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- 財団法人 脳血管研究所 美原記念病院 -
群馬県伊勢崎市
 
<病院の沿革>

美原記念病院へは、JR伊勢崎駅から車で5分ほど。市営の無料循環バスなら「やくしやま」バス停そばにある。この停留所は、地元住民の署名によって、つい最近設置されたものだ。

文部科学省の管轄になる、珍しい病院である。開業医であった美原博氏が、脳血管研究所を設立したのが昭和38年。翌39年に、脳卒中の専門病院として美原記念病院を開院している。脳卒中患者は動かすな、というのが常識だった時代、急性期の手術を積極的に行い、リハビリまでの一貫した医療を提供する、まさにパイオニアとしての出発だった。
その研究成果と治療実績は世界に知られ、日本中から患者が集まるほどになった。
「しかし、昭和56年に父(博氏)がなくなってから、次第に求心力がなくなり、病院全体が、ちょっと疲れてしまったのですね。手術をできる病院が、他にも増えたことも一因でしょう。僕が赴任してきた平成2年には、経営的にもひどい状態になっていました」

経営はガタガタ、人間関係は複雑、『世界の美原』のプライドゆえに、地元からは浮きあがっている。そんな状態から、どう立てなおすか。並々ならぬ苦労があったことは言うまでもない。個々の問題に対処療法を施していたなら、今日の姿はなかっただろう。美原記念病院の原点にこだわり、あるべき姿を見つめなおしたことが大きい。

 
 
<病院の特徴>
その第一は、脳血管研究所という出発点だ。
「現場の医療を進歩させるための勉強と研究を止めてしまったら、美原記念病院である意味はなくなります」

と、現院長の美原盤氏は語る。
「平成6年に改革の第一期マスタープランを立ち上げるまで、とりあえず、看護婦さん辞めないでください、というところから始めました。その間も、学会への発表は続けました」

これは、院長と医師だけではない。今では、看護士から事務方に至るまで徹底している。
「ボーナスでもインセンティブをつけますし、スタッフに支給する学会参加の交通費だけで、二千万円を超えています。それだけの価値はあると思っています」


 ペーパーを書いた経験のないスタッフも多かったが、院長自らゼミの指導教授の役割をも引き受けた。
「最初から国際学会に発表できるわけではありません。地方の学会から始めて、発表を続けさせるわけです。そして、勉強の成果は、実際に現場で役に立てないと意味がないと、いつも言いつづけています。
たとえば改築のときには、事務かたの人間に、病院建築について勉強してもらい、三回続けて発表してもらいました。すると、あの人は病院建築について良く知っていると、世の中に評価されるようになる。本人にも、プライドと自信、責任感が身につくんですね。必ず、現場の仕事に生きてくる」

研究のテーマは、それぞれのスタッフが直面する医療の現場で見つかる。
「たとえば、抑制廃止や褥瘡の防止です。現場で工夫して、その工夫が本当に良いものかどうか、効果があるのか、きちんとデータを取って評価することが研究になる。すると、やりっぱなしにしなくなる。ちゃんとフォローするようになり、ケアの質が上がるんです。今では、抑制も褥瘡も、あるほうがおかしいのだという意識です」

重要な勉強会があれば、スタッフを数人、まとめて送り出す。
「始めは一人づつ参加させていました。けれど、なかなか成果が出ない。現場に戻ったときに、浮いてしまうんですね。チームで勉強すると、はっきりと成果が出るのがわかります。意識も高くなって、地域のために世界レベルの医療を提供するのだという意気込みが出てきました」

 
<運営・経営方針>


 第二は、先代からの専門である脳卒中と、脊髄小脳変性省やパーキンソン病などの神経難病の専門病院として、急性期からリハビリまでの、一貫した先進医療を提供することだ。病床数の振り分けも、そこから逆算した。
「現在の病床数は189床ですが、この地域で必要とされる病床数を考えると、急性期用は100床でも多すぎる。一方、患者様を二週間で急性期病床から出すとすると、急性期一に対して回復期一の割合では、絶対に足りない。そこで、全体の4分の1、45床が急性期病床、回復期のリハビリ用が4分の2、神経難病などの特定疾患用が4分の1という割合にしました」

特定疾患病棟の役割は、何だろうか。
「老健には普通、神経科の専門医はいません。神経難病を持った方が老健でショートステイをしても、充分なケアが受けられる体制ではないのです。当院では、それができる。
しかし、ずっと入院してもらうのではなく、できるだけ地域やご自宅に戻して行く。在宅看護をしていらっしゃるかた、ご家族、当院のケースワーカーと医師が話し合い、協力して取り組んでいます」


ガンマナイフなど、最新医療機器の導入はもちろん、頚頭蓋磁気刺激など最新の治療法も、いち早くとり入れている。
「特に難病の場合、新しい治療法というのは、患者様にとって、希望の光になります。神経難病病棟は、いつでも入院できる、最後まで見捨てないという安心感のために、院内ギャラリーは、行事や社会への参加で生き甲斐をはぐくむ助けになればと作りました。希望、安心、生き甲斐の三つは、どの一つが欠けてもいけないと思うのです」

これはすでに、医療から人生のトータルケアへと踏み出しているようにも思える。しかし、難病に取り組む時には、難病と共に生きねばならない人の、人生そのものとかかわる覚悟が必要なのかもしれない。

 
<今後の課題>


 現在、急性期病棟の平均在院日数は14日。病床利用率は90%以上で、紹介率は30%以上だ。外来は平均150人程度と少ないが、これは、駅前にある美原診療所が担当していると考えれば納得できる。
「ISOの取得や人材の確保、ホームページの更新、音楽療法の研究。やりたいことはいくらでもあります。とりあえずは、もうすぐ病院機能評価の更新をしなければならないので、その準備ですね。改革のマスタープランもほぼ完了して、器と方針はできましたから、中身のソフトを充実させて行きたいと思っています」

 
私たち病院の理念
愛・和・学
患者様には愛情を持って接し、
スタッフ同士は互いに協力し、
自分自身はレベルアップのために学びつづけ、
地域の皆様により良い医療を。

2002.12.1掲載 (C)LinkStaff