神津 仁 院長

神津 仁 院長

1999年
世田谷区医師会副会長就任
2000年
世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年
日本臨床内科医会理事就任
2004年
日本医師会代議員就任
2006年
NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年
昭和大学客員教授就任
1950年
長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年
日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、
運動部主将会議議長、学生会会長)
第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年
米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年
特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年
神津内科クリニック開業。
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医療の質の評価

 2016年5月に行われた「日本医師会・民間病院、アメリカ医療・福祉調査」の報告書で、日本側の調査団とアメリカ側の講師とが、お互いの医療文化の違いを認識しながら問題点を探っていくところに大変興味を惹かれた。
 (Q)アメリカ合衆国はOECD諸国で最も医療費が高いがその原因は?
という問いに、二人の講師がやや違った観点からコメントした。


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 (A)疑いなく一人当たりに支払っている医療費は、アメリカは非常に高いです。1つの理由として、これはFFS(出来高払い)の方式だから、つまり課金しただけ、支払いがされているということです。またエビデンスベースの、つまり何が最も効くか、効果があるかというエビデンスに対して、あまり集中してきませんでした。
 また新薬や新しい医療機器が、市場に来るや否やすぐに償還、支払いをします。そして言い値の支払いをしています。1つの例としましては、ここ2年で登場した、経口C型肝炎治療薬「ソバルディー」、や「ハーボニー」です。2年前に比較し、これらの薬剤だけでも、一人当たりの医療コストが12%もこのMedicare part Dで増えました。またアメリカ全体の医療コストにおいて5%の増大に、この2つの薬剤、治療薬剤がつながっています。医療コストがこれによって大きくなっています。
 この2年間で何が起こったかというと、より競争があり、よりアグレッシブな交渉がありました。また一般国民は賛同を表明しています。こういったものが組み合わさって、コストが下がっています。こういった問題ですけれども、次の新薬、次の新しい医療機器に投資したときには、問題が解決していればいいと思っています。民間保険だからコストが大きくなっているという事では、必ずしもありません。こういった治療に対しても要望、患者の要望に応えた結果、コストが上がっているということです。


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 (A)医療費についてお話を移してよろしいでしょうか?アメリカでは医療費が他国より高いという点ですけれども、これについていろいろいわれますが、最も大きな理由として、アメリカは市場競争に基づいているということです。つまり政府ではコントロールできないということです。またアメリカでは個人のドクターが多い。もちろん勤務医もいますけれども、それ以上に個人でやっておられるドクターがたくさんいますので、支払いというのは、このサービスのボリュームに規制をかけていないので、ボリュームが増えれば増えるほど、それに対しての支出、支払いが増えるということになります。


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 (Q)ヨーロッパではHTA(Health technology assessment)が行われていますが、アメリカではそういうものは検討していないのですか?
 (A)品質とコスト効率を比較するQALYですけれども、まだやっていません。


 QALYというのは、Quality-adjusted life yearの略で、日本語では「質調整生存年」と訳している。Wikipediaによれば、「疾病負荷の測定方法として一般的であり、生存における量と質の2点を評価する手法である。医療行為に対しての費用対効果を経済的に評価する技法として用いられる。1QALYは、完全に健康な1年間に相当する。もしある人の健康が完全ではないならば、その1年間は1以下のQALYとして算定され、死亡すれば0QALYと算定される。いくつかの状況ではマイナスのQALYも算定され、それはその健康状態が『死亡よりも悪い』ことを意味する」とある。日本でもこの分野の研究が少しずつ進んできて、医療行為や医薬品の評価にこの考え方を導入しようとしている。最も進んで取り入れているのはイギリスで、ドイツ、フランス、オーストラリアは部分的に、アメリカでは先ほどの(A)でアメリカ側の講師がコメントしたように、まだ取り入れてはいない。しかし、このQALYという評価が万能かというとそうではなく、その欠点も指摘されている。日本の官僚は、他国のシステムをその前提となる社会環境や政治・文化・風土の違いを十分に考慮せずに、「いいとこ取り」して部分的に取り入れようとする悪癖がある。江戸から明治に移行するときに、急いで日本を改革する必要があったためにやった、当時の若者たちの拙速な行動習慣を、未だに踏襲しているように見える。十分な準備期間をおいて、日本に根付くような方法を考え出してほしいと思う。



■医療の質の評価
 医療の質を測るのはなかなか難しい。特に、医療を提供する側と医療を受ける側とに分けると、その「質」に対する考え方にズレがあることが多いからだ。Quality of lifeは生活の質と訳すが、それはお金があって豪邸に住んでいるから高い生活の質だとはいわない。Wikipediaの説明には、「一般に、ひとりひとりの人生の内容の質や社会的にみた生活の質のことを指し、つまりある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念である。QOLの『幸福』とは、身心の健康、良好な人間関係、やりがいのある仕事、快適な住環境、十分な教育、レクリエーション活動、レジャーなど様々な観点から計られる。またQOLには国家の発展、個人の人権・自由が保障されている度合い、居住の快適さとの関連性も指摘される。したがってQOLは、個人の収入や財産を基に算出される生活水準(英: standard of living)とは分けて考えられるべきものである」とある。「質」というのはある意味その肌合いテクスチャーであって、肌触りが良いものもあればそうでないものもある。医療提供者側が良かれと思ってしたことも、医療を受ける側にとって必ずしも良い評価を得られるものでもない。そのためにインフォームドコンセントがあり、質的評価が100%客観的ということもないのだと知っておかなければならない。


 以前、内科系学会社会保険連合(内保連)で、内科診療のoutcome調査をしたことがあった。外科系学会社会保険連合(外保連)ではすでに、疾患別にtime studyを行なって、それぞれの標準的な手順と難易度を客観的に評価する指標を示し、それに対する診療報酬のあり方を国に資料とともに提案していた。外科的処置や手術は平準化した術式や術後ケアがEBMとして確立され、DPCで採用されているので客観的なデータとして扱いやすい。しかし、内科領域の、特にプライマリ・ケア領域の外来診療は数値化するのが困難だ。例えば、気管支肺炎の患者と、副鼻腔炎の患者を分けてコストを算出するのは難しい。問診時間、診察時間、処置や検査の手間をtime studyで計測すれば、そう大きな差はないだろう。平準化したとして、手術のように経験を積んだ外科医の方が時間が短く、合併症も少なくて患者の満足度も高い、というシミュレーションを同じように内科医の技術の差として抽出するのは困難だ。


■在宅医療の質的評価
 在宅医療に関しても、その質を評価する学術研究は少ない。私が以前第31回日本プライマリ・ケア学会学術会議(岡山)で発表した演題「重度療養者が安心して過ごせる地域を目指して」では、在宅医療が成功するための条件を探るために、自験例の検討を行なった。対象患者は神津内科クリニックで在宅診療を行なった男性17名女性17名、計34名。平均年齢は79.3歳(54〜95歳)で、原因疾患は脳梗塞・脳出血後遺症8例、パーキンソン病関連疾患6例、癌5例、認知症関連疾患5例、脊髄小脳変性症2例、その他多発性筋炎、ALS、頸髄損傷、副腎白質ジストロフィー、脳性麻痺、慢性腎不全、慢性呼吸不全、脱水症がそれぞれ1例ずつであった。在宅医療に導入した目的は、入院医療が終了したか、外来通院が困難なために在宅医療を選択した患者が29例、終末期医療を目的としたものが5例だった。介護度は平均4.3と比較的重度であり、患者及び家族にとっても在宅療養はeasyなものではない。こうした患者を私自身はきちんと対応して来たはずなのだが、翻ってそれが本当に質の良い在宅医療を提供していたのだろうか、この世田谷という地域でこうした比較的重度な患者を在宅医療で対応し成功するための条件は何なのだろうかと改めて問い直して見た。そこで、こうした患者を在宅で診療するときに、成功したとするoutcomeとして3つの指標を立てた。それは、①自分自身で在宅での看取りが出来たか、②安定した在宅療養生活が可能だったか、③患者と家族の満足と幸せが在宅医療の導入で得られたか、で、3つ全てに当てはまれば「成功」したと評価し、3つ全てに当てはまらなければ「失敗」、それ以外はOKと評価した。一例一例のカルテをしっかりと読み込んで、患者や家族の顔を思い出し、その気持ちや苦労、苦悩や感謝の言葉を反芻しながら出来るだけ客観的に評価しようと努めた。その結果は、成功例22(64%)、OK例6(18%)、失敗例6(18%)というものだった。



 さらに詳しく「成功」「失敗」例を分析し、その両者にとってどんな要因が最も強く影響を与えた因子なのかを検討した。それが上の図だ。介護度には両者に大きな違いはなかったが、介護者の内訳をみると、成功例では妻、子供、嫁の三者に平均して介護の役割が振られていたが、失敗例では妻だけにその役割が振られていて、日常的に強い負荷がかかっていたことが考えられた。住環境に目を向けると、成功例では殆どの家で患者が快適に過ごせるような余裕のある住環境であるのに対して、失敗例ではとても良い住環境(Excellent)という家はなく(0%)、逆に6畳一間や介護ベッドを置くと生活スペースが窮屈になるという悪い住環境の家(Bad)が半数を数えた(50%)。経済環境も同様で、成功例では裕福または中流家庭が殆ど(90%)で貧困家庭はなかった。しかし、失敗例では裕福な家庭は17%に止まり、貧困家庭が半数を数えた(50%)。患者や家族の背景としての教育レベルに目を向けると、成功例では有名大学卒以上で医療・介護の知識も豊富で、医療者側の指示や説明をよく理解出来る人が殆どで、失敗例ではその逆に教育レベルが低く、医療者側の指示や説明をよく理解出来ない人が半数を数えた(50%)。特に、在宅医療を導入するに際しての説明と同意に関して、積極的に受け入れる意思を表明した家族が、成功例では86%と多く、失敗例では17%に止まった。むしろ、病院側が退院を半ば強制的に指示し、在宅医療環境が整わないうちに「渋々(reluctant)」OKした家族が多かった(67%)。



 これらの結果から、将来の在宅医療が良質である条件として私が導き出した結論は、上の6つだった。①在宅医療を行うには、まずそのベースになる良い住環境が必要である。昨今の建築は、見た目は良いが、在宅医療を想定していない若者向けや、健康な高齢者のための住宅になっている。今後は超高齢化社会を見据えて、建築設計に在宅医療という視点を付け加える必要がある。②その良い住環境を作るためには、家族が貧困であっては作れない、それが出来るよう国民が経済的に余裕のある社会にしていかなければならない。③義務教育の中でも国民が理解出来るように、在宅医療の知識が一般化されて普及されなければならない。④その知識やリソースが地域社会に豊富にあり、望めばいつでも手に入るようにしなければならない。⑤在宅医療における「看取り」という行為と文化が、国民全てに受け入れられるように努力していかなければならない。⑥そして、良質な在宅医療、在宅ケアを提供する医師や看護・介護スタッフが育っていかなければならない。


 これらの条件の多くは、政治家や官僚が本気になれば、すぐにでも実行可能なものばかりだ。国民のために質の良い在宅医療を提供できるように、是非とも頑張ってもらいたい。


<参考資料>
1) ダイナミックに変化するアメリカ医療-オバマケアの成果とトランプ後の行方-:日本医師会・民間病院アメリカ医療・福祉調査団報告書, 2017年3月発行
2) 福田敬(国立保健医療科学院):医療技術の費用対効果の評価と活用(諸外国の状況),中医協資料,平成27年7月 : http://bit.ly/2qiIZ6P


2017.7.1 掲載 (C)LinkStaff

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