クリニックの窓教えて、開業医のホント

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院長

山田眞平 院長プロフィール

 1960年に東京都府中市に生まれる。1984年に東京大学農学部を卒業する。1991年に東京医科歯科大学を卒業し、東京医科歯科大学第三内科に入局する。東京医科歯科大学医学部附属病院、東京都立広尾病院、横浜南共済病院、東京都職員共済組合青山病院などに勤務する。1999年に東京都立豊島病院に内科医員として勤務し、その後、医長に就任する。2005年に東京都職員共済組合青山病院に非常勤医師として勤務する。2007年12月にエスエス内科循環器科クリニックを開院する。

◆ その他経歴

日本内科学会総合内科専門医、日本循環器学会専門医など。

 東京都渋谷区広尾は聖心女子大学や東京女学館、日本赤十字看護大学などが点在する文教エリアであり、多くの大使館があることから外国人も多く居住する街である。東京メトロ日比谷線の広尾駅から恵比寿方面に向かって「広尾散歩通り」と名付けられた賑やかな商店街があり、そこを抜けると明治通りに合流する。
 今月、ご紹介するエスエス内科循環器科クリニックは明治通りの広尾1丁目交差点の近くにある。JR、日比谷線の恵比寿駅からも徒歩圏内であり、渋谷駅と新橋駅を結ぶ都営バス路線の広尾1丁目バス停からもすぐなので、アクセス良好の立地である。山田眞平院長は循環器内科を専門とし、東京都内の病院で活躍してきたが、お義父様のクリニックがあった場所を活かして、2007年に開業した。専門の循環器内科を打ち出しながら、プライマリケアまで幅広く診療している。
 今月はエスエス内科循環器科クリニックの山田眞平院長にお話を伺った。


開業に至るまで

待合室

◆ 最初は農学部に進学されたんですね。
 将来の仕事のことはあまり深く考えず、大学でやりたい仕事が見つかればいいなという軽い気持ちで入学しました。農学部では主に木材の研究をしていました。

◆ その後、医学部を目指された経緯をお聞かせください。
 木材の研究をしてはいましたが、卒業後にどんな仕事をしたいのか、なかなか考えられなかったんですね。その頃に、医師の仕事が遣り甲斐のあるものに思えたんです。父が開業医だったことも大きかったのかもしれません。父は農学部に進学するときも反対しませんでしたし、医学部を再受験したいと言ったときも応援してくれました。ただし、「地方には行かせることはできない。東京都内の国公立大学を目指せ」と言われました。医学部のある東京都内の国公立大学は東大と東京医科歯科大学しかありませんから、予備校に通って、必死に頑張りましたよ(笑)。

◆ 東京医科歯科大学での大学時代はどのような学生でしたか。
 既に大学を卒業し、予備校にも1年通いましたので、同級生よりも5歳ぐらい年上だったんですね。そのため、年上らしい威厳を出そうと、真面目なふりをして、一生懸命、勉強していました(笑)。

◆ 大学時代はどんなご趣味をお持ちでしたか。
 テニス同好会に入り、テニスをやっていました。特に打ち込んだとも言えず、普通の学生がする程度でしたね。

◆ 卒業後、東京医科歯科大学の第三内科に入局しようと思われたのはどうしてですか。
 既卒で入学したこともあって、年齢的な面から外科は無理だなと思い、大学時代から内科医を目指していました。当時の第三内科は循環器だけでなく、消化器や糖尿病も扱っていて、幅広く学べそうだという理由で入局することを決めました。医局の楽しそうな雰囲気も良かったですね。第三内科に限らず、医科歯科は他大学出身者がとても多いんですよ。他大学だからといって差別は全くないですし、今も誰がどこの大学出身か知らないこともあるくらいです。

◆ 専門を循環器内科に決められた経緯をお聞かせください。
 第三内科での研修は循環器、消化器、糖尿病とローテートしながら幅広く学べたのが特徴でした。その中で、循環器を専門にしようと思ったのは救急での面白さがきっかけです。急性心筋梗塞の治療には特に惹かれましたし、カテーテル検査にも興味がありました。

◆ 第三内科での勤務医時代はいかがでしたか。
 興味のあったカテーテル検査も最初の2、3年は見学ばかりでしたが、4、5年目からは担当させていただけるようになりました。夜中の緊急カテーテルも頻繁にやっていましたね。体力的にはきついのですが、仕事はすごく楽しかったです。救急も勉強になることばかりでした。当時の教授は沼野藤夫先生で、患者様には優しく、医局員には厳しい先生でした(笑)。沼野先生には本当にお世話になりました。退官されて、すぐお亡くなりになったのがとても残念です。
 医局人事で豊島病院に行っている間に大学の組織の改編が行われ、第三内科から循環器内科へと移ったのですが、大学が変わったなあという印象を受けました。それでも、勤務医の仕事に変わりはなく、面白さを実感する毎日でした。


開業の契機・理由

エントランス

◆ 開業を決心された理由をお聞かせください。
 諸般の事情で青山病院に異動しました。青山病院でカテーテル検査を充実させたいということでしたが、突然に青山病院の閉院が決まり、 開業しか選択肢がなくなってしまったことで、開業に踏み切りました。

◆ どうして、この場所を開業地に選ばれたのですか。
 ここは妻の実家で、義父が50年に渡って開業していました。閉院して4年程、経っていましたが、手つかずの空き物件となっていましたので、そのまま借りることにしました。エスエスクリニックという名称も引き継ぎ、私の専門を入れてエスエス内科循環器科クリニックと付けました。広尾と恵比寿の中間地点ですから、競合も多いのですが、この場所があったからこそ開業したわけですから、私なりに頑張っていこうと思いました。

◆ 開業するまでにご苦労された点はどんなことでしょうか。
 時間がなかったことでしょうか。青山病院の閉院が決まったのが2007年4月で、6月に退職し、12月の開業に漕ぎ着けました。コンサルタントのお世話にもなりながら、設計や求人などを急いで進めていきました。

◆ 以前のクリニックをどのように改築されているのですか。
 義父はもともと外科医で、「街のお医者さん」というタイプの開業をしていました。そのため、広い処置室や物療室、マッサージ室などがあったんです。内科のクリニックとしての開業を行うために、これらの部屋をなくし、待合室を広くして、診察室もゆったりとしたスペースに作り替えました。レントゲン室の場所は先代の時代から変えていません。

◆ 内装や医療設備についてはいかがでしたか。
 親戚にクリニック専門の建築士がおりますので、ほぼお任せの状態でした。先方から案が出て、それに私が使い勝手などから判断して、手直しをするというやり取りを行いました。特にこだわりはなかったですが、すっきりとしたレイアウトになったかなと思っています。
 医療設備は最初から電子カルテや心電図などを備え、呼吸機能検査機器や動脈硬化検査機器などはあとから買い足しました。

◆ スタッフ集めはいかがでしたか。
 看護師は豊島病院や青山病院時代の伝手を頼って、お願いしました。開業当初から現在まで、看護師は非常勤で2人が在籍し、午前と午後に1人ずつ入ってもらっています。事務スタッフも同様で、午前と午後に1人ずつの計2人が非常勤で在籍しています。1人は知り合いの伝手から来てもらえることになりました。1人は人材会社で募集してもらいましたが、すぐに決まったので、苦労はなかったですね。事務スタッフの2人は開業当初の苦しい時代からずっと頑張ってくれていたのですが、引っ越しと出産で退職せざるをえなくなってしまい、今は新しいスタッフに変わっています。


クリニックについて

医療機器

◆ 診療内容をお聞かせください。
 一般内科のほか、循環器科疾患が中心です。循環器科としては、高血圧、高脂血症、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病の診断、管理、治療に加え、狭心症、不整脈、心臓弁膜症など動脈硬化性疾患の検査、診断、治療が多いですね。心筋梗塞などの予防や動悸、息切れ、めまいなどの通常生活で気になる症状のご相談を受けることもあります。
 また、今年に入ってから禁煙外来、睡眠時無呼吸症候群の診断、治療も始めました。流行りの内容の専門外来ではありますが、今のところ、まだ患者様の数は伸びていません。
 小児科の標榜はしていませんが、近くに保育園がありますので、お子さんの来院も少なくないですね。予防接種なども対応していますし、プライマリケアの範囲で診ています。親子で受診される方もいらっしゃいますよ。

◆ 病診連携についてはいかがでしょう。
 東京都立広尾病院、日本赤十字社医療センター、東京医科歯科大学医学部附属病院などと連携しています。患者様のご希望は近隣の広尾病院や日赤が多いですね。私も週に1度、広尾病院で運動負荷検査に伺っています。そこで、先生方と知己を得ましたので、患者様を紹介したり、されたりの関係になっています。

医療機器 ◆ 経営理念をお教えください。
 「街のお医者さん」として、街のお役に立ちたいと願っています。そして、食べていけたら十分ですね(笑)。経営的にはシンプルであることを心がけています。このあたりは大きな病院も多いですから、あまり欲張らず、専門的なことは大きい病院にお任せするといったスタンスを保っています。

◆ スタッフ教育はどのようにされていますか。
 接遇など、特にプロの研修を受けたりはしてしません。スタッフには「患者様に優しくしましょう」ということを話すぐらいですね。

◆ 増患対策について、どのようなことをなされていますか。
 最初は患者様がいらっしゃらず、本当に困っていましたよ。先代が閉院してから4年も経っていましたから、継承のメリットはあまりなかったように思います。ただ、義父の頃と同じ「エスエス」という名称を見て、思い出してくださった患者様が何人かいらして、嬉しかったですね。
 増患対策としてはインターネットの「患者の気持ち」に出稿しています。これで、患者様がかなり増えまして、助かりました。「患者の気持ち」ではクリニックの詳細情報を載せられますので、私どもの特色を細かく記述しています。地図やアクセス手段も載せていますので、サイトを展開しているのと同じですね。そこでも専門の循環器を打ち出してはいますが、実際はプライマリケアの患者様の方が多いです。恵比寿や広尾に住んでいる方のほか、勤め先が近くにある方もいらっしゃいますし、青山病院のときの患者様も引き続きいらっしゃっています。

◆ 開業に向けてのアドバイス
 今は競合も多いですし、保険点数も厳しいですから、これからの開業は非常に難しいと思います。自己資金も大事ですので、しっかり貯金をしておきましょう。どういう開業をしたいのかという自分の考えを持って、頑張ってください。


プライベートの過ごし方(開業後)

医療機器

 開業してしまうと、何もできないですね。勤務医ですと、休みたい日は希望も出せますし、夏休みなどまとまった休みもありますが、開業医はなかなか休めません。書類の仕事が多く、大変ですね。ただ、当直や夜中の呼び出しがなくなったことで、身体や気持ちに余裕が持てるようになりました。ですから、今の趣味は読書ぐらいでしょうか。小説をはじめ、多彩なジャンルの本を読んでいます。

タイムスケジュール

タイムスケジュール

クリニック平面図

平面図

クリニック概要

エスエス内科循環器科クリニック

  院長 山田 眞平
  住所 〒150-0021
東京都渋谷区広尾 1-10-1
  医療設備 電子カルテ、レントゲン、デジタルX線画像診断装置、心電図、ホルター心電図、24時間血圧計、呼吸機能検査機器、超音波検査機器、動脈硬化検査機器、眼底カメラ、AED
  スタッフ 5人(院長、非常勤看護師2人、非常勤受付2人)
  物件形態 ビル診
  のべ面積 約25坪
  敷地面積 約30坪
  開業資金 5000万円
  外来患者/日の変遷 開業当初 10名→3カ月後 20名→6カ月後 30名→現在 40名
  URL http://www.kanja.jp/clinic/017328.html

2011.12.01.掲載 (C)LinkStaff

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