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青年医師よ、ワガママな情熱を医療に
大和徳洲会病院

「ワガママな医者に来てもらいたいんです。受け身のイエスマンはいらない」
 大和徳洲会病院・寺田康院長は言う。
「より良い医療への情熱がベースなら、どんな要求をしてくれてもいい。患者さんに役立つ病院にしようと思えば、現場の医師が主張を持つのは当然でしょう。私たちも、医師の情熱を全力でバックアップするつもりです」

「地域ナンバーワンの中核病院」を目指す同院は、神奈川県大和市の医療を日々牽引しており、外来患者の1日平均は約750人、手術数は全科あわせて年間3000件を超える。また手術のうち約1000件が日帰り手術と、低侵襲手術をモットーとする。高気圧酸素治療法や、ロボットを用いた内視鏡手術など、高度先進医療の実践でも知られている。
「患者を待つだけでなく、病院自ら地域へ出て行く医療」を行動指針とし、健康講座や相談会を意欲的に開催するなど、地域へ能動的に働きかける医療を推進中だ。


寺田 康 院長
白衣での臨戦態勢を、徳田理事長が熱く見守る

 寺田院長は1956年三重県生まれ。1982年、筑波大学医学専門学群卒業。その後、同大付属病院医員のほか、東京女子医科大、三井記念病院などでの勤務を経て、1997年、筑波大学助教授(臨床医学系)。2002年に大和徳洲会病院院長に就任、現在に至る。
 医師としては、日本外科学会会員・認定医・指導医、日本胸部外科学会会員・指導医・評議員、日本心臓血管外科学会会員・専門医、日本人工臓器学会会員、日本心臓ペーシング・電気生理学会会員・評議員の資格を有する。


  <病院の沿革> ―― 早期回復に万全の体制! ――
 1981年、徳洲会グループが9番目の病院として開院。神奈川県の中央部、人口22万の大和市に白羽の矢が立った。新宿まで40分(小田急線)、横浜まで20分(相鉄本線)と交通面でも条件が良い同市を、徳洲会は関東進出の切り札と位置づけた。

病院外観

 立地に恵まれている一方、大学病院が多い激戦区でもあり、同院はより住民に歩み寄った医療の展開で他院との差別化を図っている。訪問看護などはその最たるもので、看護師が在宅の患者を定期訪問でチェックし、医師ら病院スタッフが必要に応じて対応するシステムが確立されている。
病床は現在267床で、全てが急性期である。早期回復をモットーとし、平均在院日数は11日と短いが、最新設備の導入による効果が極めて大きい。例えば内視鏡下手術では手術支援ロボットを用いるなど、患者の肉体的ダメージを最小限に抑えることで入院日数の短縮につなげているのである

 
  <病院の特徴> ―― ハイテクが支えるスピード医療 ――

◆手術は年間3000件、うち1000件は日帰り!

 同院の大和市における格別の存在感は、患者数を示すだけで十分理解してもらえるだろう。外来患者は1日平均で約750人もが訪れる。大和市の人口22万から見ても、これは驚異的な数字であろう。科目数の多さもさることながら、後述する地域密着の医療体制が住民の信頼を勝ち得ている証明と言える。また厚木米軍基地に近い同院には外国人の患者も多く訪れるが、国際感覚あふれるスタッフが手際よく親切に対応している。
 手術数も年間約3000件と多く、昨年8月などは一月で270件にものぼった。だが同院の手術室は現在4つと手術件数から見れば少なく、手術室はフル稼働となる。執刀する医師には施術の正確さはもちろん、スピードも求められる。


日帰り手術はきめ細かいフォローを準備

 また同院は「日帰り手術」も大きな売り物にしている。手術のうち約30%が日帰り手術で年間約1000件、1997年以来の累計は16000件を超える(2005年10月末現在)。日帰り手術は肉体的負担の軽減はもちろん、入院がないことで費用も安く済み、患者には大好評である。
 その一方で病院側には様々な配慮が必要となる。日帰り手術の円滑な実施のため、同院は専門部署として「日帰り手術センター」を設けている。ここでは専任の看護師(ケア・コーディネーター)が、インフォームドコンセントから退院時のオリエンテーション、さらには電話による術後フォローまで、一貫したサポートをきめ細かく行って患者のケアに万全を期している。


日本初のイソップによる手術
(執刀は産婦人科・柴田医師)

◆日本初のロボット手術!

 通常の手術であれ日帰り手術であれ、スピードが求められるのは共通だ。そこで活躍するのが、内視鏡下手術支援ロボット「AESOP(イソップ)3000」である。
 コンピューター制御の内視鏡スコープは約350の言葉を音声で認識でき、術者は声によって自由にコントロールできる。手間が省けるのはもちろん、手動のような狂いやブレがないのが大きな強みだ。執刀医はより安定した視野を確保できるため、スピーディーで効率の良い手術が可能となる。
 同院はイソップを用いた手術を日本で初めて行った(2001年4月)、いわばロボット手術のパイオニア的存在である。記念すべき手術を執刀した産婦人科の柴田哲生医師は「こんなに頼りになるとは。緊急時でも大丈夫だ」と驚きを語った。

◆ベッカムと同じ治療も実現

 手術ロボットのみならず、同院は様々な機器を駆使して高度医療を実現している。その一つが「ENTEC(高周波凝固装置)コブレターサージェリーシステム」を用いた、低温電気メスでの手術である。
 従来の電気メスは高温なため、患部に熱損傷を与えてしまうデメリットがあった。しかし同システムではより低温(40~70℃)での切除が可能となり、患者のダメージを最小限にとどめることができる。この低温電気メスが、耳鼻咽喉科の日帰り手術(アレルギー性鼻炎、肥厚性鼻炎、単純いびき症、扁桃炎など)を支えているのである。
 また「高気圧酸素治療法」も見逃せない。気圧を高めた装置内に患者を収容し、多量の酸素を供給する。それによって疲労や怪我の早期回復をはじめとする多くの効果をもたらすものである。
 この治療法はサッカーイングランド代表のデービッド・ベッカム選手が愛用していることでも知られる。彼が2002年日韓ワールドカップ直前に骨折した際、驚異的な回復を遂げて出場を果たしたことは記憶に新しいが、ここでも高気圧酸素治療法が活躍していたのである。

 
  <運営・経営方針> ―― 地域へ歩み寄り、いつも人々のそばに ――

◆患者視点の医療とコスト感覚

 年中無休・24時間オープンの体制で、「いつ、なんどき、どんな病気でも診る」ことを絶対的使命に掲げる。また同時にスピーディーな対応も徹底されている。例えば普通の病院が検査を行うと、患者に結果が伝わるまで一週間、二週間とかかるのは当たり前だ。しかしこれではいけないと寺田院長は言う。
「患者さんにとって、検査結果が出ないまま延々待たされるほど辛いことはありません。その日のうちに結果をお伝えできるよう、最大限の努力をしています」
 また金銭面についても、患者の視点を重視していきたいという。
「特に最近、患者さんがよくお金のことをお尋ねになるんです。このお薬を出します、この検査をしますと言うと、『いくらかかるの?』『○万円以内に抑えてくれないか』と。昔よりも費用について敏感になっています。医師の側もコスト感覚を持って臨まないと、真に患者さんのためになる医療はできないと思いますね」
 前述の日帰り手術などは入院費が不要なため、費用は通常手術の6~7割で済む。コスト面から見ても患者のニーズにかなっている。

◆「地域へ出て行く医療」へ

「地域密着」を掲げる医療機関は多くあるが、ややもすれば理念だけが一人歩きすることも多い。その点、大和徳洲会病院のスタンスは極めて鮮明だ。それは「地域へ出て行く医療」―――つまり病院自ら市民に歩み寄る医療の推進である。
 具体的な取り組みの第一が、健康講座&相談会(すべて無料)だ。月に20回以上が開催され、講座は医療のあらゆる分野を扱っている。生活習慣病への対策やガンについての知識など、最新の情報を広く市民に伝えることで、予防医療の推進・疾患の早期発見に力を尽くしている。
 第二に、訪問看護が挙げられる。専任の看護師を3人配置し、在宅療養中の患者を定期的に訪問して状態を把握する。そうして必要に応じて医師(往診)、薬剤師(服用指導)、療法士(リハビリ訓練)が訪問し、適切な治療・サポートを行うのである。


「健康講座」院長自らも丁寧に指導

 同院の医療をより広くアピールするために、病院広報も発行されている(月一回)。ところで、この広報紙には小さな美談がある。当初は病院が発行し、新聞に折り込んで市民に配布していた。ところが保健所から以後は控えるように指摘を受けたのである。新聞への折り込みが医師法に抵触する恐れがあるというのだ。
病院側は新聞を通じての配布は断念しようとしたが、ここで同院の患者の会(湘南健康友の会)が立ち上がった。「私たちは大和徳洲会の情報を知りたいし、より多くの市民にこの病院の良さを知ってもらいたい。病院が発行するのが駄目なら、私たちが出そうじゃないか」
大和徳洲会病院を支えたいという彼らの熱意によって、発行者は病院から患者の会に代わり、新聞での折り込み配布も可能となったのである。現在発行部数は7万部に到り、大和市の世帯の8割近くに行き渡っている。

 
  <求める医師像>  ―― 志ある「ワガママ」を ――

志ある医師よ、来たれ

◆若い医師の理想を支援

 同院にとっても医師の確保は課題であるが、寺田院長は特に若い医師を歓迎する。
「若い人がいないと組織全体が保守化して、柔軟性を失ってしまいます。何より私たちが求めているのは、ワガママな医師ですね」
 意外な言葉である。院長は続けた。
「志あるワガママを、という意味です。目的意識を持った人が欲しい。理想の医療を実現しようとすれば、病院に要求したいこともたくさん出てくるはず。設備やシステム、あるいは配属について、どんな無理な要求をしてくれても良いんです。すべてを叶えられるかは分からないが、全力でバックアップすることを約束する」

 事実、若手医師による新しい試みは着々と進んでいる。「整形外科と麻酔科の医師が『アンチエイジング医療をやりたい』というので研修に行かせ、抗加齢学会認定医などの資格を取ってもらいました。彼らは現在、『若返り外来』というのを企画しています。寝たきりや骨粗しょう症への対策など、お年寄りのQOL向上に意欲を燃やしていて、病院側も可能な限り支援しています」
 自分のやりたいことを持ってきて欲しい―――医師の志を尊重したいとする寺田院長は、学会への出席・発表も大歓迎している。

◆大和から世界へ

 医師がその気になれば、国際的な活躍の場を提供できるのも同院の強みだ。その一つが災害医療である。
 徳洲会グループは「TDMAT」という災害医療体制を用意しており、大地震などの災害に応じて編成されたチームが、現場の最前線で活躍している。2004年12月末に発生した、インドネシア・スマトラ沖大地震の際もTDMATが現地に向かったが、この時は大和徳洲会病院からも4名が加わった。

 このうち、タイに派遣された杉田篤紀先生(当時同院外科に勤務)は、日々の病院業務では想像もできない環境で医療活動を行った。
「日中は連日30度を超える炎天下での活動でした。言葉は現地語しか通じませんから、意思の疎通も通訳を介さねばなりません」
 そればかりか、当初は病院の周辺ばかりか建物の中までゴミだらけで、まともに医療をできる環境ではなかった。医療活動以前に、活動の場を作ることから始めなければならなかったのだ。
「大変だったが、これからの自分にとって非常に有意義な活動だった」と杉田先生は振り返る。
 TDMATの他にも、徳洲会グループは
世界戦略を着実に進展させており、2006年にはブルガリアで病院開設を予定している。またアフリカのガボン共和国の病院建設を全面バックアップするなど、国際的な人的交流が飛躍的に拡大しつつある。大和から世界へ、医師の希望次第でステージは無限に広がっていくのだ。


災害医療でも大活躍
(写真は2005年10月のパキスタン大地震)

 
  <徳田イズムと地域密着> ―― 目指せ「赤提灯の焼き鳥屋」 ――

◆徳洲会の待遇って…?

 医療従事者が「徳洲会」と聞いたとき、労働条件の過酷さを連想してしまうのが、正直なところではないだろうか。その点を院長に話してもらった。
「ちょっと誤解されていますねぇ…。他の民間病院と比べると解りませんが、国公立の病院よりは働きやすい環境を整備できていると思っています。時間外呼び出しもほとんどありません。
 徳洲会設立当初は医師が足りなかったので、個々に長時間の労働が求められたのは事実でしょう。しかし今現在、よそより医師が少ないわけではないので、そこまで無理をさせる必要がないんです。医師の待遇に関しては、明らかに誤解されていると思いますね」


徳田虎雄 徳洲会理事長
寺田院長にとってかけがえのない師匠である

◆「実は私も誤解していた(笑)」(寺田院長)

 寺田院長自身、かつては徳洲会に対してあまり良い印象はなかったのだという。
「ガチガチの金儲け集団だと思っていたんです(笑)。でもいざ入ってみると、何でも言い合える自由な職場でした。皆が夢を持っていて、エネルギーにあふれています。ネットワークが広いのも強みですね。僻地医療をやりたいなら系列病院がいくらでもありますし、海外での活躍の場も提供できます。志を生かせるだけの、世界の広さがあるんです」

◆徳田理事長ってどんな人?―――無邪気な仁王様

 徳洲会グループを語る上で欠かせないのが、日本最後の豪傑とも言われる徳田虎雄理事長だ。同グループを一代で築き上げた彼は、患者本位の医療を大きく前進させた、立志伝中の人物である。妥協なき改革姿勢と猛烈なバイタリティーで、医師会を誰よりも恐れさせた男でもある。
 寺田院長の脳裏には、今も徳田理事長との出会いが鮮烈に焼きついている。

「出会った途端に真っ赤な顔をして、目玉をひんむいて、私を真っ向から睨みつけてきました。まばたきもせずに、20秒…30秒…。あの恐ろしいギョロ目は忘れられません(笑)」
 ようやく口を開いた徳田理事長は、圧倒される院長を尻目に大演説をスタート、機関銃のように持論をまくし立てた。話は徳洲会の目指す医療にはじまり、テーブルには日本地図が何枚も飛び交った。ついには世界に話が広がって地球儀が回りだす…。
「グルグル回る地球儀を見ていると、眩暈がしてきた」(寺田院長)その時、徳田理事長の仁王のような形相が一変、満面の笑みが浮かぶ。
「どや、一緒にやらんか?」
 子供のように無邪気な情熱が、強く強く心を打った。人生で最後の師匠に出会えたのかもしれない…久しく忘れていた熱い感情が、胸に込み上げる。

 気がつけば寺田院長は、徳洲会に入っていた。

目指せ「赤提灯の焼き鳥屋」

 徳田理事長の語録に、次のようなフレーズがある。

 努力、努力、また努力、無理な努力、無駄な努力、無茶苦茶な努力をして、初めて道は開ける。


――生命だけは平等だ(下)徳田虎雄第4巻 医療一揆編(道出版)より――

 寺田院長が推進する地域密着の病院作りにも、師の教えが忠実に生かされている。
 就任した2002年、1年間で名刺を3000枚配った。すぐに効果は上がらなかったが、院長は決して努力をあきらめず、大和徳洲会のアピールを続けた。 そうして2年目になってようやく苦労が実りはじめ、地域に根を張っていく手ごたえを感じるようになったのだという。
 院長は市民との触れ合いでも、草の根的なアピールを地道に続けている。
「スナックへ飲みに行くといろんな人と打ち解けられます。例えばカウンターの隣に、トイレが長いオジサマがいらっしゃる。
そこで『もしかしたら前立腺肥大かもしれないですよ。うちの健康講座を聞きに来ませんか?』とお話しする。そうやって大和徳洲会のご贔屓さんを増やしていくんです(笑)」
 一見途方もないような「地域密着」だが、地域への徹底した歩み寄
りが着実な成果をもたらすのだ。


「赤提灯の焼き鳥屋」目指し、スタッフの努力は続く

 病院らしからぬ親しみやすさ敷居の低さを感じさせる大和徳洲会病院。院長は究極の理想をこう話す。
「大学病院が五つ星の高級レストランなら、大和徳洲会は赤提灯の焼き鳥屋でありたい(笑)。そういう庶民的な病院こそが、地域の皆さんとのあたたかい絆を持つことができるのです。病院が偉そうにふんぞり返っていてはいけません。自ら歩み寄り、溶け込み、市民の皆さんと一体になりたいと思っています」
 市民に愛される「赤提灯の焼き鳥屋」目指し、大和徳洲会の前進は続く。

 


「イイ雰囲気の職場です♪」

◆ドクターひとことアピール
耳鼻咽喉科 米田律子先生


「徳洲会はキツイ、忙しいって言われるんですけど、よそと比べて特別キツイことはないと思いますね。当直もあまりありません。
 若いからって雑用ばかりさせられることもなく、何でも実地でさせてもらえます。特に大和徳洲会の場合、若手には担当の指導医がついてマンツーマンで教えてもらえるので、とことん学ぶことができます。人間関係の気づかいもいらなくて(笑)、やりやすい職場です」

 2002年関西医科大卒。同大医局、大阪八尾徳洲会病院を経て、2005年5月より大和徳洲会病院耳鼻咽喉科で勤務。趣味は空手(青帯)で、K-1で有名な角田信朗選手(正道会館)の熱血指導を受けたことも。

 
  <医療理念>

<理念>

生命を安心して預けられる病院
健康と生活を守る病院

<基本方針>

・一人一人に最善な医療を提供します
・適切な情報を提供し、十分な説明と同意に心がけます
・患者様のプライバシーを尊重します
・地域の医療・福祉施設との連携を密接にし皆様の健康な生活を守ります
・医療技術、診察態度の向上に、たえず努力します

<理念の実行方法>

1.年中無休・24時間オープン
2.入院保証金・総室(大部屋)の室料差額冷暖房費等一切無料
3.健康保険の3割負担金も困っている人には猶予する
4.生活資金の立替・供与をする
5.患者様からの贈り物は一切受け取らない
6.医療技術・診療態度の向上にたえず努力する

 
  <アクセス補足>

小田急線・相鉄線 大和駅下車 徒歩4分

 大和徳洲会病院の求人に関するお問い合わせは、

 弊社リンクスタッフ(03-3401-7277)までお願いいたします

2006.1.1掲載 (C)LinkStaff

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