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思いやりの心で行う医療
富士重工業健康保険組合 総合太田病院

プロフィール

富士重工業健康保険組合 総合太田病院

沿革

昭和13年 中島飛行機太田製作所付属太田病院として開設
昭和20年 終戦と伴に病院閉鎖
昭和21年 21. 1. 10 開設 名称:太田病院
21. 4. 18 認可開設者/富士産業太田健康保険組
昭和25年 開設者変更/富士工業太田健康保険組合
昭和28年; 准看学校を開設
昭和30年 開設者変更/富士重工業太田健康保険組合
昭和34年 准看学校を廃止 高等看護学校を開設
昭和36年 開設者変更/富士重工業群馬健康保険組合
開設者変更/富士重工業健康保険組合
昭和38年 中央病棟増改築工事完成
昭和40年 総合太田病院に名称を変更
昭和50年 人工透析センターを開設
昭和53年 NICU新設
平成3年 高等看護学院3年課程開設
平成7年 総合健診棟を新設
平成9年 災害拠点病院指定
訪問看護ステーション開設
平成11年 居宅介護支援事業所認可
平成13年 日本医療機能評価機構認定(一般B)
平成15年 臨床研修病院指定(管理型)
平成16年 介護老人保健施設「憩いの里八休苑」開設
平成18年 DPC対象病院指定
平成20年 開放型病院共同診療開始

難波 貞夫 院長プロフィール

 私は平成16年6月病院長に就任以来、皆様の信頼に応えられるように、次のことを目標に病院組織の改善に取り組んでまいりました。

 1)安全管理を含めた医療の質の向上を図ること

 2)病院と開業の先生方(あるいは他の病院)との連携をすすめ、皆様が医療をより利用し易い様にすること

 3)救急医療をより一層充実すること

を目標と定め、職員一同努力してまいりました。
 また、医療の改善を促進するには皆様のご協力がなければ達成できないと考えております。病院の考えていること、新しい情報などをお知らせしながら皆様のご理解、ご協力が得られるように頑張りたいと思っております。
 どうぞよろしくお願い申し上げます。



病院の沿革

 前身は1938年に開設された中島飛行機太田製作所附属太田病院である。1965年に総合太田病院に名称を変更して、太田市民のための病院に生まれ変わり、地域中核病院としての役割を担う。1975年には人工透析センターを開設する。以後、NICU、高等看護学院3年課程、訪問看護ステーション、介護老人保健施設「憩いの里八休苑」などを開設して、地域医療に貢献してきた。

 2004年に難波貞夫先生が院長として就任すると、安全管理を含めた医療の質の向上、病診連携、救急医療の充実を目標に病院の組織改善に取り組んできた。
 診療科目は内科、NICUを含む小児科、外科、小児外科、整形外科、脳神経外科、皮膚科、泌尿器科、腎臓内科、神経内科、産婦人科、循環器科、心臓血管外科、眼科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、麻酔科、放射線科、歯科であり、医師数は67名を数える。各科に専門家を揃え、特に小児科、産婦人科、循環器科は充実している。病床数も445床を有し、地域医療を担う施設として十分な規模となっている。

2010.05.01.掲載 (C)LinkStaff

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