2005年06月30日
アメリカレーザー医学会

アメリカレーザー医学会からFellow会員の更新シールが送られてきました。学会に出席したり論文発表をすることによって会員資格を維持します。この学会は1年ごとの更新です。日本の学会は5年ごとの更新のところが多いのではないかと思います。例えば私は日本形成外科学会認定の専門医資格と日本レーザー医学会認定の指導医資格を取得していますが、これらを維持するためにはたしか5年ごとに学会出席や論文発表、専門書執筆などの実績を申請し、一定レベルに達していたら資格が更新される仕組みだったと思います。ところが、アメリカレーザー医学会は資格更新が1年ごとなのです。この分野は進歩が早いのでこの資格が優良な医師または研究者である目印としての役割を果たすよう、そのように設定したのだそうです。

今年の4月の同学会の年次総会では「第2世代IPLによるアジア人皮膚の治療」と題してビデオ演題を発表してきました。もちろん発表は英語なのでこのタイトルは日本語に訳したものです。アメリカレーザー医学会と言いながらも、これは世界で一番進んだレーザー医学の会です。ここで発表された内容が次に世界のトレンドになるのです。私がこの学会ではじめて発表したのは1994年に刺青治療用に開発されたレーザー装置を青あざ治療に応用したことについてでした。小心者の上まだ若かったので、緊張して気づいていなかったのですが、後で知人に、「貴方の発表のあと皆総立ちになりすごい拍手だったね」と言われました。アメリカの新聞社も取材に来ました。このあと、いろいろな国から招待講演を依頼されるようになりました。初めは1時間の講演でも一字一句原稿に書き、nativeに文章をチェックしてもらい、何度も練習しました。何年かした時、2時間の講演を依頼されたので、原稿を一字一句書くことはあきらめました。事前にスライドを作っておけば、一字一句は書かなくてもなんとかスライドを見ながら話せるようにはなりましたが、話しの上手な先生方のように会場の反応に応じて話しの展開を変えたり、冗談を言って会場を沸かせるなどという高度な芸当は一生できそうにありません。
2005年06月29日
瞼の手術
今日は手術日で瞼の手術1件と他院で腹部のたるみ取り手術をした後の瘢痕拘縮(ひきつれ)を改善する手術1件をしました。今日は比較的ゆったりとしたスケジュールで、まだ明るいうちにこれを書いています(書いているうちに突然暗くなり夕立が来ました)。
昨日はメールでの問い合わせにお答えした文章をこのブログに転用しましたが、実際に昨日、クリニックにも同様な患者さんがいらっしゃいました。二十代のかわいいお嬢さんで、夜勤のある仕事についていらっしゃったところが、不眠で体調不良のためつい先日、日勤の仕事に変えてもらったばかりとのことでした。お母様に連れられ、お肌の相談に来られたのですが、私は彼女の瞼がどうしても気になり、切り出しました。「瞼の手術を受けたことはありませんか?」彼女の一重のまぶたには点々とかすかな白いあとがついています。もちろん、通常は誰も気がつかないほどのかすかなものです。よくお話を伺うと、以前美容外科で埋没法重瞼術(プチ整形とかクイック法などともよばれています)を受けたけれどすぐに取れてしまったと言います。また近々同じ手術を受けに行こうと思っていたとのことです。重瞼術ではまぶたの皮膚を二重の予定線のところで瞼板に固定します。瞼板が眼瞼挙筋の収縮により引き上げられるのを利用して二重の線を食い込ませるのです。ところが眼瞼下垂は眼瞼挙筋が収縮できないか、筋肉と瞼板をつなぐ腱膜がのびているために筋肉の収縮が瞼に伝わらないため、二重の線のところで皮膚と瞼板をつないでいても、眼を開けるときに眼瞼挙筋の収縮で開瞼ができず、額の筋肉で眉毛を吊り上げて眼を開けるので二重の線のところの皮膚がひきこまれず、二重にならないのです。聡明な彼女はすぐにこの説明が理解できたようです。眼瞼下垂がきたしうるさまざまな症状、眼を開けているのがつらい、人と話しているとしんどくなり吐き気がしてくる、肩こり、頭痛、背部痛、顎関節症、冷え性、不眠、うつ症状…。今までこれらの症状が夜勤のある不規則な仕事のせいだとばかり思っていたところ、瞼のせいだったのか…。「れっきとした病気ですから診断書もかけますよ」と言ったのですが、律儀な彼女は「職場に10日も休みたいとはいえないし…」と悩んでいました。当初の相談だった肌トラブルは彼女の眼瞼下垂に比べれば全然たいしたことではないと私には思えましたが、彼女は忘れずレーザー治療を受けて帰られました。
2005年06月28日
メールからのお問い合わせ
お問い合わせのメールの中からよくある質問に答える際にこのブログでも紹介していきたいと思います。
> はじめまして。
> 瞼の埋没手術についておたずねしたいことがありまして、この度メールをさせてい
た
> だきました。
> 私は28才の女性ですが、一重瞼で瞼が重く、上の方を見る時に、特に集中している
時
> には顎も上がってしまいがちなのが気になっています。
> 強度近視のためハードコンタクトを使用しているのですが、埋没手術は適している
で
> しょうか?
> 手術にかかるおよその費用、保険適用の有無、診療日数やおおまかな診療及び手術
の
> 流れも併せて教えていただけると大変有難いです。
>
> ご多忙の折にお手数をおかけいたしますが、何卒宜しくお願いいたします。失礼い
た
> しました。
>
> O田 子
一重で、瞼が重たく、ハードコンタクトを常用されている、ということから眼瞼下垂の手術が適応になる可能性が大きいです。また、上方視の際あごが挙がっているとのことで、ますます眼瞼下垂(瞼が挙げれない)になってしまっていることが考えられます。瞼が重たく、厚ぼったい場合や眼瞼下垂のある人では埋没法重瞼術は適しません。ふたえがすぐにとれてしまったり、二重の食い込みが浅く、二重幅が広くなってしまいがちです。眼瞼下垂の手術ならば基本的に健康保険が適応されます。自己負担は約5万円です。二重の線に沿った傷あとが残りますが、3ヶ月から6ヶ月で赤みが消えると殆どわからない傷あとになります。手術後1週間目の抜糸までは糸がついているので外出にはサングラスなどが必要でしょう。仕事はデスクワークは3日目くらいからできないことはありませんが、主に外見上のことから、多くの方は10日くらい仕事を休まれます。
今回のご相談内容ですと、埋没法は適応にならないかと思いますが、一応説明申し上げます。一般的には二重の予定線上の皮膚に2箇所ほど小さく穴を開け、細い糸を結膜側まで貫通させて二重を作ります。瞼板を貫通させる方法または瞼板上の眼瞼挙筋(腱膜)を貫通させる方法が用いられます。ところが、この方法ですと結膜側に露出した糸が角膜をこすり、角膜を傷つけ、眼を開けていられないような痛みを生じたり、目が手術後いつまでもごろごろしたりする心配があります。このような方の瞼の裏側は何年たっても糸が出ていたり、傷あとがついていたり、赤い肉芽組織がブツブツと盛り上がっていたりします。当院で行っている埋没法は糸を瞼板の表面にかけますが、瞼の裏側には糸を出さない方法ですので、角膜をいためる心配がありません。美容外科手術になりますので保険は適用できません。手術費用は13万円です。この方法はもともと横浜形成外科の二木裕院長に教えていただいた方法です。
まずは院長診を予約していただき、手術をすることになれば次に血液検査にお越しいただきます。眼瞼下垂の手術の場合は通常翌日診察させていただき、この時点でガーゼを取り除けることが多いです。手術後1週間目に抜糸に来ていただきます。その後はすっかり落ち着くまで、1ヶ月ごとくらいにご来院いただきます。
ハードコンタクトレンスを取り外す際に瞼を横にひっぱることがしばしば眼瞼下垂の原因になります。さっそくスポイトで取り外されるように変えられることをお勧めします。
鈴木形成外科
鈴木晴恵
2005年06月27日
休日参観
学校が週休二日制になり、大変困ることがあります。運動会や日曜参観を土曜日にされることです。最近は日曜参観と呼ばずに、「休日参観」と呼ぶようです。私にとっては子供を持つということが最高の楽しみであり、唯一の贅沢だと考えていますのでもちろん、出席するよう最大限の努力をします。子供が幼稚園のとき、ある学会からシンポジストとして講演をするよう依頼されましたが、幼稚園の七夕の行事のためにお断りしたこともあります。昨日は滋賀県の北の端のある町で形成外科の学会があり、会長の先生から是非と言われ、眼瞼の手術の話をしようと思っていましたが、「休日参観」と重なることがわかり、発表を辞退しました。書道の授業を参観したあと休診にしていたクリニックに戻り、どうしても今日しか都合がつかないといわれていた知り合いの国会議員の先生の診察だけして、娘を連れて京都からJRで1時間かかる町にある学会場へと向かいました。この町へ行くのはもう一つ目的がありました。17年前に2年3ヶ月ほどいっしょに働いたことのある、知人に会うことでした。医療事務をされていた彼女は14歳、12歳、9歳、の3人の女の子のお母さんになっておられます。その町から毎日京都まで通っておられた彼女は出産と同時に退職され、その後お会いしていなかったので、14年か15年ぶりの再会ということになります。学会のあと、ご自宅にお邪魔しました。3人のお嬢さんに始めてお目にかかり、ご主人とは結婚式以来2度目にお目にかかりました。穏やかで明るい家庭を築いておられ、とてもうれしく思いました。お琴の師匠をされていて、前日の発表会の記事がその日の新聞に載っていると伺いました。残念ながら話に夢中になり、新聞を見せていただきそびれてしまいました。娘さん3人も皆、お琴をなさっているとかで、再来週は3人揃っての発表会だそうです。穏やかで明るく育っておられる娘さんたちにお母様の人柄を感じました。うちの娘はすっかり、1歳違いの末っ子のお嬢さんと仲良くなり、「連れて帰りたい」と連発していました。
2005年06月25日
勉強に行ってきました

今日は信州大学附属病院に勉強に行ってきました。5年半前に教えを請うた腱膜性眼瞼下垂の概念の提唱者でありその治療法を開発された形成外科の松尾教授の手術を見せていただきに行ったのです。
今年の4月の日本形成外科学会総会で松尾先生とお話しをしたとき、「1年半前からがらりと手術方法を変えたよ」とうかがったので、すぐにでも飛んで見せていただきに行きたかったのですが、その時点で私の予定が取れる日が今日までなかったのです。

朝7時半に家を出て11時半に信州医大形成外科医局につきました。手術を立て続けに3例見せていただき、合間には本当に親切に説明していただきました。10時半に家に戻りました。手術は執刀するより見せてもらったり手伝ったりするほうが疲れるものですが、行き帰りの電車に乗っている時間が長かったのでいつもより睡眠時間が長くて元気です。
今までにも眼瞼下垂の手術は問題なくうまくいったのに、術後に手術前とは違う頭痛がでたり、眼を開けているのがつらいとかまぶしいとかいう症状を訴える患者さんがありました。今年の初めに信大まで受診に行っていただき、松尾先生に診ていただいた方もありました。まぶたがピクピクするよく知られたものとは違い、まぶたを閉じる筋肉が持続的に緊張する「眼瞼痙攣」だと診断され、治療はそれらの筋肉を切離するものと教えていただきました。これが松尾先生が1年前から始められた方法です。とはいえ、いまいちピンときませんでした。本日その手術を実際に見せていただき、詳しく説明していただいてとてもよくわかりました。「先生は僕のやっていることを理解してくれる数少ない人だよ」と言ってくださったのがとてもうれしかったです。とはいえ、私は先生が説明してくださることの何割かしかわかっていません。先生も自分で「僕は形成生理学者だ」とおっしゃっています。「論文を書いているが、まだアクセプトされない」と、おっしゃっていました。以前も論文がアクセプトされるのに5年かかったとおっしゃっていました。あまりにレベルが高すぎて、審査する先生達が理解できないのです。

独自の仕事を成し遂げる人は独創性に加え強い信念と勤勉さという共通したものをお持ちです。今年の2月にアメリカ皮膚科学会に行きました。述べ2万人が参加する世界最大の皮膚科の学会です。その中でRox Anderson教授がレーザー/光を使った診断についてのシンポジウムを主催されました。ほんの30人か40人の出席者でした。Roxは「新しいことが始まるときはいつもこんなものだ。多くの人はまだ注目していない。素晴らしいシンポジウムだった。新しい時代の幕開けを感じた。」とおっしゃっていました。Roxはこのシンポジウムに89歳になられるレチノイン酸の発明者、Albert Kligman博士を引っ張り出されてきました。Up-dateな素晴らしい講演をされました。今も現役の研究者です。Roxは学会場でホールを歩こうとしてもすぐに質問に来る人たちの人だかりができて身動きが取れません。休日に研究室に行くと誰に邪魔されずに仕事ができてよい、とおっしゃいます。今日、松尾先生も、「日曜日の午前中は研究室にいます。誰にも邪魔されずに仕事ができますから。」とおっしゃっていました。有能な方はたいていお人柄も素晴らしい。有意義で心洗われる一日でした。
2005年06月23日
水曜日の仕事

今日水曜日の仕事は一番疲れます。朝一番に前日の手術の患者さんを診察したあと、午前中は子供あざ外来をします。午後からは大人の治療、最後の患者さんが帰られたのが9時で、そのあと書類書きをして、それからようやく執筆活動です。書き物はいっぱいたまっているのですが、とりあえず期日厳守の雑誌の記事の校正を仕上げて出しました。どんどんたまってくるので、すぐに片付けられそうなものからとりあえず書いてしまいます。今週は3日連続帰宅が午前3時です(今日はさらに遅くなりそう)。
午前中の外来は大切な赤ちゃんや小さい子供さんを扱うので細心の注意を要求されます。小さい赤ちゃんを連れて東京や東北などからも来てくれる親御さんの熱意には頭が下がります。1992年にRox Anderson博士がイレズミ治療用に開発したレーザー装置を京都の病院に導入してはじめて青あざの治療をした患者さんは生後2ヶ月ぐらいだったと思いますが、すぐ近所の方でした。この装置でほんとうに青あざが治るのか期待と不安でいっぱいでした。博士には、理論的にはできるはずだ、やってみなさい、と励まされて挑んだ治療でした。この方法がうまく行き、赤ちゃんのおじいさまは大変喜ばれました。「目の中に入れても痛くないこの孫のあざが治るのならアメリカでもどこでも、世界中どこまででも連れて行こうと思っていたのに、こんな近い、歩いて5分の先生のところで治療してもらえたなんて」と。今では彼女も中学生で、時々お目にかかります。おじいさまは残念ながらなくなってしまわれましたが、あざが治療するごとに薄くなっていき、ついには消えていった感動をいっしょに味わうことができてよかったです。
1988年に赤あざの治療を始めたときには今と比べると治療速度がとても遅く、7秒間に5ミリ経の範囲しか治療できませんでした。広い範囲のあざの方の治療は患者さんも私もお互い気の遠くなるような長時間の治療でした。赤ちゃんの場合はそんなに長い時間我慢させられませんから、全身麻酔をかけました。私は麻酔科の勉強もして麻酔科標榜医という資格も取っていたので、そのころ日本ではまだ始まっていなかった、日帰り全身麻酔でレーザー治療をしました。私が始めて発表した論文は形成外科の治療ではなく日帰り全身麻酔に関するものでした。今では治療装置が発達して、10年前に30分かかっていた範囲が3分で治療できます。痛みも少なくなりました。当院では全身麻酔は全く使わなくなりました。照射中はもちろんある程度いたいので赤ちゃんは泣きますが、(ドアの向こうでお母さんも泣いています)全身麻酔のしんどさや麻酔前後の絶食のつらさなどを考えれば、本人にとって格段に楽になりました。機械の進歩はありがたいです。先月Harvard のWellman Center of Photomedicine (レーザー治療の父と呼ばれるRox Anderson教授が所長を勤める世界最高峰のレーザー治療研究所です)を共同研究のために訪ねた折、壁に額が飾ってあり、ポストカードが何枚も収めてありました。そのはがきは皆、あざの治療を受けた子供達がRoxにあてて書いたものでした。字が書けない小さな子供は、お母さんが子供の言ったことを書いてあげたり、絵を描いている子供もいました。こんな内容でした。「アンダーソン博士、僕のあざはもうこんなに薄くなりました。素晴らしいレーザーを発明してくれて本当にありがとう!」 (これがあるからやめられない) 赤ちゃんの治療には両親やおじいちゃんやおばあちゃん、小さな兄弟達もついてきて、待合室は大変な込みようです。(患者さんの3,4倍の人数ですから)大事な大事な赤ちゃんばかりですから、スタッフも私も赤ちゃんの治療に気も使えば、家族にも気を使い、皆ヘトヘトだと思います。でも、innocentな赤ちゃんの笑顔を見ると、「もうなんでもしてあげちゃう!」と思ってしまうのです。スタッフも皆同じ気持ちだと思います。
2005年06月22日
オペ室で

火曜日と金曜日は一日中手術の日です。私が一番幸せな時間です。今日は午前中は若い女性(Aさんとします)の、午後は私より少し年上の女性の、瞼の手術をさせていただきました。Aさん とはブログの話しをしました。お若いだけあって、ブログって何なのかご存知でした。私は1週間前、Aさんは3ヶ月前に韓国に行ってきたばかりでしたので、韓国美容外科事情などの話に花が咲きました。BGMも韓国で買ってきたここ数年間の韓国ヒットバラード(あちらでは恋歌と書きます)を集めたCDです。冬ソナのサウンドトラックも買ってきたのですが、8歳の娘が毎日聞いていて当分OPE室に回って来そうにありません。Aさんは手術中の雑談が面白かったといってくださったので、そのままブログに書こうかと思いました。今回、韓国では新しいニキビ治療成分についての研究を学会発表してきました。韓国には14年前に毎月1週間ずつ半年間、手術の勉強に通ったことがあるのと、レーザー治療や私が開発したイオン導入器を用いた治療の講演のため30回くらい行ったことがあります。今回は1年半前にIPLのワークショップでしゃべりに行って以来なので久しぶりでした。よく講演に行っていた7年前ころ、韓国語を勉強しようと思って本やCDなど買い込んだことがありましたが、無駄でした。もっぱら英語で話します。韓国に行くと必ずお会いするのが私の美容外科の師匠のJelim美容外科http://jelimps.com/eng/sub07.html Doo Byung Yang 先生と美容皮膚科医のKyle Seo 先生です。2人ともソウル大学医学部を出られたそれぞれ形成外科、皮膚科専門医の先生です。どちらのクリニックにも日本からの患者さんが結構来られているようです。このお二人なら日本から行く価値は十分あります。お二人ともカンナムにクリニックを持っておられ、その界隈はどのビルにも1件以上美容クリニックが入っています。でも、多くは専門医を持たない美容外科医なので見分けが肝心です。Yang 先生はあごと頬骨の形成に関しては世界中探しても右に出る医者はいない、という有名な腕利き形成外科医です。KyleはBotox の研究と臨床でアジア一有名です。6月11日の夕食はKyleのModelo Clinicの近くのMeliteというフランス様式の韓国料理のレストランmelite@melite.co.krで骨を切っての顔やせの第一人者と注射をしての顔やせの第一人者が集ったわけです。お二人は以前はお互いあまり面識がなかったのですが、私が縁を取り持った感じです。料理は韓国の味付けなのですがインテリアや盛り付けなどはフレンチ、どの料理もとってもおいしかったです。あの鮑もう一度食べたい…。

2005年06月21日
初めまして
一昨日の朝、株式会社リンクスタッフの社員さんから突然お電話をいただきました。この会社は医師向けの講演会を開催していて、私は半年前に講師を務めたことがあり、また9月にも講師を依頼されているため、その打ち合わせかな、と思い電話にでました。ところが用件は、”ブログ”を始めませんか?という内容でした。正直ブログという言葉は初めて聞きました。実は私は世間の常識に疎いのです。新聞は出張の際に新幹線や飛行機の中で読むか、ホテルの部屋に配られたものを読むくらいで実は新聞は取っていないし、テレビ番組は決まって見ているのは"義経"だけです。インターネットは必要に迫られ調べ物をする際に見るのには使いますが、自分のクリニックのホームページhttp://www.medilink.co.jp/doctor/a/suzuki/も5年間に1回か2回更新しただけです。そのホームページもたまたまインタビューを受けた際に「インタビューのお礼に無料でホームページを作ってあげます」といわれ、ちょうど開院したばかりで、電話帳代わりに住所や連絡先を調べるのにホームページも一応必要、と思っていたところでしたので喜んで作ってもらったものです。ブログというのは日記です、と説明され、日記を公開するなんて、そんな恥ずかしい…と思ったのですが、ちょうど居合わせたJohn Andersonさんも、僕もBROGやってたことありますよ。気楽にやれば、と励まされ、とりあえずスタートすることにしました。
John Andersonさんは赤あざ用レーザー、イレズミ用レーザー、青あざ用レーザー、脱毛用レーザー、しわとり用レーザー、など現存する皮膚科形成外科用のレーザー装置の殆どを発明した(それだけではなく、生体光学に関する新しい原理を次々と発表し共焦点顕微鏡、OTCはじめさまざまな診断装置、皮膚科以外のさまざまなレーザー治療装置を開発されているのですが)物理学者でありハーバードの皮膚科教授であるRox Anderson先生の大学生の長男で、この夏休み、うちにホームステイをして、大工仕事や電気工事、掃除や子供の相手など、あらゆるバイトをしてもらっています。13歳からレストランでバイトをしていたので料理も得意で、バーテンダーの資格も取ったそうですが、まだ料理はしてもらっていません。彼は昨年の秋、お父さんを日本美容外科学会での講演に招待した際、いっしょに来られ、日本の歴史と芸術に魅せられ、夏休みを京都で過ごしたいと希望してこられたのです。今日は鞍馬寺で行事があったので見に行って来られました。
John と社員さんのアドバイスに従い、長く続くように気負わずぼちぼち、思いついたことを正直に書いていきます。質問されて答えるのはやりやすいけれど、何を書いてもいいとなると難しいですね。皆様から質問していただければそれに答える形で書いていきたいです。ホームページにいただく質問で一般的なものにはここで答えていきたいと思います。
では、これからよろしくお願いします。
2005年06月20日
鈴木晴恵 略歴

誕生日12月23日
現職:2000年より鈴木形成外科院長
専門:皮膚外科手術。眼瞼形成。若返り手術(フェースリフト、スレッドリフト、脂肪注入など)レーザー・IPL治療。ボトックス、フィラー、プラセンタ穴位注射、脂肪溶解注射。スキンケア指導。
鈴木形成外科連絡先
605-0009 京都市東山区三条通大橋東入る大橋町89-1
電話 075-752-1533, FAX 075-752-1060
附設メディカルエステHSソフィア 075-752-1603
略歴
1978-84:国立高知医科大学医学部
1984:医師免許取得、京都大学形成外科入局
1986~88京都大学病院麻酔科
1988~形成外科,美容外科,美容皮膚科に専念
1989:麻酔科標榜医取得(厚生省)
1990:日本形成外科学会認定専門医取得
2003:日本レーザー医学会認定指導医取得
2000年より鈴木形成外科院長
所属学会
日本形成外科学会(認定専門医)、日本美容外科学会(正会員)、日本皮膚科学会(正会員)、日本レーザー医学会(評議員、認定指導医)、日本臨床皮膚外科学会(1992-至現在理事、1994年度会長)、日本医学脱毛学会(1992年~1997年理事)、アメリカレーザー医学会(Fellow)、 日本美容皮膚科学会、日本抗老化学会
著書、業績
刺青用レーザーの青あざ治療への応用(1992年に日本にQスイッチNdヤグレーザーおよびQスイッチアレキサンドライトレーザーを導入)、あざ・血管腫治療。東洋人に適したレーザー脱毛の開発、ケミカルピーリングの研究、メディカルエステの考案と実践(1990年より)、イオントフォレーシスの基礎研究・機器開発および臨床への導入など(1990年より)。
レーザー治療、メディカルエステ、ケミカルピーリングなどについての専門書の執筆多数。これらについての国内外の医学会などでの講演多数。講習会・講演会・執筆を通じてのエステティシャンに対する教育(日本スキンエステティック協会医療顧問、美容機器安全普及会講師、インディバ研究会医療顧問、その他美容・医療機器会社数社の医療顧問を務める)国内外の新聞での業績紹介多数。一般向け雑誌・本での紹介多数(日経ヘルス、日経ビジネス、スキンケアバイブル、週刊朝日、家庭画報、ハナコウエスト、ヴァンサンカン、シュシュ、サイタ、健康ナビ、暮らしと健康、クレアボー、ビーズアップ、サヴィ、ココカラ、リーフ、医者が薦める専門病院、信頼の名医など)。形成外科治療、レーザー/ライト治療、レーザー脱毛、スキンケア、イオントフォレーシスの専門家としてテレビ出演(日本テレビ「思いっきりテレビ」、テレビ朝日「ワイドABCDE~す」、関西テレビ「ニジドキッ!女の最前線」、関西テレビニュース「眼瞼下垂症手術のドキュメンタリー」、毎日放送「ちちんぷいぷい」、テレビ大阪、フジテレビ、KBS、東海テレビなど)。
一般向け美容本の監修(肌の悩み解消ハンドブック、化粧品成分ハンドブック:いずれも池田書店発行)