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「さきがけて 緑の里から 世界へ」
南砺市医療局

プロフィール


 富山県南砺市は2004年11月、東砺波郡福野町、井波町、城端町、井口村、利賀村、平村、上平村と西砺波郡福光町が合併して誕生した、人口約58000人の街である。富山県の西部に位置し、世界遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」と演劇祭で世界的に有名である。また平野部ではチューリップ栽培が盛んで、水田地帯の中に美しい散居村の景色が広がり、独特の集落景観を形成している。
 南砺市は富山市から約40キロ、石川県金沢市から約30キロの距離にある。両市とは北陸自動車道で結ばれており、富山、小松両空港までも約1時間で移動可能である。またJR城端線が富山県高岡市から南砺市の城端駅まで、砺波平野を縦貫する。さらに2008年7月に全線開通した東海北陸自動車道により中京圏からのアクセスも容易となった。
 南砺市医療局では南砺市民病院、公立南砺中央病院の2つの市立病院と南砺家庭・地域医療センター(旧福野病院)、平診療所、上平診療所、利賀診療所の4つの診療所を統括している。病院の機能分担、人事交流、病院間の協力体制の構築を推進しながら、医療サービスの向上と経費節減に努めている。
 今回は南砺市民病院の南眞司院長と公立南砺中央病院の根井仁一院長にお話を伺った。


南砺市民病院 南 眞司 院長プロフィール

1949年に富山県富山市に生まれる。1977年に金沢大学を卒業後、第3内科に入局する。富山県済生会富山病院を経て、1983年に南砺市民病院に内科医長として着任し、2007年に院長に就任する。日本内科学会認定医・指導医、日本医師会認定産業医、介護支援専門員など。



公立南砺中央病院 三浦 利則 院長プロフィール

1963年に大阪府八尾市に生まれる。1989年に金沢大学医学部卒業後、金沢大学医学部附属病院、小松市民病院、富山県立中央病院、公立能登総合病院等を経て、2003年に公立南砺中央病院の整形外科医長として着任し、2013年に院長に就任する。
日本整形外科学会認定 整形外科専門医・脊椎脊髄病医・リウマチ医・運動器リハビリテーション医、日本医師会認定産業医、臨床研修指導医養成講習終了など。




病院の沿革



■南砺市民病院

 富山県南西部に位置する東砺波郡井波町に井波厚生病院が1953年に開設され、これが南砺市民病院の前身である。それまで井波町には病院がなく、住民の生命を守るために、国民健康保険の資金を活用して、組合立の井波厚生病院が設立されたという。

 「開業地は井波町北川でしたが、敷地が狭く、また山間部ゆえに不便だったそうです。それで、1970年に広く、しかも平らな地形の井波町井波の現在地に新築移転となりました。井波地域は木彫の街であり、診療圏内にはそばで有名な利賀村もあります。診療の合間に木彫をしてみたい方、あるいはそば打ちを習いたい方には最適な環境なんですよ。」
 その後、増築と増科を重ねて、現在の形になっていったのだが、南砺市民病院の歴史の中でエポックになったこととして、南院長は「医療、保険、福祉の連携の充実を図り、未病対策として健康管理や在宅医療に力を入れていること」、「シックスシグマに取り組み、全職員が一丸となって頑張って、右肩上がりで病院を大きくしたこと」と振り返る。

 2004年に病院名が南砺市民病院に改称になり、DPC対象病院に指定されたほか、7:1看護体制を取得するなど、積極的な運営を行っている。
 「DPCは急性期病院としての生き残り対策として取り組みました。私どもでは在宅医療や健康管理の体制ができているので、これで早期退院が実現できています。現在、平均在院日数は15.5日と、経営的にも貢献していますね。私どもの患者さんは高齢の方が多いので、手厚い看護の実践のために、7:1看護体制を始めました。結果として、看護師の労働環境の改善にも役立っているところです。」

 地域医療連携では行政と一元で取り組んでいることが特徴で、急性期病棟から回復期リハビリテーション病棟、そしてケアマネージャーを充実させ、県下最大規模の訪問看護、24時間体制での在宅医療まで一貫性のある医療と福祉を実現している。さらに訪問リハビリテーションや治療食宅配など多様なサービスを展開し、現在は南砺市在宅介護支援センターとして統括し、病院隣接事業として統合運用を行っている。

 「院内に訪問看護ステーション、在宅介護支援センター、ホームヘルプステーステーションを設置して、病院と行政が一元で地域医療に取り組んでいます。こういったスタイルはほかの公立病院ではあまり例がないのではないでしょうか。今後はこれらの実績を生かして、新しい南砺市の保健、医療、福祉の全てに貢献するのが市立病院の使命だと思っています。」





■公立南砺中央病院

 公立南砺中央病院のルーツは戦後間もない1949年に医療過疎の東砺波郡城端町に農協立として設立された南砺厚生病院である。1953年に町村合併が行われ、城端町立城端厚生病院に生まれ変わる。開設以来、長い間、城端町や五箇山地域になくてはならない病院として親しまれ、1979年には富山県で初となるへき地中核病院の指定を受けた。しかし、建物が徐々に老朽化してきたことに加え、旧福光町の医療体制不備、旧平村、旧上平村、岐阜県白川村に開業医がいないことなどの問題から2町3村共同での新病院建設の機運が高まっていった。そこで南砺地区病院建設協議会が発足し、1998年に福光町梅野の国立療養所北陸病院未利用地が建設候補地に決定する。そして2002年に公立南砺中央病院が開設された。

 そして新しい取り組み
 公立南砺中央病院は2011年より大きく変わろうとしています。現在は、整形疾患や一般内科疾患に標準的な医療を、肝臓・消化器疾患および内視鏡検査・手術は病院の看板として高度な医療を提供できるようになってきました。特に、大腸内視鏡検査や胆道系の内視鏡手術の件数・レベルとも高い水準に達しており、安心して受けていただけるものと思います。また、高齢化社会に対応した医療では、2012年より総合診療科を開設し、医師の増員の予定があり、医療サービスの向上を目指しスタッフを充実させてまいります。
 現在は深刻な医師不足の状態ですが、今後、金沢大学の関連病院として順次充実されていく予定です。その目指すところは、癌および生活習慣病治療の充実と救急受け入れ可能なこの地域を守る急性期医療ができる病院です。2011年10月には経鼻内視鏡が、12月には心臓の血管も評価できる最新型のCTが導入されます。さらに、癌に対する外来化学療法室の来年度の本格稼働を目指して、また近い将来に救急を受け入れ可能な態勢の整備のため、さらに今後手術の分野が増えることが予想されているため、それに備えてスタッフの研修・教育システムの整備を行っております。
 病院の体制は刷新されました。これからは若いスタッフが知識と技術を身につけられる環境のもとでやりがいをもって生き生きと働く活気のある病院となることで、この地域の医療を守っていきますのでよろしくお願いいたします。

2010.04.01.掲載 (C)LinkStaff

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