Roma non fu costruita in un giorno -ローマは一日にして成らず- vol.4

◆第4週目◆
 ESDで使用するITナイフは、レジデントの先輩である細川浩一先生(現尖石診療所院長)の置き土産である。臨床応用は平成7年頃より、細川先生と小野先生とで開始された。その開発は、勤医協札幌西区病院の平尾雅紀先生が1983年に報告したERHSE(Endoscopic Resection with local injection of ESH)がモデルとなっている。細川先生の凄かったところは、その発想力であった。既存のナイフを内科医でも安全に使用できるようにするには何が必要か?穿孔が怖いのであれば、絶縁体(Insulation Tip; IT)で穿孔を予防できないか?
 穿孔への恐怖は、我々が偶発症として多く経験していたからではない。教科書的には「内視鏡処置中の穿孔は重篤な偶発症」で避けるべきものとして知られていたから怖かったのである。経験したことのない、見たこともないものほど恐怖を感じることはない。消化管出血は、胃潰瘍出血や静脈瘤からの出血によって一般的によく経験することであり、強い恐怖は感じない。一方で、内視鏡治療中に胃に穴が開き、腹腔内を覗くなど想像することすらできなかった。偶発症としての経験が、今ではわざわざ胃に穴を開けて腹腔内の処置をするNOTESという手技に応用されたことには隔世の感がある。反対に出血の方が、経験をして知っているのにもかかわらず恐怖に感じるくらいである。いずれにしても、漠然とした恐怖への対策としてITナイフが生まれたのである。
 平成8年半ばより小野先生の介助としてITナイフとの格闘が本格的に始まった。技術の安定までに3年を要した。使用当初は運が良ければ切除ができる程度で、術後は3人に1人が吐血し、術中・術後ともに心の休まる時間はなかった。胃内から腹腔内を初めて覗いたのもこの時期である。臨床においては、世界初のNOTESは小野先生によって成されたと思う。一方で、稀に会心の切除となることもあった。稀が時々に昇格すると、自分たちの技術が偶然ではなく必然のような気がしてきた。この手技は面白い!行けるぞ!平成10年秋、世界で初めて内科医によって内視鏡の鉗子口を通してたった1本の処置具を用いた胃の粘膜下層剥離が成功した。その後は、ITナイフというネーミングが当時のIT革命に乗じて一人歩きしたこともあり、症例数の増加はうなぎ上りであった。
 この黎明期に1人の死亡症例も出さなかったことは患者さんにとっては当然であるが、我々にとっても幸運であった。胃外科グループの笹子三津留先生(現兵庫医科大学外科教授)、佐野武先生(現癌研究会付属有明病院胃外科部長)、片井均先生(現国立がんセンター胃外科医長)らが嫌な顔をせずに緊急手術に対応して下さったことはESDの現在の普及においての最大の功労と考えても過言ではない。また、外科の3名の先生のみならず、直接の上司であり責任者である吉田茂昭先生と齋藤大三先生の口から「こんな危ないことはするな!もう止めておけ!」という言葉は一度として聞いていない。
 臨床における開発は、偶然と必然の産物であると思う。病変周囲の安全な粘膜切開の為に開発されたがITナイフで粘膜下層を剥離することは当初は思いもしなかった。諦めかけていた時期に偶然にESDが生まれた。その後は安定期まで偶発症との戦いであるが、任せてくれた上司と見守りながら助けてくれた外科の先生の力によってESDは必然となった。その上、穿孔という重篤な偶発症は今やNOTESという最新の治療手技にまで発展している。目的とはしていないところに素晴らしい発見や発明があること、serendipity(外山滋比古、思考の整理学、ちくま文庫)は臨床において非常に重要なことである。

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