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- 特定医療法人財団 健和会みさと健和病院 -
院長 松山公彦
 
<病院の沿革>

みさと健和病院は、千葉と東京に境を接する埼玉県の南端、三郷市にある。最寄り駅の松戸へは、バスで10分足らず。中川を渡れば、下町人情マンガでおなじみの亀有へも程近い。70年代後半には、ベッドタウンとして急速に人口が増加し、相対的病院過疎状態となっていた地域だ。
地元住民の要望を受け、256床で病院が開設されたのが1983年のこと。だが、健和会の発足は74年。さらにさかのぼれば、健和会の母体となる柳原診療所が、足立区に開設されたのが51年である。
「今やっていることも、柳原診療所で始まった取り組みが基本にあります」

病院の母体となった診療所が、診療所として活動を続けることはあまりない。しかし、健和会では事情が違う。
「地域医療を考えれば、病院だけではなく、患者さんに身近な診療所とのネットワークも大切ですから」

80年代、ほとんどの医療機関が「往診は引き合わない」と見切りをつけた時も、在宅医療への取り組みを続けた。
「柳原診療所の時から、慢性のコモン・ディディイーズをあつかうという理念がありました。そのためには、在宅医療、往診が必要です。充分なマンパワーを投入すれば、在宅できちんとケアできるというのは、当初からの考えでした。」

90年前後からは、さらに診療所や看護ステーションをふやし、94年には、病院群としては初めての、厚生省臨床研修指定を受けた。来年度からの卒後研修義務化をにらみ、実績を聞きつけた学生の見学はひきも切らない。
「良い医療のためには、良い医師を育てる必要がある。診療所時代からやってきたことが認められたのだと思います」

 
<病院の特徴>
卒後研修の内容にも、病院の特徴が見て取れる。病院での研修以外に、クリニックと在宅での研修が盛り込まれているのだ。
「政府の方針で、研修施設は急性期病院に限られています。そこで、慢性期に関心を持つ医師がどれだけ育つか、ちょっと心配ですね。ある程度バランスをとってゆかないとまずいと思うのです」

見学者の感想でも、在宅医療の体験ができたこと、現場で仕事する緊張と充実感を収穫として上げるものが多い。
「在宅医療をやる場合、その場でできる検査も限られてきますし、医師の本領が問われる場面が多い。人間としての基本的なコミュニケーション能力がないと、いくら手術や手当ての腕が良くても、その力を発揮できなかったりしますしね。
もちろん研修ですから、勉強に来るわけです。けれど、ただ見ていれば良いというものではない。実際に戦力としてやるべきことがある、期待されているという緊張感がないと、身につかないものがあると思います」

時代に先駆けた取り組みをしているだけに、独自の知見やノウハウも蓄積されている。それを公刊するための部署を持っているのも特徴だ。
「自分たちだけで独占していたのでは意味がありません。きちんと理論化・一般化して、みんなに伝わるようにすることも大切です。それに、発表の機会があれば、励みになりますからね」

 
<運営方針・経営理念>


病院の理念として、真っ先に上げられているのが「みんなで作る、みんなの病院」という合い言葉だ。しかし、経営基盤から運営・組織にいたるまで、一つの合い言葉がこれほど徹底している病院も珍しい。
「柳原診療所の開設にも、町内会が回覧を回してカンパを集めたりして、住民の力が大きかったのです。この病院も、友の会のみなさんが、建設協力債や借り入れ債で、資金的にも応援してくれている。これが大きい」

患者の自己負担という言葉はあるが、これは地域住民の自発的負担である。保健点数では引き合わなくても、住民が必要と考える医療なら、自ら資金を出して実現する道を開くものだ。
「皆さんが、みさと健和病院は自分たちの病院だと思ってくださる。資金を出すだけではなく、運営委員会や理事会はもちろん、事故があれば、その是正にも皆さんが参加します。何が必要か、どうすれば良いか、患者さんだけではなく、その家族やご近所のかたからも意見や注文、不満をぶつけてもらえるのです」

当然、医師側の意識も違ってくる。
「地域のために、患者のためにというと、まだ自分は与える側だという気分が残っているような気がします。むしろ、皆さんの中で、皆さんと一緒に、という感じですね」

支持されている病院だけに、外来の混雑はたいへんなものだったらしいが、
「今年、病院の向かいに、外来を引き受けるクリニックを作りました。おかげで病院内に多少のスペースができたので、救急受け入れの設備を拡充しているところです。回復期リハビリ病棟も作りましたが、急性期の機能はさらに充実させたい。
しかし、病院自体が全体に手狭で。アメニティを良くするためにも、移転するか、改築するか……これはまだ検討中です」

<病院の理念 >

みさと健和病院は、「みんなでつくる みんなの病院」を合言葉に、地域の人々と職員が知恵を出しあい、資金を集めて、1983年11月に開設した病院です。私たちはこの開設の理念を守り、育てるために、地域に開かれた病院でありたいと願い、思いやりのある一人ひとりを尊重した医療を提供するように努めてきました。ここに私たちのこれからの活動の目標として「病院憲章」を掲げます。

私たちは、患者さんを自ら病を克服する主人公として大切にします。

私たちは「笑顔」と「暖かい言葉」と「優しい目線」をモットーにします。

私たちは、医療は患者さんと医療者の共同の営みであると考えます。患者さんの生活や仕事のなかで病気を理解し、患者さんの自立とよりよい療養生活に向けて共に努力します。

私たちは、チーム医療を遂行し、良質で安全な医療の実践と療養環境の整備に努めます。

私たちは、患者さん一人ひとりが自分の病気について知る権利や、セカンドオピニオンを希望する意思を大切にします。病状をわかりやすい言葉とかわかりやすい方法で説明し、患者さんの納得のうえで治療をすすめます。

私たちは、患者さんのプライバシーに配慮します。病気の内容や経済的・社会的立場による差別がないように努力します。

私たちは、医療技術の向上に努め、医療システムや社会情勢について学習します。患者さんや地域の人々から学ぶ姿勢を忘れず、職員が互いに研鑽しあう関係を築き、医療者としての成長をこころがけます。

私たちは、地域の人々や、他の医療機関・関連機関と共に、保健・医療・福祉のネットワークつくりを進めます。社会保障や福祉の充実のために活動し、安心して住みつづけられるまちづくりをめざします。

私たちは病院憲章をつくるなかで、日本国憲法の理念である「永久平和」「人権尊重」「国民主権」「個人の尊重」の意味と大切さを学びました。これからも日本国憲法を学び、病院憲章の内容を、より豊かにし、発展させていきます。

 

2003.9.1掲載 (C)LinkStaff