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- 医療法人社団 創造会 平和台病院 -
千葉県我孫子市
 
<病院の沿革>

 千葉県我孫子市の西。印西市、茨城県利根町と近接する地に平成12年4月、新築移転したのが今回ご紹介する平和台病院だ。

開院は昭和61年7月。JR成田線・布佐駅から徒歩3分の位置に110床でスタートした。「学生時代に知り合ったドクター同士で『新しい病院を創ろう』と始めたのがきっかけです」と語る土井紀弘理事長は、鳥取大出身で京都大学麻酔科へ入局後、関西の病院で7年ほど経験を積み、この地へ来た。

元々、この地域は平和不動産が開発し、団地や分譲住宅を建設した土地だった。住民が増えれば医療機関も必要となる。病院の土地建物は不動産会社の所有だったが「当時、我々には目指す医療への想いはあったが資金がなかった。そこでこの話を受けました」。双方の希望が合致し、昭和61年に開院となった。

当初から「24時間エマージェンシー(24時間救急)」をスローガンとし、2次救急に取り組み地域医療を行ってきたが「この地域には診療所が多いわりに病院がなかったこともあって、外来・入院患者数共に予想を超えるほどだった」と嬉しい誤算となった。1日外来200人をあっさりとクリアし、その後も経営は順調に推移。基準を満たしていたこともあって、増床し130床とした。

共に病院立ち上げに携わった医師達も現在は近くで開業しており、病診連携をとるなど今もその関係は続いているという。平成9年には法人認可を受けた。

今回、新築移転したことについて「旧病院は現在の半分以下の広さしかなく、今後の基準を満たすことができない。また低金利時代ということもあり、このまま賃貸料を払い続けるのであれば、新築移転したほうが今後の状況にも対応できる」と第二の飛躍の時期を向かえたところだ。
 
<病院の特徴>

移転といっても通院・入院患者のことを考えると移転先も限られてくる。そこで隣の新木駅寄りにあった創造会の老健建設予定地に、資金のめどもついたこともあって病院本体ごとの移転を決めた。駅前だった旧病院と比べ、駅から歩いて10分ほどの距離にあるため、現在は2台の送迎バスで4ルートを巡回運行している。

平和台病院は介護老人保健施設「エスペーロ」、訪問看護ステーション・訪問介護ステーション「ふさ」を併設する医療・福祉複合施設「メディカルプラザ」として新たなスタートを切った。

従来の急性期医療に加えて、慢性期に移行した際のケアやリハビリなど包括的医療に対応する医療の広場=メディカルプラザを得て、医療・保健・福祉を地域にトータルに提供できる体制を整えた土井理事長。「15年前に現役だった世代が一線を退き、患者も高齢者の割合が多くなった。社会変化に対応することが地域に根ざした病院の努めです」

新病院は約3,000坪の敷地に地上5階、地下1階建てとなり、総床面積も約3,000坪。1人あたりの病室面積も4.3㎡から8㎡へとほぼ倍となった。「今後も基準は厳しくなるでしょうが、当分は大丈夫だと考えています」。300㎡の広さのリハビリテーションセンターにはPT6名、OT1名、ST1名、鍼灸師1名を配し、充実した設備も魅力だ。

受付には土井理事長の友人でもある彫刻家・岡本敦生氏のオブジェを配置し、院内のアクセントともなっている。他にも絵画を飾ることで「病院といえば殺風景なイメージがありますが、患者さんの評価は高い。機能優先も良いが、これからの病院はプラスアルファがないといけない」と患者サービスにも注意を払っている。

西に慈恵医大柏病院、東に日医大北総病院があり、平和台病院はその中間に位置する。各大学からは専門外来、当直など非常勤医の派遣も受けるなど関係も深く、病病連携も良好だ。

旧病院からの移動についてだが、陣頭指揮を執ったのは熱田昌弘事務長。かつて運輸関係に勤務をしていた経験が役立った。「物を運ぶのは慣れていましたが、人を運んだことはありませんからね(笑)。急変があってはならないので入院患者さんの移送には気を使いました」と振り返る。距離は2.5kmだが呼吸器をつけた患者もいる。慎重に計画を進め、分刻みのスケジュールを組み、1日で移送を完了したという。
 
<運営方針・経営理念>

今年に入って委員会制度を開始した。「上からの指示待ちでなく、個々の職員が自発的に考えて業務をしてもらいたい」という願いからだ。従来の組織を縦糸とすれば、横糸として各部署間での連携をとる。縦横で編み上げた組織は強固にして柔軟であるという発想だ。

その委員会も「サービス向上」「教育研修」「増収対策」など12に及ぶ。例えば「増収対策」委員会は、委員長が医事課長であることもあり、診療報酬面でのチェックが主となるが、医事課以外での各部署から参加することで全体のコスト削減を図る。
創造会は現在240名近い職員を擁し、お互いの名前と顔が一致することも少なくなった。委員会を設置し所属することで情報交換や問題点の洗い出しなど、成果が現れ始めているという。

しかし折角のアイデアも実行しなければ何もならない。「これは私の責任でもありますが、時間をかけねば解決できない案件もあります。しかし常に念頭に置いていれば、徐々に解決していけるものと思います」と土井理事長。スピードアップが今後の課題の一つといえる。

今年4月からは講師を医師・幹部職が担当する月2回のセミナーを始めた。自由参加だが、毎回平均80名前後の参加者がある。「まだ始めて間もないが、いずれは講師対象を一般職にも広げたい」と職員が発言する機会を設けていく方針だ。

今年度の目標に、一般職を対象とした職能給制度の導入を柱とした人事制度の刷新を挙げているが、加えて診療体制の充実も目指している。現在、常勤医が7名体制のため、各医師は外来、病棟、手術、在宅診療と多忙だ。少なくとも、あと2~3名の常勤医が欲しいところだ。「医療・福祉の複合施設といっても医療がしっかりしていないといけない」と考え「医療の重要な柱として救急医療には今後も力を入れていきたい。それらのためにも、ある程度の高額な医療機器の導入は致し方ない」と土井理事長。従来からあるMRI、CT、などに加え今秋ヘリカルCTを購入した。

地域とのかかわりについては「地域交流広報」委員会が中心となり、開院以来続けている「健康まつり」を開催し、健康知識の普及を図ってきた。常勤医や大学教授による講演会、テーマ展示や医療相談を始め、血圧測定、体脂肪測定など健康チェックを行い好評を得ている。「最近マスコミが医療関係記事を扱うことが多くなり、医療に関心を持たれる方が多くなりました」。と地域住民への配慮にも怠りがない。

土井理事長には実現を待つ案件が多い。「地域の方々をトータルに診たい。そのためにグループホームやケアハウス、メディカルフィットネス施設などの開設も検討していきたい。我孫子市との関係が良好なので、行政との協力や医師会との連携を深めて、着実に進めていきたい」と抱負を語る。

また、プランの段階だが「診療科に特徴を持たせたい」と考え、糖尿病センターや脳卒中センターなどの設置、病院の3病棟のうち1病棟を占めている療養病棟を回復期リハビリ病棟、緩和ケア病棟などへの転化を考えている。

まだまだやるべきことはたくさんありますね? との質問に「課題はいくらでもあります。ですが、委員会制度にしても本年度から設置です。あまり肩に力を入れず、まずは根付いてくれることを第一に考えています。いずれは『経営改善委員会』や『企画委員会』などに発展すればと期待をしています」と言い、「まだ夢の段階」と前置きして、国際医療協力や国際交流への職員派遣構想も語ってくれた。これからも創造会のテーマにある『可能性を信じ新たなものに挑戦していく』方針に変わりはない。
 
私たち病院のテーマ

  1. 患者さん、地域の住民の方々に求められ、望まれる医療と福祉を真摯に行ってゆく。
  2. 医療と福祉を通じて人のために尽くすということが私たち自身の喜びとなるような医療法人にする。
  3. 常に、私たちの可能性を信じ新たなものに挑戦していく。
2001.12.3掲載 (C)LinkStaff