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中河内医療圏の独立型救命救急センター
大阪府立中河内救命救急センター

プロフィール

中河内医療圏の独立型救命救急センター 大阪府立中河内救命救急センター

 大阪府立中河内救命救急センターは大阪市の東隣である東大阪市に位置している。人口51万人の東大阪市、27万人の八尾市、8万人の柏原市で構成される中河内医療圏の救急医療の中核をなす施設として、1998年5月に設立された独立型の救命救急センターである。救急隊搬送と他の医療機関からの紹介による三次救急患者のみを受け入れ、初療から回復までの一貫した集中治療を行っている。規模は30床ながら、独立型という形態を生かし、緊急開頭術、開心術、開腹術などの手術治療や心筋梗塞、脳動脈瘤、各種の外傷へのIVRなど、救急医と各科の専門医が協力しあうレベルの高いチーム医療を展開している。

塩野 茂 所長

塩野 茂 所長プロフィール

1955年に大阪市で生まれる。1980年に大阪大学医学部を卒業し、大阪大学医学部特殊救急部(現 高度救命センター)に入局する。その後、沖縄県立那覇病院で外科医としての研鑽を積み、大阪大学に帰任する。コーネル大学外科に研究留学を行い、帰国後、大阪大学を経て、1989年に松戸市立病院救急部に勤務する。1992年に大阪府立千里救命救急センターを経て、1999年に大阪府立中河内救命救急センターに副所長として着任する。2007年に大阪府立中河内救命救急センター所長に就任する。
日本救急医学会専門医、指導医。日本外科学会専門医。

病院の沿革

 大阪府立中河内救命救急センターの管理運営を行っているのが大阪府保健医療財団である。この財団は大阪府民の健康の保持および増進を図るため、公衆衛生および医療に関する様々な事業を行うことを目的に1965年に設立され、1967年には新千里病院を開設、さらに1979年に大阪府立千里救命救急センターの管理運営を大阪府から受託する。(なお2003年に新千里病院は社会福祉法人恩賜財団済生会に経営移譲され、2006年に大阪府立千里救命救急センターの管理運営を終了する。)

 そして1998年に大阪府立中河内救命救急センター(以下 中河内救命救急センター)が開設され、大阪府保健医療財団がその管理運営を受託した。中河内医療圏は人口51万人の東大阪市、27万人の八尾市、8万人の柏原市で構成されるが、その三次救急医療を担うべく大阪府下で9番目に開設されたのが中河内救命救急センターである。

 「私どもが開設するまで中河内医療圏には救命救急センターはなく、三次救急は大阪市内などの医療圏外に搬送されていました。そこで開設のニーズが高まったわけですが、開設以来、大阪府東部の救急医療の要として重篤な救急患者さんの救命医療の遂行に力を入れてきました。」

 中河内救命救急センターは東大阪市西岩田の大阪中央環状線沿いに位置する。大阪府民から「中環」の愛称で親しまれている大阪中央環状線は1970年の大阪万博に合わせて整備され、池田市から堺市までをつなぐ大動脈である。その上部を近畿自動車道が通るが、中河内救命救急センターは近畿自動車道の東大阪南インターチェンジ、また近畿自動車道と阪神高速13号東大阪線との東大阪ジャンクションから程近く、救急搬送に適した抜群のアクセスを誇る。さらに近鉄奈良線の八戸ノ里駅から徒歩で15分ほどの立地である。
 建物は地上3階、地下1階建のコンパクトな規模で、集中治療室(ICU)8床、一般病棟22床(うち観察室HCU8床)、救急初療室、手術室2室、MD-CT室、血管撮影室、エックス線透視装置室、磁気共鳴断層撮影(MRI)室、検査室、中央材料室、薬局、温浴処置室などを完備している。
 隣地は東大阪市立総合病院で、かつては東大阪市立中央病院として八戸ノ里駅近くにあったのだが、老朽化したため、中河内救命救急センターの開設と同じく、新築移転された。
 塩野所長は大阪大学の特殊救急部への入局を皮切りに、救急医療の第一線で活躍してきたが、1999年に副所長として中河内救命救急センターに着任した。

 「こちらに来た当初は活発でアクティビティの高い施設だなという印象を受けました。患者さんの重症度が高く、非常にバラエティが多彩だとも思いましたが、今もその印象は変わらないですね。疾患に比べて、外傷比率が高いのも特徴です。高齢社会ですので、全国的には疾患が増えているんですが、私どもでは現在も外傷が多く、疾患とほぼ半々の割合になっています。」

2009.10.1.掲載 (C)LinkStaff

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