クリニックの窓教えて、開業医のホント

バックナンバーはコチラ

田代内科クリニック

田代 博一 院長

田代 博一 院長プロフィール

1960年に埼玉県浦和市(現 さいたま市)で生まれる。1984年に獨協医科大学を卒業後、慶應義塾大学内科に入局し、慶應義塾大学病院で研修を行う。1986年に慶應義塾大学病院で消化器内科、救急部に所属する。1992年に国立大蔵病院(現 国立成育医療研究センター病院)に勤務する。1998年に成城消防署から、2000年に東京消防庁から救急感謝状を贈呈される。2002年に東京都世田谷区に田代内科クリニックを開業する。


日本医師会認定産業医、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本内科学会認定内科医、世田谷区医師会胃内視鏡検診検討委員会委員長など。

 東京都世田谷区砧は世田谷区の南西部に当たる地域である。砧にはかつて円谷プロダクションの本社があったことから、ウルトラマンが街づくりのシンボルになっている。2005年には小田急小田原線の祖師ヶ谷大蔵駅周辺にある3つの商店街が合同し、「ウルトラマン商店街」として生まれ変わった。季節ごとにウルトラヒーロー握手会などのイベントが行われ、都内でも有数の賑いを見せる商店街になっている。
 田代内科クリニックは小田急小田原線の祖師ヶ谷大蔵駅から徒歩15分ほどの世田谷通り沿いの国立成育医療研究センター病院の前に2002年に開業したクリニックである。田代博一院長は内視鏡室での経験が長かったこともあり、田代内科クリニックでも通常の内視鏡検査に加えて、安定剤を用いる内視鏡検査や経鼻内視鏡検査にも対応している。近年は禁煙治療にも力を入れ、8割以上の患者さんが禁煙に成功している。
 今月は田代内科クリニックの田代博一院長に、開業後16年経過しての現状や苦労話などのお話を伺った。


開業に至るまで

◆ 医師を目指された経緯をお聞かせください。
 幼少の頃は身体があまり丈夫ではなく、風邪などで体調を崩しては病院に行っていたんです。両親も持病があり、入院をすることがありましたので、小さい頃から医療の仕事の大切さやその仕事に就いている人たちの優しさを実感していました。「白い巨塔」や「ベン・ケーシー」の影響もあったかもしれません(笑)。また、ボーイスカウトに入っていましたので、奉仕活動を通じて、人のためになる仕事をしたいという思いが出てくるようにもなっていました。
 両親は医療関係者ではなく、父は国税庁の職員として税務署長を務めていました。親戚にも医師はいませんでしたね。ただ、進学した高校は医学部への希望者が多く、獨協医科大学への推薦枠もあったので、その枠に入るために勉強して、医学部に進学しました。


◆ 大学時代はどのような学生でしたか。
 初めての一人暮らしで、料理や洗濯をすることになったわけですが、ボーイスカウトでの経験があったからか、そういった家事も嫌いではなく、楽しかったです。部活動は準硬式野球部に入っていました。また、学生赤十字奉仕団にも入り、合宿では無医村での健康相談や高齢者のご家庭訪問を行っていました。学生ですから、医師ほどのことはできませんが、いい経験でしたね。それに加えて、大学祭の実行委員会にも入っていました。勉強する時間のない、慌ただしい6年間だったと思います(笑)。


◆ 大学時代はどんなご趣味をお持ちでしたか。
 部活動、学生赤十字奉仕団、大学祭の実行委員会の活動に追われ、なかなか自分の時間が持てなかったので、趣味と言えるものはドライブぐらいでしょうか。栃木県での生活でしたから、車は必須だったんです。東北自動車道を飛ばして、岩手県にわんこそばを食べに行ったり、スキーに行ったりして、青春時代を楽しんでいました。


◆ 専攻を内科に決められたのはいつですか。
 大学4年生から5年生にかけてのベッドサイドティーチングでの印象で、内科に決めました。外科のいわゆる「切ったり貼ったり」は私の性格や感性には合わない気がしたんです。


◆ 慶應義塾大学の医局に入られたのですね。
 そのまま母校で研修医になるという道もありましたが、別のステップを踏みたいと考えていました。学生時代に慶應義塾大学病院に見学に行ったのですが、慶應の内科では当時、セミローテーション研修をしていたんです。私も慶應の内科でそういった研修を受けたいと思い、入局試験を受けました。


◆ 消化器内科を選ばれたのはどうしてですか。
 セミローテーション研修では2年間でほぼ全ての内科を回ります。様々なことを勉強した中で、消化器内科は目で見て、分かることが魅力でした。内視鏡は検査のみならず、治療もできます。頭の中で考えたことに対して、手を動かしていくのは外科に近い面白さがありますね。防衛医科大学校の学長をされていた三浦総一郎先生からもお誘いがあり、消化器内科を専門にしました。


◆ 救急部でも勤務されたのですね。
 慶應の内科では救急部での勤務も選べます。救急部では色々なことにチャレンジしました。消化器内科の患者さん以外の患者さんも大勢いらっしゃいますから、整形外科や産婦人科、精神科の患者さんも診ていました。救急部で他科の医師と働いたり、瞬時の判断や治療を学べた経験は開業後の仕事に役に立っています。


◆ 慶應義塾大学病院では研究にも打ち込まれたそうですね。
 研究に関しても三浦先生にお世話になり、腸管出血性大腸菌O-157の研究を行うようになりました。東京都健康安全研究センターの前身である都立衛生研究所を介して、アメリカから菌を分けてもらい、ラットを使って、微小循環障害を研究していたのです。研究結果はアメリカの学会でも報告しました。1990年に埼玉県の幼稚園でO-157に汚染された井戸水を飲料水に使った事件がありましたが、専門家として取材を受けたこともあります。その研究で学位論文を書き、医学博士号を取得しました。


◆ 当時の国立大蔵病院ではどのようなお仕事をなさっていたのですか。
 国立大蔵病院の内科は炎症性腸疾患治療の中心であり、慶應の関連病院の重要な拠点となっていました。私は内科全般を診ながら、内視鏡室の室長と救急室の室長を兼務していたんです。まだDMATのない時代でしたが、阪神淡路大震災では現地で災害医療にも携わりました。国立大蔵病院には10年間、勤務しました。息子たちもこの病院で生まれましたし、住まいも近くに移していましたので、砧を地元のように愛していましたね。


◆ 勤務医時代を振り返って、いかがですか。
 臨床も、臨床研究も楽しかったです。臨床研究では活性酸素を使って、ピロリ菌の研究を行っていました。20数年前はピロリ菌の治療は保険診療ではなかったんですが、国立大蔵病院でピロリ菌専門外来を行っていました。自費診療でしたけれど、当時の最先端の治療ということで、多くの患者さんがいらっしゃいました。


開業の契機・理由

◆ 開業の動機をお聞かせください。
 国立大蔵病院が国立小児病院と統合し、小児と妊産婦を対象とする国立成育医療研究センター病院になると発表されたことです。「新病院で大人も診てほしい」という運動もありましたが、覆らなかったですね。私はそのまま成育に行くつもりで、内視鏡室の準備などをしていました。ところが、大蔵の先輩方からクリニックビルで開業するので、内科を開業してほしいと言われたんです。地域の方々からも要望をいただき、急遽、開業を決めました。


◆ 開業地はどのように探されたのですか。
 このビルは成育の正面にありますから、ビルが建ち始めたのは知っていましたが、私はまだメンバーに入っていなかったんです。3階、4階で開業する先生方から誘われて、5階に入ることになったので、私が開業地を探したわけではありません。開業を決めたのが2001年の夏で、開業したのが2002年1月でしたから、準備期間が4カ月しかなかったのは反省点ですね。
 慶應の教授や大蔵の院長に「地域のための医療をしたい」と開業のお許しを得ることはできましたが、当時の慶應には開業医になる人が少なかったので、医局の先輩や後輩から開業のノウハウを学ぶことはできませんでした。クリニックモールもまだ珍しい時代でしたので、3階の田中耳鼻咽喉科クリニックの田中院長と4階の斉藤ひにょう器科クリニックの斉藤院長と相談しながら進めていきました。田中院長は3年前にがんで若くして他界しました。


◆ 開業地の第一印象はいかがでしたか。
 病院の目の前というのは分かりやすいと思いましたし、世田谷通りはバス通りでもあり、ビルのほぼ前にバス停があるのも良かったのですが、最寄り駅の祖師ヶ谷大蔵駅から遠いのが心配でした。でも、心配事を深く考える余裕もなかったです。


◆ 開業にあたって、マーケティングはなさいましたか。
 医療圏調査は開業コンサルタントが開業を促すためにするものですから、悪い数字が出ることは滅多にありません。私も「右肩上がりで、翌年度には黒字になる」と言っていただきました(笑)。


◆ 開業までに、ご苦労された点はどんなことですか。
 医療機器を揃えるときの価格の交渉などですね。勤務医時代にはそういったことに無頓着でしたから、交渉次第で価格が大幅に下がることを初めて知りました。内視鏡、レントゲン、電子カルテなどの医療機器は購入2年目から高額なメンテナンス料が発生しますが、勤務医はその事実を知らないのです。患者さんが増えてくる頃ではあっても、費用も発生します。故障した場合の部品なども高いです。一方、医療機器は進化します。内視鏡も5年前と今では画像の鮮明度が全く違います。患者さんのためにもより良い機械を入れたいですし、そういう経済観念をどう持つかに苦労しました。


◆ 医師会には入りましたか。
 世田谷区医師会に入りました。同時期に開業した消化器内科の先生方とも医師会を通じて知り合えました。消化器内科のクリニックは病院との連携が不可欠ですから、周囲の医師を知っておくと、患者さんをお願いしやすくなります。病院に勤務していると同僚の医師がいますが、開業すると同僚医師はいませんから、医師会で色々な医師と楽しくやっていきたいと思っています。仲間は大事ですよ。


◆ 開業当初はどのようなスタッフ構成でしたか。
 看護師1人と事務が2人で、3人とも常勤でした。その後、患者さんが増えてきたので、今は看護師と事務が3人ずついます。


◆ 医療設備については、いかがでしょうか。
 内視鏡、レントゲン、エコー、電子カルテなどを揃えました。15年前の当時では電子カルテを導入したのは早い方ですね。成育の開設準備の段階でノウハウを学んでいましたので、使い勝手の良いラボテックを選びました。ただ、電子カルテはデータの移行が困難なので、機器は慎重に選ぶべきです。


◆ 設計や内装のこだわりについて、お聞かせください。
 青と木目調をベースに、爽やかさを感じる内装にしました。待合室の窓が丸い形なのは気に入っています。スペースは広くとったつもりでしたが、患者さんが増えてくると手狭になってきましたね。ただ、待合室に置いたマッサージチェアは好評です。水槽もこだわりの一つです。以前はダイビングが趣味でしたし、水族館も好きなんです。患者さんが待ち時間を少しでも楽しんでいただけたらと思い、導入しました。
 診察室は2室分は欲しかったところです。スタッフ用の更衣室も3人を想定していましたから、6人の今では狭くなってしまい、申し訳なく思っています。


クリニックについて

◆ 診療内容をお聞かせください。
 内科、消化器内科、循環器内科を標榜しています。内科では風邪から生活習慣病まで全般を診ますし、消化器内科では内視鏡の検査や治療を毎日、行っています。循環器内科では高血圧や不整脈が多いですね。
 禁煙治療にも力を入れています。生活習慣病や消化器疾患、循環器疾患にとって、禁煙は重要です。保険診療になって5、6年が経ちますが、40人ほどの患者さんを診ていますので、この地域では多い方だと思います。成功率が高いのは患者さんに共感しながら、「あなたのために、ご家族のために、懐のために止めましょう」といった話をしっかりしているからでしょうか。院内の至るところに「禁煙」のポスターを貼り、患者さんの意識に働きかけているほか、私以外のスタッフも検査のときなどに「一緒にやっていきましょう」という声かけを行い、皆で一緒に止めていこうという雰囲気を作っています。
 在宅医療はお年をとられ、通院が困難になってきた患者さんのために始めました。医師は私一人ですので、24時間体制ではありません。それをご理解いただいている方を対象に行っています。外来で患者さんのバックグラウンドを把握していますが、お宅に伺うと、トイレやお風呂の様子など、細かいことがより深く理解できますね。
 産業医も務めています。スーパーマーケットを展開している企業、特別養護老人ホーム、授産施設、映画会社の撮影所などの健康診断や健康相談を受けたり、ストレスチェックを行ったりもしています。
 また、学校医として、区立の中学校、私立の中学高校にも従事しています。


◆ どういった方針のもとで、診療なさっているのですか。
 患者さんに共感しながら、楽しく長生きしましょうという方針です。命には限りがあり、不死身ではありません。だからこそ、明るく、楽しく、過ごしていただきたいものです。そのため、私どもでは禁煙治療も厳しくないんですよ。糖尿病の患者さんにも怒りません(笑)。検査や薬の出し過ぎもないですね。生活の中で、良くなっていってほしいと願っています。私の父も母もがんのため、60歳で亡くなりました。その経験は早期発見のための内視鏡検査を行っている理由の一つなのかもしれません。


◆ 患者さんの層はいかがですか。
 幼児から高齢者まで、幅広いです。子どもさんの成長は早いですね。「もう大学生になったの」、「もう結婚したの」と驚いてばかりです。3世代で来院されるご家庭も少なくありません。すぐ近くに日本大学商学部のキャンパスがありますので、学生さんもいらっしゃいますし、成育やNHK放送技術研究所、東京メディアシティ、東宝の撮影所など、近隣にお勤めの方々も来られますね。冬は予防接種や特定健康診査がありますので、患者さんの数は増えますが、4月から9月は比較的、落ち着いています。


◆ どのような内容の検診を行っていらっしゃいますか。
 世田谷区の健康診断としての特定健診、長寿健診やがん検診、企業の健診、学校の健診などもお受けしています。これから行政の胃がん検診は内視鏡で行うようになります。世田谷区も例外ではありません。内視鏡に熟達した医師は数多いわけではなく、そのレベルをどう揃えていくかが目下の課題です。今年の秋から実施できるよう、行政も含めて準備しているところです。


◆ 病診連携については、いかがですか。
 関東中央病院、東京医療センター、慶應義塾大学病院、日産厚生会玉川病院などと連携しています。このほか、皮膚科や整形外科などの他科や在宅医療専門のクリニックとの診診連携も積極的に行っています。開業した頃は病診連携という言葉も珍しかったのですが、製薬会社の方が勤務医の先生方との繋がりを作ってくださり、消化器内科だけでなく、他科の先生方とも温かいネットワークを築いています。連携先の病院のカンファレンスに出席することもありますし、院長先生にご相談することもあります。


◆ 経営理念をお教えください。
 患者さんのために、やれることを精一杯やろうということです。その中で生活習慣病を一通り診たり、病診連携を進めていきたいですね。
 それから地域への貢献です。砧がより良い地域になってほしいと思っています。行政も地域包括ケアの中で地域医療を充実させようとしていますし、私どもも健やかな街づくりをお手伝いしていきたいですね。最近では砧に事務所がある女子サッカーチームのスフィーダ世田谷FCをサポートしています。世田谷区は2020年の東京オリンピックで、アメリカチームのキャンプ地に決まりました。その中心が大蔵運動場です。「オリンピック選手が来る街」としての砧がさらに活性化されることを期待しています。


◆ スタッフ教育はどのようにされていますか。
 外来が始まる前に内視鏡検査をしていますので、朝礼をする時間はありません。月に1回、ミーティングを行い、困ったことを相談し合ったり、クリニックを良くするための提案を出してもらったりしています。患者さんのために何をしたらいいのかをディスカッションする機会になっていますね。
 開業時からのスタッフが出産を経て、戻ってきてくれましたし、看護師の一人も9年近く勤務してくれています。そういった勤務歴が長いスタッフが核となり、皆で仲良くやっています。感謝の意を込めた懇親会なども行っています。


◆ 増患対策について、どのようなことをなさっていますか。
 ホームページと30本の電柱に広告を出しています。祖師ヶ谷大蔵駅に看板を出したり、タウンページに出稿したこともありますが、費用対効果はありませんでした。開業したばかりの頃はそういったことも分からないので、勧められるままに行ってしまいました。ホームページはごちゃごちゃにならず、見やすくなるように心がけています。今後はSNSも始めたいとは思っていますが、知識もなく、進まない状態です。しかし、患者さんの来院動機は口コミが最も多いです。


開業に向けてのアドバイス

 どうして開業するのか、何のために開業したいのかを考え、患者さんのためにやりたいことをやるという信念を持っていないと、開業は難しいです。開業医の仕事は大学病院などの病院での仕事とは全く違います。確かに当直勤務はありませんが、患者さんからのお問い合わせが入ったり、看取りもあります。休診の木曜日にも産業医や医師会の仕事があったり、銀行に行ったりするので、完全に休めません。業者の床のワックスがけにも立ち会うのです(笑)。人事の仕事でハローワークに行ったり、社保の手続きをしたり、診療以外の仕事も多くあります。それらを税理士に頼むと、費用がかかります。床やエアコンのクリーニングや機械の保守などの色々な費用が発生しますから、マスメディアが言うほど、裕福な状況でもありません。儲かるための開業という時代ではないんです。
 それでも開業を希望されるのなら、開業したい場所に行ってみましょう。平日の診療時間、雨の日、夜間など、条件を変えて足を運び、人の流れを見てみてください。また、最寄りの駅やバス停からの間にどういう競合があるのか、その競合相手の評判はどうかなども調べておきましょう。近隣の飲食店などで尋ねてみるのもいいですね。開業コンサルタントは良いことしか言わないし、それに騙される医師は少なくありません(笑)。開業後にうまくいかないと無駄な医療をしてしまいがちです。検査漬けは患者さんにとって良くないことなんです。そうならないためにも、医師仲間をはじめ、色々な人に相談してみてください。私でも良いですよ。
 クリニックには病院に来る患者さんのように院名に惹かれて来院する患者さんは多くはありません。したがって、開業後は地域に密着する姿勢を持つことが大切です。

プライベートの過ごし方(開業後)

 トイプードルを2頭、飼っています。小さい頃も犬を飼っていたので、もともと好きなんです。1頭目とペットショップで出会ったときにお尻をふって近づいてきたのを見て、飼おうと思いましたね。それでも家族で1週間ほど冷静に検討はしたのですが、飼うことに決めました。
 最初は1頭だったのですが、3年前にがんで亡くなった義父に「あなたは溺愛しすぎていて、ペットロスになるから、2頭いた方がいい」と遺言で言われたので、2頭目を迎えました。1頭目は8歳の男の子でレオ、2頭目は3歳の女の子でルナといいます。2頭で遊んでいる姿は何ともかわいいですね。平日の散歩は妻任せですが、週末は私が連れていっています。そのため、土曜日はなるべく早く帰るようにしています。開業してしばらくは夏休みに家族で沖縄に行くことを目標に、仕事を頑張っていました。1頭目の犬が来たときには犬を預けて沖縄に行きましたが、「今、何をしているんだろう」と心配し続けたんです。それで沖縄旅行は止め、最近は犬と泊まれるホテルに行くことにしています。既に40カ所ほど、行きました(笑)。そういったホテルにはドッグランがありますので、ドッグランで走っているところやほかの犬とまじわっている姿を見るのが楽しみです。3月には箱根に行ったのですが、大雪のため、車で帰れなくなってしまい、犬たちをケージに入れて、ロマンスカーで帰ってきたのも今では思い出になっています。私の散髪代より高いカットに連れていったり、私の服より高い服を着せたりして、溺愛していますよ(笑)。

タイムスケジュール

タイムスケジュール

クリニック平面図

平面図
田代内科クリニック
  院長 田代 博一
  住所 〒157-0073
東京都世田谷区砧3-4-1 大蔵ビル5階
  医療設備 内視鏡検査(診断/治療)、経鼻内視鏡、診断用X線撮影装置、超音波診断装置、骨塩量測定装置、ホルター心電図記録装置、動脈硬化(血圧脈波)検査装置、電子カルテなど。
  スタッフ 7人(院長、常勤看護師3人、常勤事務3人)
  物件形態 ビル診
  延べ面積 50坪
  敷地面積 150坪
  開業資金 約5,000万円
  在宅患者数の変遷 開業当初20人→3カ月後20人→6カ月後20人→現在80人
  URL http://www.tashiro-naika.com/

2017.05.01 掲載 (C)LinkStaff

バックナンバーはコチラ

リンク医療総合研究所

おすすめ求人

  • 直原ウィメンズクリニック
  • 長野県医師紹介センター
  • 大阪民主医療機関連合会
  • 矯正医官
  • 山口県 地域医療