大阪医科大学一般消化器外科研究室で肝臓疾患の研究に取り組み、フランスのパリ南大学ポールブルス病院に肝移植の研究のため留学する。帰国後、大阪医科大学一般消化器外科教室を経て、1995年に大阪府三島救命救急センターに転任となった。2007年に所長となり、現在に至る。


  <病院の沿革>

 1962年6月から高槻市と三島郡島本町で、在宅輪番制による内科・小児科の休日昼間帯の診療が開始された。1971年に高槻市医師会館に休日診療所が設置され、在宅輪番制から固定式に変更される。この頃、救急医療体制を整備し、救急医療活動の万全を期す目的で、高槻市医師会、大阪医科大学、高槻赤十字病院、市議会代表、各種の住民団体代表、行政側の代表で救急医療対策協議会が発足する。これを受けて、1973年に高槻島本夜間休日応急診療所を開設した。診療科目は内科、小児科、外科であった。翌年には財団法人高槻島本救急医療センターが発足し、診療所の運営を高槻市から委託される。1978年に高槻島本夜間休日診療所が現在地(高槻市南芥川町)に移転し、休日昼間帯に歯科の診療が加わった。


病院外観
 1984年に運営母体が財団法人大阪府三島救急医療センターに名称変更し、1985年に大阪府三島救命救急センターが開設された。高槻島本夜間休日診療所の隣地である。 秋元所長は「この場所はJR高槻駅からも阪急高槻市駅からも近く、高槻市の中心部と言える場所です。茨木市、枚方市からのアクセスもよく、幹線道路にも面していますし、救急車での搬送を考えますと最適なのではないでしょうか」と話す。
 ベッド数はICU8床を含む41床で、現在も変わっていない。医師は田邉治之初代所長以下12名で、脳外科、胸部外科、一般外科、整形外科、麻酔科、内科の「混成部隊」であったという。そこで、大阪府三島救命救急センターでは疾患別救急を主体にした受け入れ体制を取ることにした。従来の救命蘇生のみを優先する体制では救命蘇生後の社会復帰に対して不十分になってしまう。急性期での専門治療をどの程度徹底できるかが肝要であり、また急性期を過ぎた患者さんの受け入れを含めた環境の整備を行っていかなくてはいけない。
 大阪府三島救命救急センターでは、そういった「先を見据えた」医療を提供し、地域からの信頼を勝ち取ってきた。1987年には大阪医科大学の臨床研修施設に指定され、臨床研修が必修化された現在では、大阪医科大学附属病院、高槻赤十字病院の協力型病院として教育にも傾注し、救急医療を志す全国の研修医から注目を集める存在である。また2003年には、高槻市富田町に「ひかり診療所」を開設し、プライマリケアを中心とした地域医療へと裾野を広げている。 


  <病院の特徴>

◆ 充実の救急医療

 大阪府三島救命救急センターの核となるところが「初期治療室」である。全ての患者がここに運ばれ、ある程度の治療と診断をつけられる。心筋梗塞の場合であれば、血管造影までをここで行っている。大量の出血などでは手術室へ運ぶ前に開腹や開胸などの手術を行えるようにもなっている。
 手術室は2室あるが、緊急の場合を想定し、1室は常に空けておくようになっている。2004年度は入院患者が996人であり、その約半分が手術対象患者であり、なおかつ手術件数に占める緊急手術の比率も65%と高い水準にあることから、2室同時に稼動していることが珍しくない。
 ICUには8床を有する。スタッフが動きやすいように、ベッドとベッドの間隔を広く取っている。どの病院でもICUはモニター類や点滴の器具などが多く、雑然とした印象であるが、大阪府三島救命救急センターでは「できるだけ簡素な管理を」という目標のもと、点滴から経腸栄養に切り替えることにした。点滴からももちろん栄養は摂取できるが、腸を使うことで免疫力が高まり、早い回復が実現できるからである。また感染症も予防できる。この措置により治療成績が向上しただけでなく、点滴にかかっていた年間約2億円ものコストの削減にもつながったという。

◆ 循環器科

 開設当初、外来患者の割合は外傷が4割、疾患が6割であったが、最近では飲酒運転などの交通取り締まりの強化もあり、交通事故での外傷患者の搬送が減ってきている。一方、高齢化社会の進展から疾患患者の割合が増加し、現在の比率は外傷が3割、疾患が7割と推移している。疾患で多いのが、脳血管障害、冠動脈疾患などである。
 「くも膜下出血でも普通では手術しないような大きな出血のときも私どもでは体温を下げて、脳の腫れを取るような保護をしながら手術しています。このようにすると術後1週間での脳のダメージが小さくなります。結果として治療成績も向上しているようです」
 心筋梗塞も年間130例を数える。このため、アンギオ装置を2台で、2人の患者さんに同時に行えるような体制をとっている。

◆ 整形外科

 開設以来、常に「手」を専門にした医師が常勤している。このため切断肢の症例が多く、2004年度には35例となっている。不全切断、完全切断ともに再接着術を行うケースが極めて多い。また修復を要する四肢軟部損傷では18例全例で損傷組織の縫合を行った。受傷原因はほとんどが労働災害であるが、これらの損傷は増加傾向にあり、受け入れる施設が少ないため、大阪市、堺市、兵庫県や京都府などからも広く集患している。


◆ プレホスピタルケア

 一階には高槻市消防本部の救急ステーションがあり、出動指令が届くと、救急医と救急救命士が同乗して、所轄の救急隊と同時に出動できる態勢をとっている。いわゆる「ドクターカー」で、人工呼吸器、除細動器、人口心肺蘇生器なども搭載している。
 2006年10月からは24時間365日の終日運用がおこなわれ、ドクターカーの導入により、心肺停止した患者さんが社会復帰した例が出てくるなど効果は顕著に表れている。


ドクターカー
 「医師になって4、5年の女医さんが初めてドクターカーに乗って出動したことがあります。器官挿管、点滴、心臓マッサージと全てうまくいって、無事に心拍が再開した状態で病院に搬送されてきました。しかも、その患者さんは障害が残らず、社会復帰を果たしたのです。その女医さんは『本当は緊張したし、恐かった』と涙を流したそうです。この話が美談として伝わり、先日、高槻ケーブルテレビでドラマになったんですよ」

研修風景
 プレホスピタルケアでは救急救命士の役割が非常に大きい。大阪府三島救命救急センターでは救急救命士の質を高めるための研修施設となり、高槻市のみならず、枚方市、茨木市、摂津市などの消防本部からも救急救命士が研修に訪れている。また、医師が大阪府立消防学校、京都府立消防学校での講義も担当している。
 「以前は救急隊員といえば、患者さんを運んでくるだけといったイメージがありましたが、救急救命士の制度が発足してから本当にレベルが上がりましたね。彼らは鋭い観察力を持ち、細かく、きちんとしたアセスメントを取っています。病院に搬送した後も私どもの診断が出るまで、CTを覗いたりして『答え合わせ』をしていくんですね。ドクターカーの中でも非常に頼もしい存在です。『早く器官挿管して下さい』などと指示されることもありますよ(笑)」
 年に2回の救急隊員勉強会もプレホスピタルの重要な位置づけの一つである。医師が講義し、救急隊員は症例発表を行う。昨今「メディカルコントロール」の必要性が認識されている。救急救命士の活動が医学的に正しかったのかどうか、医師が事後検証しようというものだ。救急救命士の活動を1例ずつ医師が検討し、改善すべき点を本人にフィードバックしている。

◆ 救命都市高槻キャンペーン

 救急救命士が患者に接触するまで平均で6分を要していることから、救命率の大幅な改善には一般市民を対象としたAED(自動体外式除細動器)の使用に積極的に取り組まなくてはいけないとの考えから、2003年に一般市民にもAEDを用いての除細動が許可された。
 高槻市では安心安全の街づくりとAEDの設置を推進している。 救命都市高槻キャンペーンではAEDと心肺蘇生法を高槻市民へ告知する活動を行い、大阪府三島救命救急センターもこれに協賛している。先日行われた「心臓発作で倒れたら―心脳蘇生とAEDの使い方―」をテーマにした講習会では多くの市民が参加した。このような啓蒙活動への取り組みは今後一層進められるという。
 


講習会風景

  <運営・経営方針>

◆ 赤字からの脱却

 大阪府三島救命救急センターの運営母体は財団法人大阪府三島救急医療センターである。医業収入に加えて、一般運営補助として高槻市、島本町、大阪府からの助成を受けている。救命救急医療は公共財としての側面が大きく黒字化は困難であるが、2004年度には累積赤字の解消を実現した。
 「職員全員がコスト意識を持ち始めたことが大きいですね。同じ性能であれば安い機器を購入するとか、無駄な検査を省くとか、薬の見直しであるとか、そういうチェックを皆で行っています。お金をかけるべきところと、そうでないところをきちんと見極めないといけませんね」
 救急病院ではもともと在院日数は短いが、大阪府三島救命救急センターでは患者搬入を断らないためにもベッドの確保に注力する。心筋梗塞や大動脈乖離などではクリティカルパスを導入し、治療の流れを平準化している。また転院先へのアプローチも丁寧に行う。連携先としては高槻病院、みどりヶ丘病院といった近隣の二次救急病院が挙げられる。


◆ 臨床研修指定病院

 救急医は「最後の砦」と言われるように、その指導、育成は非常に難しい。大阪府三島救命救急センターでは現在、大阪医科大学附属病院から9人、高槻赤十字病院から1人の研修医を迎えて、指導に当たっている。
 「最後の砦として、広い範囲を診ることができるというのは必須条件ですが、それに加えて高度なことまでカバーできるようにというのはありえません。私どもでは『一つ得意なことを持て』と言っています。救急医のほかにサブスペシャリティーとして一つの専門医を持つわけです。したがって専門性を持っていない医師がジェネラルな救急を学ぶとなると、少し辛い研修になるかもしれません。しかし、ある程度の専門性がある3年目以上の医師には面白い環境だと言えますね」
 医長クラスは皆、救急以外の専門医を持ち、「週1回の研修日」には、それぞれの専門を生かせる病院で診療に当たっている。こういった定型的なトレーニングをし、サブスペシャリティーのスキルを磨いておくことが、救急医としての診療に役立つというわけだ。
大阪府三島救命救急センターには医局の壁がなく、医師は全て一つの医局に所属し、談論風発の雰囲気である。こういった環境から枠に捉われない新しい発想が生まれ、全国から注目される施設になっていったのだと秋元所長は分析している。


◆ 今後の展望

 AED普及活動のように市民を巻き込んでの啓蒙活動も行っていきたいです。
さらには「救急医療のIT化」を目指し、遠隔診断など「最後の砦」にふさわしい体制にできればと考えています。まずはホームページを充実させて、情報発信できるセンターでありたいですね。「どんな患者も断らず、しかも高度医療を提供でき、周りの病院からの医療相談も受けられる」存在が理想です。
  <病院の理念>

◆病院の理念
All for Patients(すべては患者さんのために)

【基本方針】
高度救命:救命救急を中心とした安全で高度な医療を提供する
地域貢献:三島地域(高槻市、茨木市、摂津市、島本町)の医療向上のため貢献する
臨床研修:社会使命を自覚し学術・技術の研鑽を行う臨床研修施設を提供する


【基本目標】
断らない:当センターの医療を必要とする患者を断らない風土づくり
環境整備:やりがいを持って働ける職場づくり
安定運営:安定した経営で将来計画が描ける事業運営を行う
新病院計画:病院前救護の充実と広域化を目指した新病院建設
専門家集団:単独型救命救急センターならではの専門家集団による救命医療


  <アクセス補足>

JR京都線 高槻駅より徒歩7分
阪急京都線 高槻市駅より徒歩13分


地図拡大


2006.02.01 掲載 (C)LinkStaff

バックナンバーはコチラ